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「ハイペリオン」ダン・シモンズ
a0030177_11123221.jpgまったく予期せずいきなりオールタイムベスト級の小説に出くわしたとき、妙な不安にかられてしまう性癖が僕にはあります。
数十年に一発クラスの傑作小説に巡りあうという幸運が、そんな棚ボタ的に起こってしまっていいんだろうかという疑問。さしたる努力もせずにこうもポコポコ傑作に出会えるというのは、実はすごい勢いで幸運を浪費してることの裏返しなんじゃないかという不安。そのうち反動で不運の固め撃ちにみまわれるんじゃないかという恐怖。
理不尽だとは思うものの、実際落ちつかなくなってしまうのだからしかたがない。

そしてこの「ハイペリオン」もまた、ありがたくも困惑すべき、不意打ち型超傑作のひとつでした。「長門さんが読んでました」っていうしょーもないきっかけでなんとなく手に取った本が、まさかこれほどの超ド傑作とは。
この作品に巡り合わせてくれたという一点のみにおいて、「涼宮ハルヒ」にはいくら感謝してもし足りません。ハルヒ自体はまあ、あえてアレが好きという人以外はどうでもいいと思うけど、ハイペリオンは読んどいて損はないですね。好き嫌い抜きで。クソ分厚いけどね。


「ハイペリオン」は単体でも多彩かつ高密度な物語を楽しめますが、続巻の「ハイペリオンの没落」とセットになって初めてアルティメットな完全体となる仕様だそうです。これはたいへん罪つくりな分版方式でして、何も知らずにこれだけ買って、とんでもないところで「つづく」をされた僕のような読者こそいい面の皮という話で。「まさにこれから」ってとこで切れて下巻がないというのはわりと本気で悶え死ねる。まあ僕はマゾだから問題ないが。

「〜没落」のほうはまだわかんないけど、ハイペリオン無印の作品構造はアラビアン・ナイト的な枠物語形式を採用しています。古今のさまざまな(SFにかぎらない)物語パターンを集大成的に取り込んで構築された多層的な枠内物語空間は、まさに歯車的物語の小宇宙! もとい、小説技巧の万国博覧会。ただし、未読の人に対して不用意に内容を明かすのはけっこう危ないっていう気もします。本来なら「枠物語形式である」という前知識すらもたずに読み始めるのがベストなのかもしれない。完璧にまっ白な状態で読んでしまった僕は、そう思う。

とりあえず、あたりさわりのない設定と話の外殻だけ紹介すると。

西暦28世紀、人類は多数の恒星系にまたがる汎宇宙国家〈連邦〉を形成していた。遠い昔に人類社会から離反した一派〈アウスター〉と連邦との間に戦争勃発の危機が迫るなか、辺境の開拓惑星ハイペリオンに、秘密めいた過去をもつ七人の巡礼者が降り立つ。時間を超越する銀色の殺戮者〈シュライク〉が守る謎の遺跡〈時間の墓標〉を訪れ、おそらくは生きて戻ることのない最後の旅を終えるために。その道中で彼らが交互に語った、聞くも凄まじき罪と業苦の物語とは───。

異世界リアリティ抜群の旅行記風描写や、サブエピソードごとに語り口も題材もがらりと変えてくる多芸ぶりもさりながら、枠物語どうしが複雑に干渉し合う中から思いがけず謎の全貌が立ちあがってくるという構成がウソみたいに巧いです。さらにその中にはディックやバラードやギブスンや、もしかしたらル=グウィンや、僕はまだ読んだことがないけどニーヴンやジャック・ヴァンス、遡ればヴェルヌあたりまでのさまざまな小説手法・様式が編み込まれているという周到さ。もちろんSFだけじゃなく、キーツやイェイツの詩、ギリシャ神話、旧約聖書、シェイクスピアやチョーサー、ダンテ、ミルトンなどなど、多くの古典作品までもがベースにされたり引用されたり、シンボルやメタファーとして使われたり。

これは、話が小難しいとか引用が多いから敷居が高いというふうなものではありません。原典をまったく知らずに読んでも十分以上に楽しめる。けれど、「知らなくても話は純粋に楽しめる」以上の何かを読み取りたければ、読者はもてる教養のすべてを総動員して読解作業に挑まなければならないでしょう。そうするだけの価値はあるし、当然のようにそれだけの作り込みをして待ち受けている。シモンズの「ハイペリオン」はきっとそういう作品なのです。

まったくとてつもないったら。生涯初、キーツの詩集を読まにゃーですよ。

うおおぉ、レッツポエーム!


