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「ベルカ、吠えないのか?」古川日出男
こっ、これがしゅきなのおおおっ!
と呂律が危うくなるほどの勢いでむさぼり読んでいるところの一品。おのれーおもしろい。まさにこれ、こういうものをイヤってほど読みたいんだ俺は。

第二次大戦末期、日本軍の敗北によりキスカ島に取り残された四頭の軍用犬。彼らは子をなし、やがて世界中にその血脈の枝を広げていった。そして現代、極東の地。ソ連崩壊の混乱のさなか、激化の一途を辿るロシアとチェチェンのマフィア抗争の影に、謎の老暗殺者「大主教」の姿があった。彼の正体は何者なのか。その真意は何処にあるのか。
そして血で血を洗う人間の戦後史に、有史以来人の友たる犬たちはいったい何を思うのか──?

といった感じで、今はまだほんの序盤ってところです。本のボリュームからすると「アラビアの夜の種族」よりはあっさりした作品になりそうですが、その分適度にサスペンス要素を混ぜたりしてあるあたりがなかなかクレバーな感じではないかと。少なくとも「アラビアの夜の種族」より間口は広そう。
また、作品冒頭に「ボリス・エリツィンに捧げる。おれはあんたの秘密を知っている。」という意味深な一文があったりすることから、「夜の種族」同様に作品ぐるみの大仕掛けを張っている可能性も考えられます。あいかわらず油断できん。そしてそれがいい。
というわけで期待を込めてつづく。


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[映画] デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム
凄っ! 元が子供向けのおもちゃ宣伝アニメなので話が単純なのはわかるけど、演出がもう神すぎる。監督は細田守。なるほど、アニメ版の「時をかける少女」があれほどまでに期待されているのはこういうわけか。
ちなみによーつべに動画があったりしてしまうのですが、これはけしからんことですね。うむ。じつにけしからん。
http://www.youtube.com/watch?v=Schc_zlH4sw


[映画] 筒井康隆「日本以外全部沈没」映画化
やっぱ時期的に日本沈没のついでにどうぞってこと?と思ったらそのまんまだった。
最近はどういうわけか筒井作品の映像化がよく行われています。パプリカがアニメでOKなら、旅のラゴスとか夢の木坂分岐点あたりもいずれアニメ映画になったりしないかな。


[映画] ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男
1969年に謎の死を遂げたローリング・ストーンズの初代ギタリストの波乱の半生を、なんだかんだと脚色をまじえて描いた映画。「STONED」トレーラー
「謎の死の真相」って、もうあからさまに怪しい扱いでむしろ笑えます。娯楽映画って無責任なもんだなあ。こうして適度に無責任なものが許されるってのはとてもありがたいことなんだろうとも思いますけど。


ああ、映画といえば。ウルトラヴァイオレット見させてけれ〜……。
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by umi_urimasu | 2006-06-30 01:12 | 本(others) | Comments(0)
売られぬSFのバラッド
ちょ、んなバカな。コードウェイナー・スミスって今、絶版!?
なんてこった。血も涙もないんか早川書房。正確に絶版かどうかはハヤカワのサイトがまったく情報を載せてないのでわかりませんが、ともかく当分新品が供給される望みはなさそうです。むすー。

a0030177_20225842.gifa0030177_20231436.gifa0030177_20233193.jpga0030177_20234668.jpg
検索してみると、スミスの「ノーストリリア」「シェイヨルという名の星」、コニー・ウィリスの「わが愛しき娘たちよ」、アルフレッド・ベスターの「虎よ、虎よ!」、いずれも邦訳版は絶版/品切れ状態でした。これほどの有名タイトルがかくも冷遇されなければならないほどに、日本のSF小説市場は落ちぶれてしまったのでしょうか。特にスミスは大好きな作家なのでへこむ。売れない本をいくら刷っても商売にはならない、という売り手の事情もわからないではないんだけど。それにしたってなあ。
ちなみにスミス、ベスターは中古ならまだ入手可能。「わが愛しき娘たちよ」はすでに半レアアイテムと化しているようです。amazonでは4500〜6800円の高値が。文庫本なのに。


