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「復活の日」小松左京
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a0030177_13183931.jpg西方にクラークあり、北方にレムあれば、東の果てに小松左京ありてふ。世界各国語に翻訳されて不倒の評価を獲得した、これを読まずして何をかいわん的な小松左京の代表作です。読了したのはしばらく前で、さっき感想を書くために再度ぱらぱらしてみたんですが、初読み時の消耗を思い出して床に伸びてしまいそうになりました。


おそらく世界中を見わたしても、ここまで見事に「理詰めで人類を絶滅」させてのけた小説はいまだ数えるほどしかないのではないでしょうか。あらゆる分野にわたる膨大な教養に裏打ちされたシミュレーションは、まるで詰め将棋のような冷徹さで読み手を追いつめ、いかなる口ごたえも許しません。死にます。完膚なきまでに。ぐうの音も出ないとはまさにこのことです。

現在のテクノロジーでもたぶん、実際にちょっとの工夫とちょっとの手ちがいがいくつか重なりさえすれば、今からはじめて来年か二、三年後ぐらいにでも人類なんていとも簡単に滅亡可能なのかもしれない。別にそう大層なことじゃないような気もします。少しスケールを変えれば自然界で毎日のように起きている、ごくありふれたサイクルのひとつにすぎないわけだし。
しかしそのようにはかないものだからこそ、己をかけがえのないものと思うのが人間であり、もったいないからせいぜいがんばって生き延びようとするのがすべての生物のサガというもの。そういうふうにできている以上、これはもうしかたがない。まったく宇宙というやつは、何から何までよくできていると言わざるをえません。そう考えるとビッグバンGJ。


ところで近頃は、SFのシェアがラノベに食われてもう商売にならないとか、かつて一部で議論になっていたというSF冬の時代論だとか、いやその前からとっくに死にかけだったとか、SFを主食とする人たちが畑の不作を嘆く声が絶えずつづいているようです。でも、そうやってすぐ日本SFの凋落っていうけど、いったいいつと比べてだよ。という反問が、こうして小松左京作品などを読むと思わず浮かんできてしまうんですが。多少大げさかもしれないけど、小松左京みたいなのはもう50年に一人現われてくれればラッキーと思うぐらいでちょうどいいんじゃないかと。だいたい、小松、星、筒井クラスの作家がひとつのジャンルで10年や20年ぽっちの短期間にポコポコ出てくるのが普通だなんて思う方がおかしいんだ。常識的に考えて。あのレベルの人たちは、いうなればまあ、超新星爆発みたいなものでは。

もし僕の運がよければ、一生のうちにそうした星の光の奔流をリアルタイムで浴びる機会もあるでしょう。その前に「復活の日」みたいに人類が風邪をこじらせて絶滅しちゃったりしなければ、ですが。

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ヴァンパイアバンド一つの結末 - 環屋
単行本5巻待ち。笑える一話完結の方を心待ちにしております

100万人が住む、火山型の巨大タワー都市構想:日本の『X-Seed 4000』など | WIRED VISION
ドルアーガの塔、ってレベルじゃなかった。すごすぎる
ポストしたのはブルース・スターリングって。

CDを電子レンジでチンしてみる : Gizmodo Japan
なかなか美しい。ひとつの何かがすべてを統べそうな。

本屋で立ちぱら。文庫版の「ベルカ、吠えないのか?」には犬の家系図が付いてますね。もともとは百年の孤独にならって系譜類は載せずの方針を採っていたらしいのですが。よほど家系図を望む読者の声が多かったとか?
CHUO SPECIAL RAPID » おせっかいな人間がイヌに家系図を書いてやる
以前にベルカの感想書いたときからアドレスが変わってた?ようなので、再貼り。

