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「絶対可憐チルドレン」2
a0030177_2120297.jpg今さらだけど、元ネタが源氏物語だったことにぽかっと気がついた。
人物のネーミングだけでなく、育てた娘と恋をするという話の土台がすでに原典縛りなんですね。あれだな、俗にいう光源氏計画ってやつだな。手塩にかけて育てた娘を我が嫁に。それこそは世の男親たちの究極の夢。

だが平安の御代ならともかく、現代日本でそーいう展開は民法的にめーなのでは。


いいか。漫画だし。

ベースとなっている源氏物語の他にも、「絶対可憐チルドレン」には無数のパロディが仕込まれています。サブタイトルの元ネタも映画、小説、ゲーム、漫画と多種多様。シリトーから「長距離瞬間移動者の孤独」、山風から「瞳の中の悪魔」なんてのもありました。

マンガ表現について言えば、椎名高志の絵にはやはり藤子Fの遺伝子が濃いように見受けられます。画風そのものはだいぶ違うけど、女の子キャラのボディバランスやポージング、びっくりした表情で片目がマル点になるところなどいかにも藤子F。あと無意味なパンチラも。
一方、超能力アクションやESPジャマーは超人ロック直系な感じ。常人とエスパーの確執という作品のテーマもあるいはロックつながりか。
その他、薫が皆本をブッ飛ばして壁や床がまるく陥没する表現は「童夢」、テレポートで壁の中に体が埋まってしまう描写はGロボ起源の可能性もあり。わりとありふれた表現なのではっきりと断定はできないんですけど。
グリシャム大佐の元はやっぱり作家のジョン・グリシャムかなあ。個人的にかなり好きなキャラなので、ぜひとも再登場希望です。もちろん「こんな話を知っているかね!?」で。


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[本] 「涼宮ハルヒの憂鬱」1巻 谷川流
らめれひた。まったくの徒労れひた。
定義のあやふやなライトノベルというくくりの中でもこれは確かに純正のライトノベルだと思われるわけですが、僕はマジで、この手の小説表現を享楽する感性が欠損しているのかもしれません。なんとも不毛な出会いだった。
でもアニメ版はいい出来らしい。まあ京アニだからな。さよう京アニですからな。京アニじゃあ、仕方ないな!

[動画] アニメ「ノエイン」の空中戦シーン
http://www.youtube.com/watch?v=AJytMrrXUMg
かっこいい! 最近のアニメではあまり見られない荒々しい描線が逆に新鮮です。回り込みの多いカメラワークは技術力の高さの現われ。BGMの声楽も雰囲気抜群。これは本編をしっかり見たいかも。

[動画] 逆転裁判DS「蘇る逆転」ムービー@東京ゲームショウ
http://www.youtube.com/watch?v=r6cQH3qk40s
DS版の宣伝用ギャグ寸劇。キャラクターボイスは本職の声優が担当。御剣検事いじられまくり。

[アニメ] 機神咆哮デモンベイン 第5話
http://www.youtube.com/watch?v=IdbohxTHcUw
インスマウスの影の回。絵はきれいだけどほとんど紙芝居でした。ロボットアクションも腰砕け。しかし最後にアルの羽根をパタパタさせてくれたことにだけは称賛を惜しまない。

[アニメ] マルドゥック・スクランブルPV
泣いているバロットや血を流す拳銃などの映像が見られます。ほんのちょっぴりですが。
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by umi_urimasu | 2006-07-29 21:46 | アニメ・マンガ
「絶対可憐チルドレン」椎名高志
a0030177_2334914.jpg21世紀、「エスパーの時代」を椎名高志が描く!
笑いあり燃えあり、パロディ満載お色気満載、一部で人気沸騰のちびっこ超能力アクションコメディコミック。ちびっこてあんた。
いやいや、見た目でバカにするよくないです。これでけっこう骨太な本格エスパーものなんです。そう。我々はもしかしたら、こんなエスパー漫画をずっと待っていたのかもしれない。


少年誌でエスパー漫画といわれると、いかにも今さらといった感じの、手垢にまみれた古い題材という負のイメージがまず浮かびます。今どきエスパーてあんた、と。
でも、本当にそうでしょうか。バトルものでありながら、エスパーの「生活」、ひいてはエスパーの住む「社会」を描写した漫画ということになると、じつはほとんど思いつかないという人が多いのでは?
派手なバトルが必須の少年漫画では普通、そういうところはあまり見せてくれません。だからこそ我々は知りたい。もし超能力者というものが本当にいたとしたら、彼らはいったいどんな日常を送っているのだろう。