でもまあ、ただ愚痴ってても仕方ないです。この状況を少しでも好転させる、新しい読者の興味を古典的名作SFに向けるいい策はないものだろうか。僕も考えてみようと思う。

んー。たとえば、セレクタブル・ブックカバーという案はどうじゃ。

まず狙いはライトノベルブームに便乗して古いSFの売り上げを伸ばすこと。そこでジュニア人気の高いイラストレーターやデザイナーを起用し、それっぽい表紙で古典作品を復刊する。PR次第でそこそこの販促効果はあるでしょう。ただしこの手はライトノベルテイストの加減がむずかしく、「名作の品位を穢すな」と古参のファンの反感を買ったり、コラプシウムの例の表紙みたいにネタで終わってしまうリスクがある。「ドゥームズデイ・ブック」も、文庫版の表紙デザインはかなりの不評をこうむったといいますしね。
ではどうすればいいかというと、読者がそれぞれ自分の好みの表紙を選べるように、複数種類の表紙カバーで「バージョン違い」として売り出せばいいのです。実際、CDレコード業界なんかではよくやる手だし。ライトな絵柄と渋い絵柄、というふうに分ければ、ラノベ客層とコアなSF客層の両方に対応できて一石二鳥。そしてライトな表紙は書店のラノベコーナーに、渋めの表紙はSFコーナーに、それぞれ別々に積んでおけば、どちらの消費者も抵抗なく同じ内容の本を買うことができるわけです。これぞセレクタブル・ブックカバー・システム。略してSBCS。

もちろん、それなりに「テイストの合う」作品にしか使えない手かもしれません。でもコードウェイナー・スミスならたぶん大丈夫じゃないかなあ。ある意味、現代日本の萌え文化の原点みたいな存在だし。
どうでしょうねこのアイデア。あ、そうですか、ダメですか……。
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by umi_urimasu | 2006-06-23 22:22 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
ライトノベル必読100冊
[本] 冲方丁×乙一によるライトノベル必読書100冊
なにくわぬ顔で「剣客商売」が……。
ライトノベルの定義、人の数だけありといふ。でも池波がラノベに入るなら山田風太郎も入れといて欲しい。というか山風こそライトノベルの元祖的存在なんじゃないかなあ。


[本] ラヴクラフト全集1
a0030177_23262160.jpg安心と実績のコズミックホラー・クラシックス。あいかわらず毛ほども怖くないです。だが俺たちにはとてもできない子供じみた電波妄想を平然と書いてのける、そこに痺れる憧れる。 
この人、どうも人種的偏見に対して無邪気すぎるところがあるような気もしますが、その無邪気さゆえかあえて責める気になれません。まあ昔の人だし、悪気はまったくなさそうだしなぁ。



[漫画] 「エマ」第7巻 森薫
a0030177_23264567.jpg「そのほうが見えますか?」
「……はい」
「本当に見えます?」
「……
 ……すみません やっぱりさっきので……」


はいはい、あっちでやってくださいねー。

流浪、奪還、前にも増してくっつく二人。あちこちに遺恨を残したままでのちょっぴり渋めな大団円でした。アメリカの一件以降は大急ぎで話をたたみに行った感が拭えないものの、最後はビクトリア朝の時代性にこだわり続けてきたこの作品らしい結末かと。
絵の美麗さにはもう言う事なっしんぐです。番外編の予定もあるそうなので、可能ならエレノアのほのぼのエピソードとかやってほしい。

後書きによればひざだっこはデフォだそうだ。はいはいご馳走さま。



[本] ライトノベルと批評 (Lazy Cozy Diary)
反省とともに思うところがありました。特に「優れたライトノベルの優れた点の一つは、本に慣れてない人に面白い読書経験をさせることである」ってところとか。
この意味でライトノベルは確かに、子供の読者に対する敷居の低さや誘惑力といった点で、非ライトノベル(〜普通の小説)よりはるかに優れていると思います。むしろ、本を読まない子からなけなしのモチベーションすら奪い取ってしまうような小説を、いかに高尚だから文学的だからといって「ライトノベルより価値がある」と言い切る方こそいかがなものかなあと。

ちなみに僕自身、ライトノベルに対しては今だにかなりの抵抗を感じてて、我ながらこれには閉口気味です。ノベルゲームをいくつか経験したおかげでようやく緩和されてきたんですけど。記憶を遡っていくと「スレイヤーズ」あたりに端を発しているっぽい。
たぶん指輪物語イイ! スレイヤーズダメ! とかその程度のことだったんですよ、もともとはね。
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by umi_urimasu | 2006-06-18 00:09 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
「しあわせの理由」2
a0030177_23272126.jpgこの湧き上がる哲学的感動を他の人に伝えるには、いったいどうすればいいのだろう。

とりあえず叫んどくか。


やちまやちま! やちまやちま! やちまー!