見てから読む?映画の原作 : 【映画】フィリップ・K・ディックの「ユービック」、映画化へ

[ニコニコ] 南斗のP レイプロデューサー 美希 ライブ(デパート屋上)
ヒャッハー!死兆星が落ちてきそうにありません
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by umi_urimasu | 2008-05-31 13:55 | 本(SF・ミステリ)
ワールドコン企画R2 巨匠・新鋭の新作をWebで無料公開
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Self-Reference ENGINE経由で瀬名NEWSから。
ワールドコン企画の第2ラウンド開催:
小松左京 「宇宙と文学」序論
山田正紀 「火星のコッペリア」
堀 晃 「笑う闇」
円城 塔 「さかしま」
飛 浩隆 「はるかな響き Ein leiser Tone」
瀬名秀明 「つぐみとひばり」
(いずれも仮タイトル。公開順序未定)
面子が面子なのでこれはますとちぇけらと言わざるをえない。特に飛浩隆!飛作品ならもう何でも読むよ。なにしろ飢えてますのでね。これらのコンテンツはバンダイビジュアルのウェブマガジン「トルネードベース」にて6/20より毎週順次公開予定だそうです。楽しみ。

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[画像] Hugo Strikes Back!: 「奇想の江戸挿絵」
驚異の江戸時代大衆アートの実態。モンスターの絵とかものすごいです。クトゥルー顔負け。
Amazon.co.jp: 奇想の江戸挿絵 (集英社新書 ビジュアル版) 辻惟雄
北斎をはじめとする江戸の浮世絵師たちにとって、版本の挿絵は重要な仕事であり、そこには、物語作者とのコラボレーション、対決を通じての創造のあくなき追求を見ることができる。北斎・馬琴の『新編水滸画伝』『椿説弓張月』から無名の作者、絵師の作品に至るまで、幽霊や妖怪、異界のものたちが跋扈し、生首が飛び、血がしたたる、残虐とグロテスクに満ちた「奇想」のエネルギーが横溢しており、斬新な技法、表現、意匠の実験が絶えずくりかえされている。本書は、かつて伊藤若冲・曽我蕭白らを発掘した美術史家が、この膨大な版本の世界を渉猟し、新発見の図版などから、現代のマンガ・劇画・アニメにまで流れる日本の線画の伝統の大きな水脈をたどり、その魅力と今日性を浮き彫りにするものである。
浮世絵とマンガ絵って、やっぱどこかでつながってるんだろうなあ。これは読んでみたい。1000円というお値打ち価格なのもありがたい。

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「読み」を共有しよう。 - Something Orange
「読む」って、基本的に危険をともなう行為だと思う。違う読み方に触れたせいで、深く楽しめるようになるかもしれないし、心底作品が嫌いになるかもしれない。完全に人それぞれ。だから共有したいんだったら、リスクを承知のうえで自己責任でやってほしい。他の人にもすすめたいなら、せめて「どんなひどい結果になっても知らないよ」と警告ぐらいしてからにしてほしい。同じ読み手への思いやりとして。
追記:関連 物語とキャラクター/作品の読み方に優劣なし

海燕さんのブログを読んでると、「好きか嫌いか」をいつのまにか「正しいか間違っているか」「優れているか劣っているか」と混同、またはすり換えているケースがことのほか多いように思います。わざとって感じでもなさそうだけど。思考の癖みたいなもんなのかな。

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あなたもこの2冊で存分にSFを語ろう!/齟齬は雄弁に語る/「ディック」を「フィル」と呼ぶ権利を与えてやる。 - 万来堂日記2nd
ある記事を見て自分が言おうと思いついたことは大抵、こうやって他の人が先に言い尽くしてしまっている。巡回深度を深くしすぎるとしまいには何も書けなくなる罠。

[ニコニコ] マイリスト 【2007年度版】im@sMAD制作者 最大トーナメント編
たまには有名動画のハシゴなど。アイマスPで刃牙の選手入場MADってまだなかったような気がする…誰か作ってくれないかなー