「絶対可憐チルドレン」に登場する契約エスパーたちは、戦いや救助活動などの特殊任務の合間はそれぞれの日常に戻り、存外普通に生きています。大人のエスパーは国家公務員として堂々とその力を仕事に活かしているし、子供のエスパーは学校に通っているし。もちろん普通の人に対して少数派であることは確かで、社会的偏見や迫害の問題もあればエスパーによる犯罪も起こってはいる。それでも彼らの多くはちゃんと法の守護を受け、そこそこ平凡な日常生活を送っています。普通の人と同じように。

そして、その平凡な「日常の超能力」を、バトル漫画の文法のなかにすんなり混ぜて描いたのがこの「絶対可憐チルドレン」。家から学校までテレポートで通学したり、接触テレパスでないしょ話をしたり、超能力がこれでもかとばかりにろくでもないことに使われる。もちろん我々から見れば違和感はありますが、「元からあるもの」と考えた場合、それは自転車に乗ったり電話をしたりするのと同じレベルのごく自然な行為であるはずなのです。もし現実の世界にも超能力があったなら、たぶん軍事利用だの世界征服だの以前に必ずそうしたまぬけな使われ方をするだろうし、危ない力なら危ないなりに、それなりの順序を踏んで社会に受け入れられていくでしょう。まがりなりにもそういう設定の上で物語が作られ、社会が視野に入っているというだけでも、本作はバトル以外に何もないエスパーバトル漫画よりもよほど本格的ではないかと思うのですが。どうよこれ。

ま、実態はお色気コメディなんだけどな。

描き手の椎名高志氏は「GS美神」でつとに有名な方。コメディとシリアスのバランスのよさには定評のある人です。確かに「絶対可憐チルドレン」でも、そのあたりの手際には相当の熟練を感じました。テーマの明確さ、テンポのいいストーリー進行、わがまま系キャラクターの魅力、適度に毒を含んだギャグと、広い範囲に受ける要素をずらりと揃えていて、それぞれがまったくコンフリクトしていないってのが凄い。これが「バランスのよさ」の所以でしょう。絵柄の癖さえ容認できれば、人気の波次第ではアニメ化もありうるかも。

というわけで、読んだらちょっと見捨てられなくなってしまいました。裡なるSFマインドのなかのソフトな領域が妙に刺激されてしまったらしい。僕の場合、読んで愛着がわく漫画というだけでも最近ではかなり珍しい方です。既刊は第5巻まで。このままのクオリティで行けるとこまで行ってみて欲しい。


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[映画] ウルトラヴァイオレット
地雷でした。てへ。レビュー書く気すら起こりません。
否! リベリオンさえあれば、リベリオンさえあれば我々はあと3年は戦える。と思いたい。くうう。
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by umi_urimasu | 2006-07-24 00:18 | アニメ・マンガ
「ルー=ガルー 忌避すべき狼」京極夏彦
a0030177_2054250.jpg昔、狼というけだものがいた。でも狼は絶滅した。そういうことになっている。

あなたが──狼だったのですね。なんちって。


時は西暦2030年代。社会全体の高度情報化により、人々の生活は電子端末を介した情報交換のみで事たりるようになり、リアル・コミュニケーションの頻度は激減していた。子供同士がじかに顔を合わせることも少なくなり、彼らはほとんど部屋から出ることもなくネットに依存しきって生きていた。
そんな街のひとつで、児童ばかりが襲われる連続殺人事件が発生。14歳の葉月はそれと知らず事件の渦中に巻き込まれ、クラスメイトの歩未、美緒らと共に、事件の陰に隠された陰謀の真相に近づいていくのだが……。


京極夏彦としてはほぼ唯一と言っていいであろう、未来社会を舞台にした作品。子供がメイン主人公というのもこの作家としては珍しい例です。でもこのあらすじだけで、じっちゃんの名をかけた少年探偵が活躍するようなありきたりのジュヴナイル・ミステリのイメージを持たれてしまうとしたら少々具合が悪いかもしれない。というか、実際に読んだ感触は結局「いつもの京極節」なのでした。

他の京極作品、妖怪シリーズや時代ものには見られない「ルー=ガルー」だけの特徴を挙げるとしたら、特に若い年齢層の読者を強く意識しているらしいことです。たとえば、人物の造形がアニメやライトノベルのそれに近いこと。未来社会の説明に埋もれているが、ストーリー自体は単純であること。京極堂のような凝った構成やトリックをまったく用いていないこと。文体そのものも常よりやや平易で読みやすいこと。などなど。
純粋に推理小説として見るなら、これは京極作品としては最大限「平凡」な出来と言っていいでしょう。まあボリュームに関しては相変わらずのドカ弁級なんだけど。