思うにグレッグ・イーガンの作品に共通する最大の特徴は、「人間って何?」というシンプルな疑問をどこまでも突きつめつづける、そのしつこさではないでしょうか。SFとしての発想の大胆さは、たぶん彼だけの専売特許ではありません。しかしアイデアから結論にいたるまでの論理展開の徹底ぶりとなると、イーガン以上の凝り性さんを探すのはよほど年期のはいったSFマニアでも手こずるのではないかなあと。

そう思わせる表題作「しあわせの理由」は、こんな感じの話です。

主人公は脳腫瘍の治療の結果、「しあわせ」の感情の強さを自分で意識的に制御しなければならないという障害を負ってしまった青年。何に対してどれだけしあわせを感じるかを、彼は好きなように「選べてしまう」。幸福を求める意味のない人生に絶望する主人公。だが日常生活の中でさまざまな経験を積むうち、彼は徐々に、制御されたしあわせの世界で生きる術を探りあてていく。

感情制御ものとしてのテーマは、たぶん短編「祈りの海」とほぼ同じ。この作品の主人公は特殊な患者という設定ですが、彼にかぎらず誰もが感情を自由に操作できてしまうような時代が来れば、こういったアイデンティティや人間性のよりどころを問われる状況はやがて日常茶飯事になっていくのでしょう。
ただし、イーガン的にはそういう未来への見通しは「心配せずとも大丈夫」であるらしい。自分らしさの本質を代用物で置き換えてもそれは自分自身だと言えるのか、という問いに対して、「しあわせの理由」は一応「YES」と答えているからです。
と、少なくとも僕にはそう思えたんだけど。

(本文より)そうやって生きていくことが、ぼくにはできる。意味のないしあわせな気分と、意味のない絶望感がいりくんだ境界線上を歩いていくことが。もしかすると、ぼくは運がいいのかもしれない──その細い線上に踏みとどまるには、たぶん、線の両側に広がっているものをはっきり知っていることが、いちばんだいじなのだから。

見よ、廃人状態からのこの豪快な立ち直りっぷりを。
ちなみにもしテッド・チャンがこれと同じ設定で書いたとしたら、論理的帰結は一緒なのにものすごくドライな話になりそうな気がするなあ……。「顔の美醜について」みたいに。


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以下余談。
表題作を見ても明らかなように、アイデアの扱い方においてグレッグ・イーガンは常に「極論の人」です。彼の辞書には「ほどほど」という言葉がない。
たとえば本作収録の「ボーダー・ガード」は、人間が完全に死を克服してしまった遠未来では記憶ってどうなるの?個人って消えちゃうの?という話。また「愛撫」は、豹の胴体にヒトの頭をくっつけた女の子がいるんだけど、これって人間?という、比較対象としての非人間性を強調した話。「適切な愛」は、夫の脳を自分の子宮で育てる女性の葛藤を描いた話。
人間というモノを超極端なシチュエーションに追い込んで、最小の構成要素にまで切りわけて、何でできているか調べあげるのが趣味ででもあるのだろうか、この人は。
テーマを追求するためとはいえ、こんなふうに倫理的にはえげつない設定の話がイーガン作品には多いです。でも主張としては人間性全肯定っぽかったりするから世の中はわからない。

ま、作品が面白いからいいけどね。
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by umi_urimasu | 2006-06-10 23:35 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
「しあわせの理由」G.イーガン
まだ読みかけですが、やっぱ凄い。相も変わらずアグレッシブなアイデアとロジックの塊です。イーガンの作品は邦訳のスピードが遅くて、発表から邦訳出版まで10年近くかかるのが普通らしいんですが、そのことに理不尽な怒りすら覚えてしまうぐらい凄い。
お願いですからもっと早く訳してくださいハヤカワの中の人。頼みますほんと。

2/3ぐらいまで読んだかぎりでは、長編や「祈りの海」に比べるとやや一般人向けというか、必ずしも先端科学ネタにこだわらない作品が多いような印象を受けました。サイコでシュールな「愛撫」、ガチでサスペンスに徹した「チェルノブイリの聖母」、スラップスティック+ブラックユーモアの「道徳的ウィルス学者」などは、テーマよりは手法において、今まで読んできたイーガン作品とは異質なタイプ。イーガンてこういうのもやれたんだ。失礼な言い草だけど素でびっくり。
一方、「闇の中へ」「適切な愛」あたりはいつものイーガンスタイルです。一応バランスは取っているらしい。そしてまだ手をつけていない表題作「しあわせの理由」は、聞くところではイーガン節爆発!の傑作だとか。
よしよし。そうこなっくちゃー。

というわけで読了編につづく。


[アニメ] 機神咆吼デモンベイン 第2話
あら。んー。第1話を軽く上回る微妙さに意気消沈。特に演出の苦しさは、素人目に見てもさすがにちょっと……って感じでした。期待のロボット戦闘シーンも顔のアップショットばかりで、CGもほとんど動いてなくて。ストーリーがどうこう以前に根本的な技術力不足を心配してしまいます。
でもまあ、機神飛翔がすでに発売されているのでまだ救われた。もともと本命は飛翔の方だし、アニメ版がこの程度の出来になる可能性も想定の内ですから。
剣が折れたなら別の剣をもって来ればいいのだよ。はははのは。それ、ゲートオブバビロンー!