[ニコニコ] 【廃墟】 廃墟の美学
[ニコニコ] 【廃墟】 廃村
廃墟、それは心のふるさと
[画像] 廃墟ちゃんねる ruins-channel
画像いっぱい夢いっぱい
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by umi_urimasu | 2008-05-27 17:44 | ニュース
すべての本はつながっている
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森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」を読んでいて、とても心惹かれる箇所を見つけたので抜き書き。
「父上が昔、僕に言ったよ。こうして一冊の本を引き上げると、古本市がまるで大きな城のように宙に浮かぶだろうと。本はみんなつながっている」
「何のこっちゃ」
「あんたがさっき見てた本たちだって、そうだな。つなげてみようか」
「やってみろ」
「最初にあんたはシャーロック・ホームズ全集を見つけた。著者のコナン・ドイルはSFと言うべき『失われた世界』を書いたが、それはフランスの作家ジュール・ヴェルヌの影響を受けたからだ。そのヴェルヌが『アドリア海の復讐』を書いたのは、アレクサンドル・デュマを尊敬していたからだ。そしてデュマの『モンテ・クリスト伯』を日本で翻案したのが「萬朝報」を主宰した黒岩涙香。彼は「明治バベルの塔」という小説に作中人物として登場する。その小説の作者山田風太郎が『戦中派闇市日記』の中で、ただ一言「愚作」と述べて、斬って捨てた小説が「鬼火」という小説で、それを書いたのが横溝正史。彼は若き日「新青年」という雑誌の編集長だったが、彼と腕を組んで「新青年」の編集にたずさわった編集者が、『アンドロギュヌスの裔』の渡辺温。彼は仕事で訪れた神戸で、乗っていた自動車が電車と衝突して死を遂げる。その死を「春寒」という文章を書いて追悼したのが、渡辺から原稿を依頼されていた谷崎潤一郎。その谷崎を雑誌上で批判して、文学上の論争を展開したのが芥川龍之介だが、芥川は論争の数ヶ月後に自殺を遂げる。その自殺前後の様子を踏まえて書かれたのが、内田百閒の『山高帽子』で、そういった百閒の文章を賞賛したのが三島由紀夫。三島が二十二歳の時に会って、『僕はあなたが嫌いだ』と面と向かって言ってのけた相手が太宰治。太宰は自殺する一年前、一人の男のために追悼文を書き、『君は、よくやった』と述べた。太宰にそう言われた男は結核で死んだ織田作之助だ。そら、彼の全集の端本をあそこで読んでいる人がある」
「あらゆる書物は別の書物と必ずどこかでつながっている」と実感できたとき、読書が好きな人は誰しもそこはかとない安心感を覚えるのではないでしょうか。
面白い本に出会い、その世界にのめり込んだとき、人はその本と自分との間につながりが生まれたように感じる。その本が書かれた背景にはまた別の本とのつながりがある。同様にその本もそのまた別の本につながっている。そんなふうにしてあまねくすべての本をつなぎ合わせることがもしできたなら、それらはひとつの巨大な網の体をなしているのではないだろうか。この地球上のすべての書物を内包する、本のネット。あるいは人類全員がよってたかって書きあげた一冊の巨大な書物。手の中にある一冊の本を読むだけで、自分もその巨大な系の端につながっている気持ちになれるということが、この奇妙な安心感の原因なのではなかろうか。ただし本好き限定で。

などと埒もない妄想にふけりながら読んでは休み、休んでは読み、なんてやっているため、「夜は短し歩けよ乙女」はかれこれ二週間ほどもかかってまだ半分ぐらいしか消化できていません。ヒドス。

ちなみに、上の話を逆から見ると、本とのつながりを実感できないときに本好きは根源的な不安を覚える、ということもありそうに思えます。たとえば出張や旅行に、到底全部読めるわけがない量の文庫本をもっていこうとする人。オレオレ。理由を聞かれたら、彼はおそらくこう答えるにちがいない。
「いや、暇なときに読もうと思って」。
あれはたぶん一種の精神安定剤なのです。

似たような心理的傾向は、ネット依存度の強い人にも見られるかもしれません。生活時間の大半をネット漬けで過ごしていると、ほんの一時でもネットにつなげない環境に移るのを極端に嫌うようになるとか。あるいは四六時中携帯をさわっていると、わずかな時間でも手元に携帯がない状態が耐えられなくなるとか。毎日ニコニコ動画を見つづけているとコメントの流れない動画が寂しくて見られなくなるとか。何年もブログを書いてると、やる気もないのに更新せずにいられなくなるとか。

