最近、ちまちまとラヴクラフト全集を再読しているのですが、あらためて強く意識させられるのが、恐怖感についての日米文化の違いです。たとえばラブクラフトがさも自明のごとく使う「冒涜的」という表現の、いったい何がどう冒涜的なのか、まるでぴんとこないこと。また、クトゥルーや南極の〈古きもの〉がさほど怖いとも思えず、それどころか、むしろちょっとかわいいじゃん。などと愛着に近い感情すらおぼえてしまったりすること。こういった反応、恐怖の感じ方がひどく違うことについて、どこまでが個人の感性でどこまでが文化の差異によるものか、きちんと切り分けができたら面白かろうなあ、と思いながら読んでいます。 ラブクラフト作品での「冒涜的」という形容は、宗教上の教義と相容れないものごとだけでなく、普通でない、なじみがない、理解できない、ありえない、と語り手が感じる対象ことごとくに向かってつかわれます。キリスト教文化圏では、何を考えるにも常にキリスト教の神を超越者・絶対的存在としていちばん上に置くというものの見方が根底にあるから、それに合わないものにでくわすと、神の絶対性をおびやかす → 神をないがしろにしている → けしからん → 冒涜だ、となっちゃうんでしょうかね。 ラヴクラフトが描く恐怖の核心、いわゆる「宇宙的恐怖」は、キリスト教的なものの見方をベースにしているといわれます。それは、キリスト教の神が絶対ではなく、はるかに古い強大なものが他にいること、そいつらはもうアホらしくなるほど桁ちがいな存在で、人間など歯牙にもかけない、人類ごときには理解も想像もおよばないものだ、という認識によって喚起される怖さです。この神の絶対性の否定が、キリスト教的世界観になじんだ西洋人をいたく不安にさせるらしい。 ここが、僕には感覚的にどうしてもわからないところです。たぶん大方の日本人は、そこであんまり不安になったりはしないんじゃないかと。日本人の場合、神も仏も混ぜこぜに、かつあいまいに信じていて、絶対的な何かを世界観のよりどころにしていないからでしょうか。八百万の神がいるなら、その中にクトゥルーみたいなのがいたって別におかしくないし、「ああ、そういうどえらいのもいるんだ、そらすげえなあ」で済んでしまう。人智を超える強大な存在に対する恐怖はあっても、それは荒らぶる自然に対する畏怖と同じ性質のもので、崇めたり鎮めたりしつつ付き合っていくものだ、というふうにとらえるでしょう。 ともあれ、そうした文化的理由でクトゥルー神話を本来あるべきように怖く感じられないのだとしたら、やはりちょっと残念です。アメリカ人はほんとうに、日本人よりも怖さを感じているのだろうか。それとも「いや別に、全然怖くねーよ」という感覚なのか。アメリカ人に直接聞いてみないことにはどうにも。 ちなみに、魚介類を食べるのがあたりまえな島国文化圏の人からすると、アメリカ人のタコ嫌いというのは、それこそ冒涜的なまでに理解を絶する感覚ですね。まあ小説みたいにリアルで超巨大タコ人間に襲われたりしたら、どこの国の人だろうと発狂してしまうかもしれませんが。ラヴクラフト自身は知人宛ての書簡で、「海産物は説明できないほどのこのうえない激しさで嫌い」と書いています。なんぞ子供時代にトラウマになる経験でもしたんだろうか。 ───── [画像] カレッジ・ヒルをさまようもの Part I ラブクラフトがありったけの愛着を込めて描写したプロヴィデンスの古い街並を、実際におとずれて撮影・紹介した写真のページ。HPL作品の舞台が、風景としていまいち想像しにくいとお困りの方はぜひ参考に。 「氷と炎の歌」第5巻 A DANCE WITH DRAGONS 刊行日発表 GRRM自身により7月12日とアナウンスされました。今度こそは本当に待ったなしの雰囲気。もう端役の登場人物とか完全に忘れてる…… そろそろ読み直すべきときか。 ───── 100人の少年が、どこまでも歩くだけ。ただし、歩くのをやめた子はその場で銃殺。生き残りたければ最後の一人になるまで歩きつづけるしかない。徐々に奇妙な友情のようなものでむすばれてゆく子供たちが、死の瞬間に見せる生々しい人間の姿が心をえぐります。この痛み、なんというか虚航船団的な痛み、久しぶりに味わったかも。そしてこんなにえげつない話なのに、少年たちがとばすくだらないジョークやなにげない天気の描写に、一種叙情的なものを感じてしまう。不思議な味わいでした。 [youtube] 映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団~はばたけ 天使たち~ 予告動画 大長編ドラで一番好きな原作だから見に行きたいけど、映画館でちびっ子にまじってアニメ見るのは恥ずかしい。レイトショーとかもなさそうだし。悩ましい (03/13) 募金情報まとめ - 平成23年東北地方太平洋沖地震 おこづかいレベルの募金程度のことしかできぬ身ですが。 『鬼哭街』全年齢版としてリメイク決定 めでたやな ピーター・ジャクソン監督「ホビット」ようやく撮影開始 二部構成というと、どこで二つに分けるんだろう。闇の森でクモと戦うあたりか スティーブン・キング作品を原作とした映画のベスト5&ワースト5 ほとんど未見だった。キングの文章は具体的な映像をとてもイメージしやすくて、それで満足してしまうせいか、あまり切実に「映画で見たい」と感じない。
by umi_urimasu
| 2011-03-03 00:24
| 本(SF・ミステリ)
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