もし読んだら感想書きます。ネタとして。
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by umi_urimasu | 2007-01-31 13:18 | 本(SF・ミステリ) | Comments(2)
「ラギッド・ガール 廃園の天使II」飛浩隆
a0030177_1611126.jpg今、「日本のSF界で一番期待している作品は?」と聞かれたら、僕は迷わず「飛浩隆の次回作」と答えます。これほど残虐な、それでいて愛らしい小説を、これほどきめ細かいことばで書く同時代の作家を僕は他に知りません。マジベタ惚れです。
「象られた力」から「グラン・ヴァカンス」そして「ラギッド・ガール」までをつないだ快楽度曲線を外挿していくと、次回作「空の園丁」はいったいどんな凄まじいことになってしまうのか!? 考えただけで脳内麻薬が耳穴からあふれてきよるわい。

前作「グラン・ヴァカンス」では、仮想空間のリゾートに住むAIたちと謎の侵略者との熾烈な戦いが描かれました。第二弾となるこの中編集では、裏舞台である現実世界の視点が導入され、仮想世界の背景や設定が徐々に明らかにされていきます。
以下、各篇ごとの読みどころ紹介。

「夏の硝視体」

仮想の楽園〈夏の区界〉の平穏な日々のひとこま。漁師ジョゼに惹かれる少女ジュリーが彼の深層意識に潜りこみ、そこで目にしたおぞましい罪の記憶とは……。背徳感みなぎるAIたちのエロスとタナトス、その意識の闇にひそむものを描く「グラン・ヴァカンス」の圧縮版的な一篇。
ジュリーのエロキュートさは犯罪級。

「ラギッド・ガール」

仮想リゾート〈数値海岸〉開発グループのメンバー、カリン・安奈・カスキは、特殊な感覚記憶能力の持ち主・阿形渓に惹かれ、ついには渓の意識世界の中に取り込まれてしまう。無機質な仮想空間のイメージを生なましい官能性と残虐性で圧倒する、これぞ飛浩隆という感じの一本。現実という枷を脱し得た人間が抱く欲望のありかたをきわめて体感的に、しかも幻想的とすらいえる美しさで表現してみせる文章の技にも脱帽ですが、なにより圧倒的なのは阿形渓の存在そのもの! この女、ヤバすぎる!
今までの「廃園の天使」シリーズ中、文句なく最強にして最凶の作品と言っていいでしょう。

「クローゼット」

変死した女が仮想現実の中から脳ハックをしかけて来る、サイバーサイコサスペンスSF。「象られた力」の「デュオ」に近い感触かなあ。多重現実テクノロジーが浸透した未来の生活感の生っぽさに、ちょっとウィリアム・ギブスンを思い出す。映像的な雰囲気はキューブリック風味?

「魔述師」

〈数値海岸〉を訪れる人が唐突に途切れた謎の事件〈大途絶〉の真相を、現実と仮想世界の両側から描き出した中編。中欧の古風な城砦都市を模した区界〈ズナームカ〉のたたずまいや、区界から区界へと泳ぎわたる〈鯨〉たちのイメージがすばらしい。仮想現実の中にのみ存在して生きる人間があらわれ始めた時代のAI人権問題なども扱われていて、実存SFとしても刺激的です。もちろん、ほのかなボーイ・ミーツ・ガール的甘さをノーモーションでぶち壊す飛浩隆らしい極悪さは健在。表題作の次に好きなのがこれ。

「蜘蛛の王」

〈夏の区界〉を壊滅させた最強のAI・ランゴーニの誕生にまつわるエピソード。巨大な樹上世界に人々が住む区界〈汎用樹〉の王として生まれた彼は、やがて愛する〈父〉のコピーと滅ぼし合い、区界に大破局をもたらすことになる。ランゴーニはいったいどこへいったのか? 〈父〉の物理実体って結局誰? ダキラの原型はガウリがたがねに渡した蜘蛛? 〈非の鳥〉と〈天使〉の関係は? などなど、謎はまだまだ尽きません。「空の園丁」が待ち遠しくていてもたってもいられなくなる、罪な一本。


