この人はもしかして、世にも珍しい「万能作家」って奴なんでしょうか? どんなジャンルを書かせても洒落にならないほど上手そうな気がしてちょっと怖いです。
とりあえず今のところ、近・現代幻想メタミステリーとしての「死の泉」、そして時代小説の「笑い姫」で、その測りしれない万能ぶりの一端は確認させて頂いた。まあ「死の泉」については、本当は分類不能と言うべきですが。 時は天保時代。長屋住まいの売れない戯作者・蘭之助は、自分の書いた話が縁で軽業師の小ぎん一座と懇意になった。しかし、とある流刑囚の兄弟が御赦免になったのをきっかけに、蘭之助は抜きさしならぬ政争の渦中に巻き込まれるはめになる。波乱万丈の運命に翻弄され、挙げ句島流しの身となった蘭之助たち。彼らは再び江戸の地を踏みしめることができるのか──!? けんか、殺陣、捕り物、仇討ち、色恋沙汰に歌舞音曲、果ては国際紛争まで、騒動と名のつくものなら何でもござれの痛快娯楽時代劇。しかし一方、けたはずれにダイナミックなストーリー展開と時間スケールの大きさが示すように、作品の骨格としてはむしろ正統派の大河ドラマ。両方の良さを兼ねそなえた、ある意味無敵の時代小説です。 しかもそれだけじゃない。真に恐るべきは、物語をあれだけ縦横無尽に引っぱり回しながら、要所要所で史実ともきっちり符合させているということ。これは巧すぎる。まあ「死の泉」を書いた皆川博子なら、雑誌連載(!)でこんな離れ技をやってのけるぐらいの構成力はむしろあって当たり前なのかもしれませんが。もちろん、陰翳ゆたかな人物描写、リアルな江戸風俗の魅力、日本語の美しさについては言うまでもありません。 そしてもうひとつ、この小説には強力な武器があります。 こいつ洒落になんねえ!ってぐらい強力な武器が。 それが、本編中で主人公が書いている草双紙「狂月亭綺譚笑姫」。 むごたらしく裂かれた口を頭巾で覆い、怨敵細川氏に妖術戦を挑む美少年、人呼んで笑い姫。江戸文化爛熟期の頽廃の気風を溢れんばかりにたたえたこのパートは、作中作のレベルをはるかに越え、単体でも完全に純和風幻想小説として機能するほどの内容です。地のストーリーと対応させながらここまでやってしまう作家を、僕は他に知りません。その徹底的なこだわりが作品の美しさを高めこそすれ、損なうことは決してないというのが、皆川博子の真骨頂なのでしょう。 作中作といえば、「もし本当にそんな本が書かれていたら?」と想像したりする面白さもあるわけですが、その辺もしっかりちゃっかり押さえられてます。天保の改革の真っ最中なのに、庶民の間ではあいさつ代わりに人気草双紙の感想や予想が飛び交っていたりして。現代でいうところの人気テレビドラマみたいな感じですかね。固苦しい文学より俗悪なエンターテインメントの方が大ヒットになるというのも古今不変の法則らしい。蘭之助に続きを早く書け書けとせかす版元のおっさんとのやりとりが、妙に時代劇っぽくておかしかったです。 ちなみに、偽作モードのきわめつけとして、なんと本編内のある場面では「笑い姫・浄瑠璃バージョン」まで登場。そこまでするか、普通! いやもう、マジすごいんで。ほんと洒落になんないんで。読んどいてね。 ちなみに今、amazonの「死の泉」と「笑い姫」のユーズド価格は─── 1円。 えっとー……。あのー、読んでない人、いますか? そんな方はぜひ、この機会に。 このリンクを踏んで amazonまで飛んでいくねーッ!!
by umi_urimasu
| 2005-10-08 22:56
| 本(others)
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