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「クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い」西尾維新
a0030177_20594841.jpg「さんくー」「ふいーん」「僕様ちゃん」 ふぬ! 撃沈。

僕はどうやら、この種の表現に対して著しく寛容さに欠ける傾向があるらしい。向こうだってうにーとかあうーとか言って狭い的をさらに狭く絞ろうとしているんだから、お互いさまだとは思うのだが。たぶん向いてないんですよ。Kanonもうぐうとあうーのせいで挫折したぐらいだし。僕の頭はもともとライトノベル向きじゃなくSF向きなんだ。

まあ、そんなどうでもいいことはさておきまして。

いま仮に、長期にわたるコミュニケーション断絶を体験したせいで他者に対する根源的な無関心をつちかった人がいたとしよう。
その人はおそらく、自分をとりまく世界に何の意味も見出さず、あらゆる物事に対してリアリティを覚えない、そういう人格を育ててしまっているだろう。だから彼の中で、複雑で強烈な個性をもつはずの他人がせいぜい二つ三つの記号で表せるような存在になり果ててしまっても、彼はさして不足とも不都合とも感じないだろう。

「そんなことじゃいけません」と世間の人は言うかもしれない。
だがそれは、本当にいけないことなんだろうか。尋常の人間性をもたない、現実と相容れない彼の世界は、ただ現実的ではないからという理由で否定されねばならないのだろうか。言ってなかったけど、そもそもこれは小説の中の話なのだ。小説の中でなら、いくら現実からかけ離れた世界があったって誰も困らない。
むしろ小説においては、否、小説だからこそ、非現実の領域にしかないものを探し求めることは、人間にとってきわめて自然な行為というべきではないのか。

ならいっそ、現実性などかなぐり捨ててしまったらどうだろう。
リアリティよ、さようなら。萌えミステリよこんにちは。

実際にそんな経緯があったかどうかはともかく、この「クビキリサイクル」という作品はまぎれもなく非現実の権化でした。上の人格うんぬんは本作の主人公にして語り手の「いーちゃん」のことなんですが、作品自体もほぼ同じ方向を指向していると言っていいでしょう。現実にありそうな人物像や人間関係など一顧だにせず、戯れ言めいたレトリックで読み手をたぶらかそうとする西尾維新のスタイルは、能動的に、そして全方位的に、リアルたろうとしていません。

その証拠に、絶海の孤島で殺人事件に巻き込まれたにもかかわらず、主人公が見せるあの尋常でない他人事っぷりはどうか。一人称が「僕様ちゃん」な電波系天才少女をはじめ、キャラクターが全員美女・美少女・美メイドばかりで♂は(ほぼ)主人公だけという、エロゲー並にはげしく偏った登場人物バランスは。衒いに満ちたセリフ回し、投げやりな舞台設定、悪ふざけとしか思えないトリックは。
こうなりゃもうなんでもありだろう。おっしゃー、もっとやれー。

悲しいかな、僕にはそっち向きの感度が致命的に欠けてるっぽいけれど。

しかしまだ望みを捨てたわけじゃない。もしかして、とことん突きつめればあるいは、と思う。この非現実主義の先に何があるのか見てみたい、というポジティブな気持ちと、安易な萌えキャラはもうごめんだというネガティブな気持ちが、今は互いに拮抗している状態なのです。このバランスを崩すには、やはりもう一作ぐらい読まねば。
……いったいどれがいいのかなあ。さっぱりわからない。

「クビシメロマンチスト」にしよう。

迷ったときは上から順に。これ、本読みの鉄則です。
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by umi_urimasu | 2005-09-28 21:23 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
クトゥルー(4) 暗黒神話大系
a0030177_062795.jpgみんなー、くとぅるー神話が始まるよ〜。
くとぅるー神話を読むときは……部屋を暗くして…本からはなれて…そして…そして……


人類発祥よりはるか昔、地球の覇権をかけて壮絶な戦いをくりひろげた〈旧神〉と〈旧支配者〉。彼らは現在、永きにわたるご休憩中である。ある者は海底でフジツボまみれになって眠りこけ、またある者はどこぞの星間宇宙をほっつき歩いていたりする。よほどヒマらしい。
しかし中には耳ざといのも居て、フォマルハウト星にひきこもっているツァトゥグアなどは、呪文を唱えると25光年も離れた地球にわざわざやってきて「てめーは俺を怒らせた」とか言って何もしてないナイアルラトテップをいじめるという。ついでに森林破壊にも加担してしまう。
人類こそいい迷惑である。