以上五篇、すべてが傑作。マジで傑作。未読の人はぜひ、じかにその文章に触れて凶悪な切れ味を感じてみてください。ほんと凄いから。


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ところで以前にグラン・ヴァカンスの感想を書いたとき、僕は「SFとみなす必要なさげ」なんて言ってましたが、すみません。あれは撤回します。見捨てられた楽園、人間と変わらないAI、自我意識の境界を侵すようなコミュニケーション、そういったものが「なぜそういうふうなのか」、グラン・ヴァカンスでは完全に伏せられていた理由をラギッド・ガールがきわめてSF的に説明してくれたので。一見安易で浅薄に見える設定でも、その下に阿形渓のようなバケモノが隠れていないとはかぎらないんだよなあ。
油断大敵ですね。
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by umi_urimasu | 2007-01-22 23:27 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
「七王国の玉座」①-⑤ ジョージ.R.R.マーティン
a0030177_14315565.jpg伊達や酔狂で「エピックファンタジー史上の最高峰」と呼ばれているわけではない。読めば読むほどに増す快楽と恐るべき常習性をもつ、まるで麻薬のような物語。いや、冗談じゃなくこれはほんとに依存性がありそうな気がします。章ごとに見ても巻ごとに見ても、"引き"の強烈さは異常。さらに「七王国の玉座」自体があんなとこで切れてるし。
あそこで切られて、次の「王狼たちの戦旗」を読まずにリタイアできる読者がいったいどれだけいるだろうか。


この〈氷と炎の歌〉シリーズを称える賛辞は、それこそ並べ始めたら永遠にきりがありません。
多彩な人物の思惑が複雑怪奇に絡み合う陰謀劇の緊張感。緻密に描き込まれた中世の情景の美しさ。静と動、美と醜、平穏と闘争、強烈な対比をはらむ物語の迫力。容易に全貌を掴ませない広大な世界の奥ゆき。等々。まだまだいくらでも褒められます。
賞にしたって、ローカス賞はどっさり獲ってるし、他にも世界各国で山ほど賞を取ってるだろうし、これから先もどっさり獲るでしょう。なんかもう、いちいち細かく褒めるのがアホらしくなってくるんだよなあ。

もういいや。凄い。とにかく凄い。ほとんど神。以上絶賛終わり。


文庫版あとがきによれば、シリーズ全体での予定は全7巻かそれ以上になる模様。今回僕が読んだのが第1巻「七王国の玉座」の文庫版で、5分冊。これと同じぐらいのボリュームで7巻まであると仮定すると、文庫に換算した場合の予想トータル冊数はだいたい35冊前後になる計算です。うーむ。最低でも35冊か。「七王国の玉座」だけでもこれだけの超絶クオリティなのに、それが7倍以上のボリュームになったらと考えると……ちょっと想像がつかない。ほんとうに現実に起こり得るのだろうか、そんなことが。


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以下、文庫版5巻のこと。

5巻のあの衝撃的な展開のおかげで、はっきりと気づかされたことがありました。それは「キャラクターの命の平等さ」。4巻の時だって、ひとつ間違えばティリオンが高巣城から「飛ばされる」展開は十分にありえたのだと。彼だけじゃない、この物語の人物たちは、エダードもサンサも、ブランもケイトリンも、全員がひとしく命をかけた綱渡りを演じていたのだと。そもそもの最初から、安全なキャラクターなんてただの一人もいなかったのだと。読み手の僕だけが鈍感にもそのことを認識せず、彼らの運命を軽く見たまま読んでいたのです。キャラクターひとりひとりにかかる重みがぐぎぎぎぎ、と増して本来の重さになったのを、そのとき確かに僕は感じた。あの人の命を代償に……。

そして思った。〈氷と炎の歌〉に関するかぎり、もうパターンに寄りかかった読みかたは決してするまいと! ドラマツルギーとか予定調和とか、お約束とかフラグとか、そんなものはぜんぶ窓から投げ捨てちまえと!


んなこと言って、どうせアリアとデーナリスは大丈夫なんだろ? へっへっへ。なんてな。
 ↑
懲りてねー!