ぐすっ。
な、泣いてなんかないんだからねっ。


[動画] スケルトン・ギグ
骸骨がふにゃふにゃ踊るあやつり人形パフォーマンス。かわいい!
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by umi_urimasu | 2006-06-08 01:38 | 本(SF・ミステリ) | Comments(2)
「GOTH 夜の章/僕の章」乙一
a0030177_9341971.jpga0030177_9343441.jpg独特の湿度と空虚さを纏うサイコミステリ風連作短編。作者の乙一氏はジョジョ第4部のノベライズも手がけているそうです。わかるわかる。この人なら文章で吉良吉影を描けそうだ。


世の人が目をそむけ耳をふさぐ猟奇的な事件の記録を蒐集するという、いささか常人ばなれした趣味をもつ主人公「僕」とクラスメイトの森野夜。バラバラ殺人、ペット惨殺、リストカッター……倫理や良識の及ばない人間の心の暗部へ、彼らはこともなげに踏み込んでゆく。殺人という反社会的な形でしか現われない闇を、そのありのままの姿を観察し解剖するために。

普通の人から見れば、こんなのは到底理解しがたい悪癖と映るでしょう。
でも、もし「僕」の立場に立ってこの世界を眺めたなら、あるいはそれが人の死を見ないでは一日たりとも耐えられないほど虚しいものであることに気づいて、我々は慄然とするかもしれない。いったいどんな気分なのだろうか。死と破壊によってしか他者との接点を知覚できない人生を、死ぬまで猫をかぶって生きていくというのは。
その絶望的な空虚を思えば、猟奇事件に首を突っ込む程度で我慢している「僕」などはまだ普通の感性の持ち主なんじゃないのか? てかむしろ、聖人君子と讃えられてもいいぐらいじゃないのか?という気さえするのです。
なんてな。

ともあれ、そういった底なしの虚無感を当事者の視点で淡々と、あくまで淡々と語らせているのが本作の怖さであり面白さ。
そして、これだけ残酷な猟奇ネタが満載なわりに、どのエピソードも読後感はそう悪くないというのが本作の摩訶不思議。何なんでしょうねいったい、この奇妙な味は。


「GOTH」は形式上はミステリでもあって、毎回主人公の身辺で異常殺人事件が起こり、その謎を解いていくという筋立てになっています。しかしいくらなんでも頻繁に事件が起こりすぎなため、読んでるとだんだん可笑しくなってきます。死体発見率が異常に高い妹とか出てくるし。妹ありえねー。作品自体はまじめな調子なのでよけいに笑えます。狙ってるとしか思えません。
一方、パロディではなく純粋にミステリとして見た場合、これがまたなかなかどうしてさらりと巧い。「犬」や「声」みたいに一人称文体を利用した叙述トリック的などんでん返しが奇麗に決まると拍手とかしたくなっちゃいます。形式的なミステリ性にこだわりすぎだという批判もあるようですが。まあ人それぞれかと。個人的にはこのバランス感覚は凄いと思う。

さらに、この「GOTH」はもともとライトノベルとして発表された作品で、そのように読まれてもいるようです。ジャンルのことはよくわからんけど、無愛想属性の森野夜がじつは神山樹ラブなとことかが、ラノベ方面から評価を受けている理由の一端かもしれない。
ちなみに森野夜(夕)は単なる萌えキャラとして見てもかなり高性能です。毎回あやうく殺されかけてるのに、自分では決してそのことに気づかないあたり特に。そのうえ双子属性+リスカ経験者ときた。
これでラノベっぽくないラノベが書けるとは、もはや別の意味で凄い乙一。


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[画像] 腕立て伏せするハーラン・エリスン
ネビュラ賞の式典会場にて。なにやってんだよお。コニー・ウィリスも一緒にいます。

[ゲーム] ひぐらしのなかせ方4:「ひぐらしのなく頃に」製作ロングインタビュー第4弾
作品のテーマや製作秘話、「祭囃し編」のヒントなど、興味深い話がいっぱい。ネタバレ注意。

そしてひぐらしの展開先フォルダにBGMがすべてmp3で揃っていることに気づいた。これはよいものだ。そのまんまサントラとして利用可。「you」「Birth and Death」がいい感じです。
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by umi_urimasu | 2006-06-02 09:50 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)