ちなみにこれがHSTで撮られたフォマルハウト星の写真です。ふへぇ。

収録作品のうち、ラヴクラフト以外ではオーガスト・ダーレスのものがなかなかよさげな感じでした。ラヴクラフト本人の古風な怪奇譚スタイルに比べると、ダーレスのはより近代的なアプローチとでも言うのかな。「闇に棲みつくもの」ではナイアルラトテップとクトゥグアが、「風に乗りて歩むもの」ではイタクァがそれぞれ登場し、デモンベインの元ネタ巡礼という意味でも興味深いラインナップになってます。

あと、こうして数冊読んでみて思ったんですけど、クトゥルーってちっとも怖くないよ。リングとからせんとかみたいな通俗的なホラーと同じものだと勝手に思い込んでいた僕の誤解はいったいどこで植えつけられたんだろう。不思議だ。
思うにクトゥルー神話の「怖さ」とは、いわゆるふつうの恐怖、純粋な防衛本能に根ざす恐怖ではなくて、スケールの大きな未知への漠然とした畏怖ではないでしょうか。海底の深淵とか宇宙の果てとかいった理性の及ばない領域に対する畏怖と同じような。
これはホラーの定番であるゾンビや幽霊などとはまるで別種の怖さだという気がします。ゾンビや幽霊は、殺意とか怨念とかのマイナス感情が防衛本能につながるから、つまり「よく理解できる」からこそ怖いのであって、もしそういうつながりがなかったとしたら、単に滑稽なアトラクションにしか見えないんじゃなかろうか。

もちろんクトゥルーの眷属にだって、人間に害をなすという意味で「理解できる」怖さはありますよ。でもそんなのは微々たるものです。実際の被害発生率で言えば、交通事故よりはるかに低いんだし。
つまるところ、クトゥルーの怖さとは、ドン引きしないですむ程度のソフトなグロテスクが約30%、「つんつんしてみたい」と思わせる知的好奇心が約70%ぐらいの比でブレンドされたものにすぎないんじゃないかなあ。

ならばいかに見た目がグロかろうと、それは既に「幻想」である。
あえて言おう、怖くないと!
むしろ何だか気分が落ちつく。以後、なごみ系ホラーと分類しよう。
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by umi_urimasu | 2005-09-24 00:56 | 本(others) | Comments(0)
「老ヴォールの惑星」小川一水
a0030177_0302514.jpg「復活の地」と「第六大陸」でしか小川一水を知らない僕にとって、これはちょっとした変化球でした。内容にも作風にもそれなりのばらつきを持たせた計4編。もっとも、いくらバリエーションが増えたところで「土方上等! 現場主任の俺が一番偉い」というあの信念の固さには1ミリの揺らぎもなかったんだが。

現実を最良のモデルとしてシミュレートされる小川一水の想像社会劇、それ自体は好きなんですけど、プロジェクトX魂至上主義みたいな部分だけはちょっと苦手です。性善説的な信念とか理想くささがどうにも煙たくて。ただし、今回はそうしたガテン系の人間礼賛が多少抑えめになっている分、より万人向けと言えましょう。メインテーマもよりSFらしく、よりニュートラルに、「環境への適応」。

いや待て、それ本当にニュートラルなのか。
今度は「環境に適応できる俺が一番偉い」とか言い出すんじゃないのか。

と、いうようなことはないのでご安心めされ。


おすすめは表題作「老ヴォールの惑星」
風変わりな異星生物の視点で展開する、なにやらSF版「スイミー」みたいな趣の作品。登場するのは、絶え間ない嵐の惑星に棲むプラズマジェット推進飛行金属魚たち。異質な環境に順応した彼らの生態は不思議に美しく、ビジュアルは透明感にあふれています。散文的な説明文が新鮮な驚きをトリガーしてくれる、狙いすましたSOW。さらにそこからファーストコンタクトものへと発展してみたり。「これってもしかして、木星?」と気づく一瞬が山ですね。
まあ設定や結末にはやや無理ありな気もするが。気にしたら負けだ。

「漂った男」は一見まぬけな漂流コント、じつは友情熱血メロドラマ。陸のない惑星に不時着した兵士タテルマは、通信機を介した母星とのやりとりを心の支えに救出を待ち続けるが、いつまで待っても助けは来ない。栄養満点の海水とギャグ話だけで、人はいったい何年生き延びられるのか。お涙頂戴な展開には異論もありますが、そのベタな人間肯定こそが小川一水らしい点なのでしょう。良作。