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飛浩隆「ラギッド・ガール」読了。ああ、こんなにしあわせでいいのかなあ。飛さんマジ最高。

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イーガン「万物理論」も半ばまで到達。こんなにしあわせで以下略。

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地上波でも再放送中のカレイドスター、そろそろロゼッタが登場する頃合いのはず。観たことある人もない人も、脅威の和田マジックを堪能しよう。
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by umi_urimasu | 2007-01-19 14:33 | 本(others) | Comments(0)
「重力ピエロ」伊坂幸太郎
a0030177_15485543.jpgなんとも不思議な読み心地の一冊でした。

まず何よりもその文章。なんだか知らんが異常に読みやすい。明らかに目立つ個性の強さのわりにほとんど抵抗がなく、流れるようにすらすら読めてしまうのです。「春が二階から落ちてきた」という冒頭の一文をはじめとした洒脱な言い回しや奇抜な比喩の数々が、流動食のようになめらかに腑に落ちてくるこの不思議。ふつう、文章ってのは個性が強ければ強いほど、同時に読みづらくなるものじゃないかという気がするんですが。

このへんはどうにも口で説明しようがありません。
「その言語化できない部分こそが個性なのだ」とでも開き直るしかないのかなあ。



伊坂幸太郎の摩訶不思議な個性は文章だけにとどまらず、作品の内容自体にも及びます。
たとえば、事件の進展そっちのけで突拍子もない方面の雑学ばかりがぽんぽん出てくること。ネアンデルタール人、DNA、ガンジー、オランウータン、ローランド・カーク、アインシュタイン、ジャン・リュック・ゴダールなどなど、この本の半分がたはじつは雑談で占められていると言っても過言ではありません。そしてその大半は単なる日常会話のつぎ穂としての無駄話にすぎず、解くべきトリックとはまったく全然これっぽっちも関係がない。ミステリ的な観点から見れば、これほどミステリらしからぬミステリもそうないでしょう。

しかしこの作品に関しては、それでもいい。いや、そうでなければならない。なぜなら、これらの雑多なトリビア話は、レイプによって産まれた青年とその家族の肖像をよりディテール豊かなものにし、利己的な悪意や傲慢を憎む彼の潔癖な心がどのように育まれてきたかを、「重さを感じさせることなく」語るためのものだから。
「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだ」という春のセリフ、まさにその通りのスタイルを固く守って、この物語はかたちづくられています。その結果、推理小説としてのS/Nは低くなっているかもしれない。ただし、「家族の物語」としてのS/N比なら100%、不要な雑談などただひとつとしてありません。

ミステリのシステムだけは利用しながらも、人生の喜怒哀楽を軽やかなユーモアに乗せて物語る、その洗練にのみ特化した小説「重力ピエロ」。伊坂幸太郎の個性とは、既存のジャンルにまったく収まらず、それでいてまるで「異端」とは感じさせない、そんな不思議な作品ばかりを生み出してしまうもののようです。まあ、だからこそ「個性」って言うんだろうけど。
説明のしようがないよこれは。


処女作「オーデュボンの祈り」もちょこっと読んでみた。これまた見事な不思議っぷりでした。「ラッシュライフ」「アヒルと鴨のコインロッカー」あたりにもいずれ手を出してみよう。



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[本] 「七王国の玉座」文庫版

すっ、げええええ!

読め、この本を! 見よ、スタンドも月までブッ飛ぶこの面白さ!
陰謀劇のどろどろ具合といい、夏と冬が不定期に訪れるという設定にもとづいた叙情ゆたかな自然描写といい、五人の嫡子と五頭の狼の運命的な組み合わせといい、何もかもが腹が立つほどすばらしい。ジョンとティリオンの友情や、エダード・スタークが幼いアリアを諭す場面など、厳しい冬の物語ならではの繊細な温かさもポイント高し。あとデーナリスちゃんえろかわいすぎ。

僕は現在、文庫版の第2巻末まで来たところ。折も折、史上最大級の爆弾低気圧とやらのおかげで雪は降るわ風は吹くわ、ムード満点な読書の時間が楽しめてしまいました。ははは。

ちなみに少し検索してみたら、〈氷と炎の歌〉シリーズ日本語訳者の岡部宏之氏はなんと75歳だとか。原書のほうでも完結はまだずっと先みたいなんだが……。
えーと、できれば急いでくださいジョージ・マーティンさん。
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by umi_urimasu | 2007-01-09 19:20 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)