100円で核爆弾を買ってしまった。
そんな気分。 いったい小説とは、ここまで贅沢になれるものだろうか? 言葉の快楽をむさぼり尽くした果てに待ちうける、驚愕のトリプルトリック!! こんなの、もう絶句するしか。個人的には、これほど陶酔しまくったのは去年のコニー・ウィリス「ドゥームズデイ・ブック」以来かもしれません。いや、ヘタするとあれ以上かも。 時は1943年。 ナチスが人種浄化政策の一環として設立した私生児出産施設「レーベンスボルン(命の泉)」で男児を産んだマルガレーテは、カストラートの育成に異常な執着を示すSSの医師、クラウスと結婚した。ジプシーの孤児、フランツとエーリヒを養子に加え、表面上は仲睦まじい家族ができあがる。しかし、戦争によって保たれていた危うい均衡はやはり戦争によって崩された。混乱の中で散り散りになる一家。そして終戦後の平和の影で、小さな心に植えつけられた憎悪の種はゆっくりと時間をかけて芽を吹き、復讐という名の実をつける。 戦争が終わっても、人間の業は決して消えない。ただひとつ、全てを終わらせる方法があるとすれば、それは…… とにかく異様な迫力をもった作品です。醜怪きわまる泥沼の復讐劇にしろ、戦争というシチュエーションゆえにいっそう妖しく引き立つ耽美的なモチーフの数々にしろ。 芸術に溺れる残酷な医学者、狂いはて時の流れに取り残された妻、天上の美声を保つべく体を作りかえられた幼い兄弟、地底深く隠された塩の円卓、不老不死の人体実験、腰から下をひとつに縫い付けられた双頭の少女、近親相姦、少年愛…… 前半では戦時下の息づまる人間ドラマに、後半ではゲルマン神話になぞらえた幻想的な狂気の描写に、文字通りメロメロになりはてました。 ミステリとしての構成力もハンパじゃない。終盤からラストにかけて秘められた真実が怒濤の勢いで明らかになり、さらに作品そのものを虚構内虚構にしてしまい、最後の最後でまたしても大ドンデン返しが炸裂。そのたびに全ての人物関係をリセット、リセット、またリセット! これでもかというトリックのラッシュは圧巻という他なし。 しかもこの本を、ギュンター・フォン・フュルステンベルクの著作を野上晶が翻訳したという体裁で、じつは皆川博子が書いたということまで含めると、なんと四重のメタ構造になってしまうんです。そのどこまでがリアルでどこからがフェイクなのか、真偽を知るのは唯一作者のみ。ならば、皆川博子によるこの小説が「真実」を語っていないと、いったい誰が言い切れるだろう。 そう、これはかつて「本当に」あったことなのかもしれない。 読み終えてしばらくは放心状態でした。そこまでするか、普通? ちなみにこの「死の泉」、amazonのユーズド価格を見ると、なんと98円。 いったい何の冗談かと。 悪いことは言わん。まだ読んでないって人、今こそチャンスだ。買え買え買ってしまえ。 「死の泉」皆川博子(ハヤカワ文庫JA) 補足。 ただひとつ、古城でのアクションの部分だけは、少しエンターテインメント寄りになりすぎてしまったんではないかと思ったところでした。それから、終盤で多数入り乱れる人物のうち、もともと描写の少ないキャラクターの扱いもちょっと気になった。ミステリ的にはOKでも、群像劇としての密度が薄まってしまいかねない危険を感じたから。ま、些細なことですけど。
by umi_urimasu
| 2005-02-25 19:47
| 本(others)
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