結局、この作品の重心のありかは推理小説でもSFでもなく、ごくオーソドックスな青春小説なのだろうと思います。ただしジャンルや題材がなんであれ、大量の雑学・蘊蓄・思索がストーリーと無理なく併存・融合する京極夏彦のスタイルはまったく揺らがない。逆にいえば、そのスタイルで書かれたものはどんなジャンルでも必ず京極らしい作品になるのです。未来の話だろうが、美少女キャラがわんさか出てこようが、プラズマキャノン砲をぶっ放そうが。
そうやってスタイルのコア的な部分を維持したまま、中学生ぐらいの齢でも読みやすいように対象年齢を調節した、言うならば京極流ライトノベル。それが「ルー=ガルー」である、と。

えー、もっと短く要約しちゃうと、何を書いても京極は京極だ、と。

もちろん大人が読んでも十分面白いですよ。


ちなみに、本作で用いられた未来社会の設定の多くは雑誌上で読者から応募したアイデアを取り入れたものなんだそうです。ありきたりなのはそのせいかな。まあありきたりで悪いことは何もないんですが、いつもの雑学蘊蓄の多さに加えて設定の説明部分も相当な分量があるので、人によってはそれがうっとうしく感じられるかもしれません。僕としてはこれぐらいのボリュームなら特に苦でもないんですけど。
それよりはむしろ、終盤のアクション映画的なバトルシーンの安っぽさと「敵」の安直さのほうが不満の種だった。あれは京極夏彦にしては少し雑な仕上げだったんじゃないでしょうか。
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by umi_urimasu | 2006-07-18 22:50 | 本(SF・ミステリ)
DEATH NOTE 第12巻
(ネタバレを含みます。未読の方はご注意ください)


a0030177_1514230.jpg最終巻は横綱相撲でした。
ふたを開けてみれば、展開も結末も犯罪サスペンスの定番中の定番パターン。ここまでオーソドックスにくるというのはやや意外でしたが、この作品にはそれがふさわしかったように思います。仮にも主人公である夜神月が徹底的に断罪され、みっともない醜態をさらすという容赦のなさ。これもまたデスノ—トらしかった。

最後の正念場ということで、作画の方も今回は冴えまくりです。大胆なアオリ構図やアップショットのインパクトはさすが小畑健。中でもライトの表情は特に見事で、百面相みたいにさまざまな顔を見せてくれました。いい仕事すんなあ。

終盤、ニアがライトに「二人ならLに並べる、二人ならLを越せる」と言い放つ場面があります。これはもしかしたら、この作品の中でもっとも少年ジャンプ的なセリフかもしれません。正直、ここでそれを言うのかよ、と思いましたが。友情=正義=勝利を単純に肯定するような少年漫画的な善悪論を排除しつづけてきたデスノ—トにしては、あまりにも少年ジャンプ的な口上です。そのほうが格好はついたにせよ、実際言わせる必要はなかっただろうと思うのですが。
子供の読者へのサービスみたいな意図でもあったのかなあ。

ともあれ、いろいろな意味で少年漫画の常識をくつがえした希有な作品ではありました。今回1巻からざっと読み直してみたけど、序盤のサスペンスとしてのクオリティの高さはやっぱり凄すぎる。



[ゲーム] マブラヴ&マブラヴ オルタネイティヴ全年齢版
できれば完全にフルボイス化してほしかった。仕様上はフルボイスと書いてありますが、今の成人向けバージョンでは主人公のみ通常セリフの音声がありません。他の登場人物はほんのチョイ役にいたるまでしっかり声付きなんですが。


[ネタ] シュヴァリエ・デオンの生涯
とんでもない人生ですね。まさしく事実は小説より奇なり。アニメよりもむしろ実写で、本格的な歴史劇として見てみたい気がします。


[批評] ガガガトーク:東浩紀×イシイジロウ×佐藤大
それで飯食ってるにしちゃ無責任なこと言ってんなー、と少し鼻白む。まあテレビの野球解説だって無責任なことばかり言うけど誰が迷惑するわけでもないし、別にいいのかな。
ガガガトーク:冲方丁×神山健治×佐藤大 僕にはこっちのほうが面白そうだ。


[ゲーム] ひぐらしのなく頃に 製作日記
祭囃し編のジャケット絵が公開。ここを読むかぎり竜騎士07氏ご本人はゲーム製作を心から楽しまれているようです。でも客観的にはかなり修羅場の様相です。ストレスによる難聴って。