なんか絶望先生みたいな流れになってきた。もうやめよう。

もともと今回は、すべての小説を電子化してハイパーリンクとかで互いに参照しあえるようにできたら、みたいな話になる予定でした。発端は「スカイ・クロラ」で、あれを読んでるときに各章ごとのサリンジャーからの引用の意味がわかりづらくて、こんなとき前後の部分がすぐ参照できたらいいのにと思って、でもいちいち原典をひっぱり出して該当箇所を探すのがめんどくさくて。
本を読んでいたりするとよくありますね。ここを選択して右クリックメニュー出して検索かけられたら、っていうときが。電子化さえしてあればいくらでもできるのにって。まあ電子化したらしたで、紙の本の「ページを繰って読む」フィジカルな(?)ありがたみとかが薄れるような気もするし、どっちがいいとか一概に言えませんけど。


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『今日の早川さん2』を20倍楽しむ方法。 - Something Orange
こういう紹介のしかたはちょっとやだ。「未読」「忘れた」ばっかりじゃないですか。頭では調子よく誉めてるからよけい投げやりっぽいよ。

ジョジョ話に関する英語報道 - 空き箱
「ジョジョの奇妙な冒険」、中東で「日本が侮辱」「テレビ局爆破しろ」と批判殺到
「文化摩擦は避ける」「表現の自由も守る」 両方やんなくっちゃあならないってのが「作家」のつらいところだな… 荒木先生は覚悟できてたかもしれないですが集英社はだめっぽかった

Rauru Blog » 人工知能の叛乱
ゆけgoogle、人類を抹殺せよ。誰か早くこれを小説にするんだ。

インタビュー: Manga Meister - Vol.3 荒木飛呂彦 |文化庁メディア芸術プラザ
荒木漫画のルーツからSBRにおける古典回帰まで。
>すべての登場人物に前向きな方向性を与えていますから、お互いが物語上で衝突していくうちに問題は解決しているんです。悪役も全員、自分が正しいと思っていますから。
白土三平や横山光輝の作品ではよくあること。ジョジョの人物造形に対する横山・白土の影響って予想以上に大きいのかも。

[ニコニコ] アイドルマスター まこまみやよあみ 「Tobacco Island」
本日の肴。Flogging Molly よさげ

[ニコニコ] アイドルマスター 手描きMAD「ちはやちゃん」ひまつぶしにどうぞ
今晩の肴。いやむしろ主食!理性で封じていた何かに目覚めてしまいそうな甘さ。
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by umi_urimasu | 2008-05-22 22:26 | まぞむ
「スカイ・クロラ」森博嗣
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南雲隊長を女の子に変換してみた!かわいい!以上!

ぶっちゃけ上の一行だけでこの作品について言いたいことは言い尽くした。
以下はほとんど余談。

a0030177_13444983.jpg森博嗣といえばミステリ畑で有名な人ですが、これはミステリにあらず、戦争を生業にする子供たちの醒めた目線で彼ら自身の生死について淡々と書き綴られたモノローグ小説です。
とりあえず僕にとっては初めての森博嗣作品。「手なれてるなあ」というのが第一印象でした。短いセンテンス、癖のない一人称描写、適量の空戦アクション、「キルドレ」の生死観をさらりと伝える子ども哲学語り。説明を省けるだけ省いて示される、それなりの謎と解。出す情報にいちいち無駄がない。読みやすい小説の書き方するなあ、と思いました。

この計算された無駄のなさは、工学部出の人が道具に求める機能美に近いのかもしれません。こういうのも嫌いではないです。ただ、そうやって咀嚼の労なしにつるつる読めてしまう言葉は個人的には物足りなくもある。僕はどっちかというと、正体不明の異様なものが宿っているせいで日本語としては読みにくいような小説のほうが好きらしいからです。宮部みゆきとかを読んでて、技術がはんぱでないのはわかってて、そのあまりの読みやすさを張り合いなく感じてしまうのと根は同じかもしれない。