「ギャルナフカの迷宮」も、この人らしい社会構築シミュレーション。地下迷宮に幽閉された政治犯たちが、原始時代に等しい無法状態の中から民主的な社会を築きあげるまでを追っていく年代記。オチがピュアすぎて可哀想なぐらいです。そんな奇麗ごと、北○鮮じゃたぶん通じませんて。あと、ヒロインに「はくぅぅっ」とか「ひぃんんっ」とか「赤ちゃんできちゃったみたい」とか好き放題言わせまくってたのにわろた。この人、セックス描写まで理想主義っぽいよなあ。

そして「幸せになる箱庭」。4本中でこれだけは、残念ながらボーダーライン以下と断じた作品でした。ソラリスっぽさの匂う平凡なVRネタですが、アイデアも展開も結末も、何もかもが既視感バリバリ。なぜ今さら。そこはグレッグ・イーガンが15年ほど前に通過した場所だぞ。
あと、暴言を承知で言うけど、このテーマをやるためには小川一水の描く人物は「いいひと」すぎる。

とまあ、こんな感じで。質量ともにお手頃、癖のない内容と文体、場外ホームランとはいかないが手堅いシングルヒットを重ねて余裕で生還といったところでしょうか。国内SFそのものやライトノベルあがりの作家に対する根深い偏見を捨てきれない人々に、「ま、そう毛嫌いせんでも」と手渡して反応を見るのも一興かと。

ちなみに、小川一水をこれから読もうという人に勧める最初の一作を選ぶとしたら、やはり「復活の地」を挙げさせてもらいます。問答無用。

アニメ化まだー? 俺はあきらめんぞ。


────
おまけ。最近のマジですか。

1) ゲド戦記、宮崎駿+ジブリでアニメ化の噂。噂? とりあえずまるのうらがわに書いてありました。ゲド好きとしては複雑。

2) 京極「邪魅の雫」出るのか出ないのか、どっちですか。両方ですか、オラオラですか。

3) アルスラーン戦記(11)魔軍襲来。うわ、出た。純粋に驚いた。

4) エルリックサーガが現在絶版らしいこと。ぐーぐるでamazonが一発もヒットしなかったことに愕然としたよ。
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by umi_urimasu | 2005-09-21 00:38 | 本(SF・ミステリ) | Comments(2)
ありそうでなかった「Gロボ」論
a0030177_19191452.jpg「まさか」と「やはり」が、「バカ」と「真面目」が、「泣き」と「笑い」が限りなく等価に近づく演出の地平面。鬼才・今川泰宏が追求した、荒唐無稽ということばの意味を問うのがまぬけに思えるほどの非常識演出は、そこでひとつの実を結んだ。

ジャイアントロボ THE ANIMATION ~地球が静止する日~ GR-4
LAST EPISODE: 「大団円 〜散りゆくは、美しき幻の夜〜」



これはある意味、貴重な実験作かもしれません。
笑ってもいいし泣いてもいい。真面目に感動してもいいしバカにしてもいい。まったく相反する反応をどちらも排除せず、大笑いしながら同時に泣けて、燃えながらもバカにできる。そういう作劇方法を、類を見ないほど極端に突きつめた作品だからです。
今川演出の特徴である「けれん・ハッタリ」の破壊力はもちろんGロボの面白さを支える重要な要素ですが、それもこの両極性が根底にあってこそ。

普通、この種のパロディ作品に多いスタイルは、ギャグ要素とシリアス要素を分けて使い、シーン単位ではどちらかにまとめるというものでしょう。なぜなら、その方が大勢の感情を誘導しやすいし、一方の反動でもう一方にもより強い反応が期待できるから。
それが普通の考え方だ。

Gロボが普通じゃないのは、そういう分離がどこにも存在しないこと。というより、表現そのものが常にギャグとシリアスの「どちらでもある」。
たとえば、ドシリアスでハードなストーリーとコミカルな横山光輝テイストのキャラクター造形、この二つは本来ならきわめて共存しづらい要素です。しかしGロボでは、両者は常に一体不可分。たとえ話がどんなにヘヴィになったとしても、緊張感に欠ける横山キャラはその路線を決して譲りません。その結果、相容れないもの同士が相容れないまま噛みあって、よくわからん方向へテンションを高めていきます。絵とストーリーだけではなく、演出も、音楽も、セリフも、Gロボのすべては互いにこうした相克の関係にあると言っていい。

そして、このあり得べからざる均衡こそが、Gロボという稀代のカルトアニメの本質であり、共存しがたきを共存させるという実験の成果だったのではなかろうか。もちろん、そんな実験を商品として通用させられるわけがありません。そもそも、こんな非常識なシロモノが7年も8年もかけて作られるなどということ自体が普通ならありえない。
なのにやっちゃった。
成功させちゃった。
ゆえに人は、この作品を奇跡と呼ぶ。
この場合、「奇跡」は「電波」とほとんど同義語なんですが。


あー。理屈こねるの疲れる。
つかれたのでGロボ論はおしまい。ここからは魂の咆哮です。



アルベルト様最高ゥ!!