[動画] 作者の現場 荒木飛呂彦
あいかわらず不吉なまでに若々しいご尊顔。仕事場やSBRのネームなど貴重映像もあり、ファンは必見。


[アニメ] 「武装錬金」PV公開
画面ちっこすぎ。


[本] 「ルー=ガルー」京極夏彦
それは本というにはあまりにも大きすぎた。 大きく、ブ厚く、重く、そしてページが多すぎた。それはまさに紙塊だった──。
というわけで久しぶりの京極作品です。近未来少女武侠小説と銘打たれ、素材的にはサイバーSFとかライトノベル風だけど、中身はどうやらいつもの京極ワールド。読み倒してやるぜえ。


追加。
[ニュース] 星雲賞 2006
海外長編部門はグレッグイーガンのディアスポラ。

星雲賞というのは毎年、日本SF大会の参加者投票によって決まるらしいです。ヒューゴー賞の国内版みたいなものか。ちなみに、2007年の世界SF大会(ワールドコン)の開催地は日本なのだそうで。ちょっと行ってみたい気がしてきた。
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by umi_urimasu | 2006-07-12 01:58 | アニメ・マンガ
「ベルカ、吠えないのか?」2
a0030177_2054376.jpg文庫化待ちとか寝ぼけたことを言ってないでさっさと読むべきでした。「アラビアの夜の種族」もかなりの奇書でしたが、古川日出男って人はこんなのばかり書いてるんでしょうか。僕みたいに特に選ばず数もこなさず日々漫然と本を読んでいて、ここまでストライクゾーンど真ん中な作家に出会えるというのは、実際滅多にないことです。
わたしは運がいい。


1943年、北洋の孤島に棄てられた四頭の軍用犬がいた。彼らはつがい、殖え、やがて世界中に拡散していった。その子孫は数千、あるいは数万。あるものは犬橇に、あるものは戦争に、野生の狼に、麻薬犬に、愛玩用に、航海に。北はアラスカから南はメキシコ、ハワイまで、世界に満ちる犬、犬、犬。そして虐げられ、殺し殺され、愛し愛された犬たちの血脈は数奇な運命のもとにふたたび収束し、199X年、ロシアのとある街に集結する。蜂起し、報復し、彼らの本分を果たすために!

本書や「アラビアの夜の種族」を読むと、古川日出男の創作のエンジンは、原初的な「法螺話の快楽」なんじゃないかという気がします。呆れるほど大げさで、辞書並みのボリュームがあり、本筋を忘れるくらい細部に凝りまくり、歴史が語らぬ時間の空隙に忍び込み、ついにはこの現実をも獰猛に侵犯しようとする法螺話。嘘っぱちだとわかっているのに、ちょっと油断してガードを下げた途端に現実という拠りどころを崩しにかかってくる、そんな攻撃性をはらんだ法螺話。力ある物語とは、虚構とは、本来そういう侵略的な性質をもつものではないだろうか。
そもそも本読みにとって何がいちばん恐ろしいかといえば、「真っ赤な嘘の物語が、あるいは本当のことかもしれない」という疑いを抱かされることなんです。

スウィフトやマーク・トウェインが過去の遺物となって久しい現代の小説読者に対しては、こういう法螺話本来のパワーに頼った作品は通用しにくくなっているかもしれません。流行にそぐわないため一般受けはしないかもしれません。しかしそれでも、古川日出男はあえて正攻法にのっとって法螺を吹きます。ありったけの言葉を詰め込んだ、法螺話の巨大な塊を。そして、これだけのエネルギーをもってすれば力勝負はまだ十分可能であるということは「アラビアの夜の種族」ではっきり証明されたと僕は思うのですが、どうでせう。

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古川作品の虚構性に対する強い執着については、目的とするところは皆川博子にちょっと近そうな気がしたり。手法的にはマルケスや筒井康隆、大江健三郎がやったような捏造神話の系統なんでしょうけど。


この本がもし犬の系図を添付してくれていたら、大勢の読者からものすごーく感謝されたに違いない。誰か作ってないだろうかと思って探したらわりといた。でも系譜を付けないのは古川氏自身の方針なのだそうで、しかもそれは他でもない百年の孤独にならったものだという。百年の孤独に系図は付いてないほうがいいか?と問われたら、ないよりはあったほうが単純に便利な気が僕はするのだが、どうでせうね。
ちなみに系図のこともさりながら、僕は物語中に登場するいろいろな犬種に対してビジュアル的なイメージがほとんどもてず非常にはがゆい思いをしました。蛇足ついでに犬の顔写真リストも付けて欲しかったなあ。
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by umi_urimasu | 2006-07-05 22:41 | 本(others)