あと、「キルドレ」というネタについては、ちょっとした空振り感を味わいました。わりとありがちなメトセラっ子ものだと判明した時点で張っていた気がやや抜けて、その後も再充填されないまま淡々と話が終わってしまったので。徹底的に背景説明を省いた語りが、なにか驚天動地の裏事情を伏せておくための手だと勝手に思い込んでいた僕の勘ちがいでした。「森博嗣といえばミステリ、そしてミステリといえば驚くべき真相」という先入観にとらわれていたせいでしょうか。
でもあれだけ謎めかされたら普通、誰でも身構えると思うがなあ。

まあ、こうした手さぐりや空振りも初読ならではの読み心地というものだし、これで「いまだに森博嗣一作も読んでない」という面目の立たない状態からは脱することもできたし、一発目としてはなかなか悪くない体験だったかと。

その他、余談の余談など。
文庫版の解説は鶴田謙二。ノベルス版の表紙イラストもこの人。
文庫版表紙は見てのとおり青ベタ一色でイラストなし。僕の場合、ないのがよかったようです。先に見ていた押井守の映画の予告編が脳内に残っていて、ややそっち寄りの脳内イメージで読んでて終始いい感じだったので。草薙水素はベリーショートよりもおかっぱのほうがいいし、プロペラ機はリアリスティックで武骨なほうがいいし。鶴田謙二の絵だと、どうしてもファンタジックな柔らかさが入ってしまうんですよね。

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[ニコニコ] ペンギン ―GONG―
かっこよすぎるペンギン動画。軽がると10万再生突破してた

[ニコニコ] アイドルマスター『おはよう!!ROCKETご飯』
ものすごい勢いで朝ごはんを食べたくなる動画

[ニコニコ] 【ハルヒ】レッド・ツェッペリンがGod Knowsを演奏したようです【MAD】
いつもより多めに爆発させております。何回見ても 3:40 のテルミンで吹く。

[ニコニコ] 【手書きMAD】 メタルギアソリッドでルパン三世OP 【GIFアニメ】
センスとテクニックの塊。これをマウスで描いたなんて

[ニコニコ] アイドルマスター ひざしの奥のハッピーハート / バストアムーブ2
歩かせM@STERの名をほしいままにする慈風P新作
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by umi_urimasu | 2008-05-17 15:25 | 本(SF・ミステリ)
「兇天使」野阿梓
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a0030177_23585454.jpg飛浩隆の激賞に後押しされて購入。元ネタであるシェイクスピアのハムレットはずいぶん昔に挫折してそれっきりでしたが、これは予備知識がなくてもがんがん読める。神話の中の神々や天使たちが、人類史のあちこちに時空を越えて顕現しては壮絶な戦いをくり広げ、どろどろの愛憎劇に溺れながら史実と虚構が混濁してゆくという、途方もないスケールのメロドラバトルSFです。どこがハムレットですかこれ。というか、演目はハムレットなのに上演されたのは「百億の昼と千億の夜」じゃねーかこんちくしょうもっとやれみたいな感じですか。

もともとは1986年に発表された作品で、今回のは新装版とのこと。これを「80年代っぽい」と言っていいのかどうかはよくわかりませんが、メタリック&インモラルな官能の匂いが強烈に香るこの「いけないSF」感は、個人的にもっていた80年代SFのイメージそのものです。こういう麗々しくて淫靡な80年代娯楽SFのイメージをイメージでしかもってないのは、僕がその頃はまだ年齢的に子供すぎた(したがって読んでもいなかった)からか。時期的にはこれよりもしばらく後、80年代末ごろからようやく僕も色気づいてきて、アキラとかファイブスターとかのちょっとあぶない描写でフンガーとかなっていた覚えがあるのですが。

ともあれ、そのようなイメージが形をとって現前したこの「兇天使」。不貞、背徳、禁忌、頽廃、その他もろもろの美しくも反倫的なものをぶち込んで煮込んだ闇鍋のような、悪の魅力がたっぷり詰まった小説です。もちろんいうまでもなくエロス全開です。地上界に降りた天使の化身たる超絶美丈夫、美少年たちが、切なげにくんずほぐれつ手とり足とりアッー的な場面が全編これてんこ盛り、あふれ飛び散る汁また汁。
汚れ、狂い、堕ちつづける追跡劇の果てに、かの天使はいったい何を得、何を失い、何者になったのか。ラストも熱いです。あちち。というかこれ、ある意味BL万歳小説だよなあ。

