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「ペット・セマタリー」 スティーヴン・キング
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ペット・セマタリー〈上〉 (文春文庫)

スティーヴン キング / 文藝春秋


ホラー的な部分も非常に陰惨で怖いのですが、それ以上に、愛する者の死の悲しみに耐えられず気が狂っていく過程のたんねんな描き込みが印象深い作品でした。上巻の幸福に満ちた家族の団欒と、下巻のこってり濃厚な愁嘆場の強烈きわまるコントラスト。キング!これを狙っていたのなら、おまえの描写は予想以上の効果をあげたぞ!まったくもう。
怖いものに近づくときのゴゴゴゴ感、傍点打ちまくり芸、ホラーなシーンでのとち狂ったセリフまわしなど、ジョジョっぽいテイストも堪能できました。ごっつあんです。

キングは熱心なロックファンで、本作の主人公ルイスの口癖「ヤッホー、やったろじゃないか」はラモーンズの代表曲「電撃バップ」からとられたもの。そんなキング当人のたっての希望により、映画版「ペットセメタリー」のエンディングテーマはラモーンズが担当したのだそうです。どれどれ。
YouTube - The Ramones - Pet Semetary HD
おお神よ。別な意味で切なかった。まあでも原作者の希望ならしょうがない。

ウィンディゴの森の描写にみられるような、登場人物が超自然的な現象に直面して人知を超えた世界の存在を知ってしまう恐怖は、ラヴクラフト的なものを強く感じさせます。それも道理で、キング自身がラヴクラフトの大ファンだとのこと。まさしくさもありなんという感じでした。ただし、本作のウィンディゴをクトゥルー神話のそれに直結してよいものかどうかはよくわかんないですが。ちなみに、キング作品の定番舞台であるメイン州とラヴクラフト作品定番のロードアイランド州は、アメリカの地図をみるとちょうど隣どうしの位置にあります (まちがえた、隣接はしてなかった)。
ニューイングランド - Wikipedia
このあたりはアメリカ合衆国の歴史としてはもっとも古い地域なのだそうです。詩人や幻想家が夢みる原風景的な要素をそなえた場所なのかもしれません。いつか行ってみたいなあ。

あと、すごく些細なことなんですけど。レーチェルの車の故障を治してくれるトラック運転手のかっこいいセリフが、妙に頭に残っています。
「いや、あたしはそんなもの、いただきません。あたしらトラック屋は、道路の騎士なんでさ」
日本でこれを言ったとしてもせいぜい「厨二病乙」てなところでしょう。しかし単なる車の故障でも、アメリカのへんぴな場所で起こってしまった場合、すぐさまロードサービスに来てもらえるとはかぎらない。そもそも他の車が一台でも通りかかるかどうか、それすらあやしい。そんな場所では、通りすがりのドライバーによる善意の手助けのありがたみは、きっと日本よりも重くとらえられるのではありますまいか。だからこんな冗談めかした文句にも、少なくとも日本で同じことをいうよりは真剣さがこもっているのではないかしらん。
小説において、その国や土地に実際に住んでる人でないと肌でわからない表現の含みっていうのは、それと気づけるものよりはるかにたくさんあるのだろうと思います。特に翻訳小説の場合は言語の問題もあるし。願わくば、読書が趣味の人間として、好きな作品のそうしたひそかな含みをできるだけ拾えるようになりたいものです。

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2010年も残すところあと数日。飛浩隆「廃園の天使」その3とGRRM「氷と炎の歌」第5部はやっぱり今年も出ませんでした。来年こそ、来年こそ、来年こそおねげしますだ。

他にも翻訳出版を心待ちにしている海外SF小説がいくつかあります。まずパオロ・バチガルピの The Windup Girl 、それとチャイナ・ミエヴィルの長編のどれか。The City & The City あたり。そしてコニー・ウィリスのブラックアウト&オールクリア。この中でひょっとしたら早めに翻訳が出るかもって期待できそうなのはバチガルピかな。

来年は指輪かホビットの原書に(再)チャレンジしてみようかという気も起こしております。「いつか読む」は結局いつまでたっても読めないの法則からええかげん逃れねば。やってやる、やってやるぞ。

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[画像] 第一次世界大戦の写真ハガキ@ドイツ Part I  Part II
これは見入る。ただし中には「絵ハガキにその場面ってどうなん」と言いたくなる写真もあり。
by umi_urimasu | 2010-12-21 21:36 | 本(others)


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