神や天使が現世に乱入して黙示録的なバトルを演じたり、黒皮ジャンパーの美貌の天使にモンスターバイクがよく似合ったりするような、そんな世界観をもし漫画作品にたとえるなら、近しいのはたとえば萩原一至とかでしょうか。中身はともかくビジュアルイメージはけっこう似合いそう。少年愛要素についてはやおいとか少女漫画の得意分野なのかもしれませんが、僕はその方面にうといのでよくわかりません。やっぱり流派竹宮惠子とか?

巻末の解説にもちょっと書かれているように、歴史小説、推理小説、演劇などのスタイルを継ぎあわせたメタフィクションっぽい構成も読みどころのひとつです。もちろん、ただの文章遊戯ではなくて、天使の人間化と虚実の融合をひとつの物語にまとめる目的のために取られた手法なのでしょう。うまいことを考えるものです。少々やりすぎっぽい箇所も一部あるものの、それはそれでネタとして笑えたのでよしと。ちょっとくらいの統制の乱れなど問題にもならないほどに作品全体が大規模で破天荒だからこそ、そんなやりすぎができるのかもしれませんが。

ごった煮小説としての食いごたえ、カオティックな面白さ、耽美性に関しては、ボリュームもインパクトも十二分な作品でした。おなかいっぱいだ。

この「兇天使」を読んだ昨日の今日で、ちょうど魔王さんがハムレットを読まれていたようで。
原典の知識なしで読む人と、元のあらすじを知ってから読む人とでは、たぶんメタ部分の見え方がかなりちがってくるのでしょうね。僕はいまだに、どこまでが史実でどこからがハムレットでどこが「兇天使」オリジナルなのかいまいち把握してません。わからんほうが楽しいんじゃい。というのがハムレ読まない言い訳。

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[ニコニコ] 北斗のP ケンシロウプロデューサー 千早「写真撮影(写真集)」
コミュ動画のポテンシャルを限界まで引き出す驚異の編集力。「お世話になりました」「ぬ゛ああっ」で腹筋切れました

[ニコニコ] 【MAD】 Fate/stay night Fate/s.CRY.ed
むりやりキャスティングなのに作り込みが鬼。橘がセイバー?あ、絶影か…
(追記)無断転載でMAD原作者が怒ったらしく自主削除。元動画のある本家はここ→狗の足跡

[ニコニコ] ARToolKitで初音ミク(その5):影をつけてみるテスト
廃園の天使つながり。飛浩隆さんが嬉しそうに動画ヲチしてるのがなんか微笑ましい

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漫画をめくる冒険」読んでみたいけどなんか入手困難ぽ。

荒木飛呂彦インタビューより、「ジョジョ」の丸いコマについて
丸いコマに見る、荒木飛呂彦の天才性
変形ゴマの多用は、キャラやフキダシが入らないからコマの方を変形させているということらしい。
丸ゴマがまるい理由はとても単純だった
>丸いからどこにでも入るんですよ、アレ
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by umi_urimasu | 2008-05-12 00:08 | 本(SF・ミステリ)
[考察] 連載マンガの絵柄の変化について
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最近の漫画では、ギャグ系やコメディ系は別として、ヒロインが「太っている」と言えるほどポッチャリした体型に描かれることはほとんどありません。理由はスレンダーなのがきれい・かわいいという現代的な美女・美少女の通念的イメージにそぐわないからか。首や手足や内臓がちぎれ飛ぶハードなバトルもので王道系のヒロインがぷにょぷにょな例ともなると、皆無に近いでしょう。

その稀有な例たる一作が、山口貴由「覚悟のススメ」です。
以下、「覚悟のススメ」第9巻のあとがきより引用。
「気のせいかも知れませんが、最近、罪子が太ったような気がします。」
そんなお便りをいただきました。私には思いもよらぬことだったので、そんな筈はあるまいと思い、単行本を読み返して、罪子をチェックしてみたところ、第一話で初めて出てきた頃は小鹿のように細かったのに、魔神モードの頃はもうまるまるしていました。
これはいったいどうしたことでしょう?
物語の中で罪子をとりまく環境は、どんどんきびしく過酷になってゆきます。屈強な男の人だって恐ろしくてとても食べ物なんか口に入る状態じゃないですよ。でも、罪子はそうはなりません。動物の本能で察知しているからです。これから自分が大活躍しなければならないことを!
自分より大きな相手と戦うためには、ウエイトをアップして立ち向かわなければならないことを!
「あたしは負けないわ! どんなことがあったって!」
最近のヒロインはみんな、スポーツカーのように細くてかっこいいけれど、本当のヒロインはオンロードだけでなく、ジープのようにオフロードも走れなくてはなりません。それができて初めて、名誉あるスーパーヒロインの称号が与えられるのです。
 第1巻           第11巻
a0030177_2281665.jpga0030177_2282773.jpg「覚悟のススメ」のヒロイン・罪子の体型変化は、結果的にみて、物語の都合上きわめて好ましい変化だったといえます。最終巻のクライマックスで嬰児の霊を抱きしめる罪子は、母性的な包容力を象徴する存在としてのふさわしい姿に描かれる必要がありました。このために体型がポッチャリになっていることが、この上なく都合がよかった。
逆に、もしあの場面で罪子がファッションモデルのような体型だったなら、見ばえはどうあれ物語にとってはふさわしくない図にならざるをえなかったでしょう。ヘタをすればそのことが物語の結末すら変えてしまう要因になったかもしれません。

漫画は写実ではなく、抽象的な「絵」による表現です。なので場面ごとの雰囲気とか、キャラクターの作品内での機能や立場とかいった無形のものが、目に見えるかたちで絵の上にあらわれることがままあります。というか、それこそが漫画という創作形式の特性だといってもいい。たかが絵柄と軽んずるべからず。“絵が口ほどに物を言う”、それが漫画というものです。

しかし、絵柄と物語の関係や互いにおよぼし合う影響については、表面的なストーリー内容ほど細かく語られる機会があまりありません。言語化しにくいからしかたがないのか。「覚悟」の罪子みたいに、物語の要請に応じて「変わるべくして変わっていく」絵柄の経時変化を、作画技術や時代の流行などによる変化と切り分けて読む試みがもうちょっと行われてもいいんじゃないかなあ。という気が僕はするんですが。せっかく作者が(無意識のうちにとはいえ)込めた意味があるんだったら。


余談。
覚悟のススメとは対照的に、ジョジョの奇妙な冒険では後期になるにつれてキャラクターの体型がスレンダーになっていきます。これはなんでかな。ジョジョの場合は連載期間が長いこともあって、変化の理由の切り分けもかなり難しそうです。荒木飛呂彦がイタリアのファッションに興味をもっているらしいこと、物語の舞台の現代化、連載年代に応じた流行の変遷と、いろんなファクターがごたごた混じってるはず。
もし本人に理由を聞いたらどんな答えが返ってくるかなあ。

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[ニコニコ] アイドルマスターMAD 合作組曲「ニコニコ動画」
GW終わるまでこれに気づかなかったのどうしてー。殿堂入り。

[ニコニコ] アイドルマスター DA SCHOOL RAP / バブルガム・ブラザーズ
歩く。とにかく歩く。

[ニコニコ] 改札機の上から退こうとしないぬこ
人と猫、互いに一歩もゆずらぬ圧倒的スルー力

ガンダルフが帰ってくる!「ホビットの冒険」にI・マッケラン出演決定
で、ビルボのキャストは結局誰なんだ

日本SF全集 日下三蔵編 収録作品リスト
第2巻に山尾悠子「遠近法」、第6巻に飛浩隆「夢みる檻」

動画関係まとめ (2)を久しぶりに更新

[画像] [pixiv] 我らがビッグファイアのために!!!
「ヴァンパイアバンド」の環望さんが描いた十傑集。よい。

古川日出男「ベルカ、吠えないのか?」文庫化
おおいつのまに。文句なしの傑作です。まだ読んでない人は突撃上等であります。
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by umi_urimasu | 2008-05-07 01:39