あんたが神だ、衝撃の。

シリーズを通して暴れ続けたこのおっさん、最後も一人でおいしいとこ全部持ってっちゃいました。一人でそこまで持ってっちゃっていいのかってぐらい持ってってました。
こんなふうに。



「十傑衆を…なめるなァァァ!!」(CV:東方不敗)

あれは凄かった。感電した。マジに神だった。

ストーリー的には、孔明が好き放題に引っぱり回したあげく投げっぱなしで「完! だが、戦いはつづく」という、これはこれである意味凄いブチ切りエンドなんですけど。

ていうか続編つくってくれ! 買う!!
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by umi_urimasu | 2005-09-17 19:20 | アニメ・マンガ | Comments(0)
「忍法八犬伝」山田風太郎
a0030177_23562140.jpgわが恋は 月にむらくも 花に風とよ───

ん。比較的尋常な作品だった。


というかこれまでが尋常でなさすぎた。甲賀忍法帖、魔界転生、柳生忍法帖、風来忍法帖と、ほとんど神域に達した傑作ばかりを読んできたせいで、あれが普通なんだという錯覚を起こしかけていたらしい。もちろんこれだって、そこらの並の娯楽小説群の中に置いたらまちがいなく傑作に見えると思うけど。

慶長十八年、八犬士の武勇伝も今は昔となった時代。
里見家の家宝である八つの宝玉が、将軍家への献上を前にして偽物にすり替えられるという事件が発生した。大阪の陣を控え、後顧の憂いを断つために里見を取り潰させよという幕府の密命を受けた、伊賀の服部半蔵のしわざであった。
「忠孝悌仁義礼智信」の八玉を、「淫戯乱盗狂惑悦弄」に──。

山田くん座布団一枚ね。

とか言ってる場合じゃあない。もし期日までに本物を取り戻せなければ、お家断絶は免れないのだ。事ここに至り、甲賀忍法を修めた里見八犬士の末裔がついに立ち上がる。


こう書くといかにも燃える話みたいだが、そうは問屋が下ろさなかった。
じつはこの八犬士、忍者とも武士とも名ばかりのぐうたらで身勝手な風来坊ばっかりなのです。家督断絶の危機と聞いても、最初のうちは「関係ねーよ、勝手に潰れれば?」と知らん顔。そんな彼らが態度一転、命を賭して宝玉を取り返そうと動き出すのは、主君の奥方である村雨姫の一途な思いに打たれてから。この姫がまた、育ちは高貴で心も清く、御歳とって十七の世にも稀なる美少女で、まあ要するにそういうわけだ。

全編をつらぬく明るいノリとアイドルへの献身という物語要素は、言うまでもなく「風来忍法帖」と同じパターンですね。発表年も同じ1964年。だが惜しいかな、こちらは「風来」よりも全体に少し雑なつくりになっている気がする。「風来」の流れるようなストーリー展開に比べると話のつなぎ方にやや無理が見えるし、各キャラクターの印象もなんとなく薄め。
とはいえ、これはこれで適度なゆるさを楽しめていいのかもしれません。しかも忍法の荒唐無稽さは呆れかえるぐらいのはっちゃけぶり。クライマックスもかなり派手だし。

凄艶・女かぶき江戸城全裸大血戦!!


というか全裸は基本ですか。


それが山風クオリティ。


───
山田風太郎の忍法帖に、いわゆる円満解決なハッピーエンドというものはありません。
もの悲しく、それでいてどこかさっぱりとした結末の底には常に、おもしろうてやがてかなしき、国破れて山河あり、の精神が流れています。これはたぶん、日本的なエンターテインメントのエッセンスの一部なんじゃないかと思う。江戸時代の大衆娯楽の金字塔といわれたオリジナルの南総里見八犬伝にも、それはあったんじゃないだろうか。日本人なら誰の心にも響く、素朴で凛とした感性が。
そしてそれは、失ってしまうのがとてつもなくもったいないものではないかという気がするのです。もはや現代の小説からはほとんど感じられないその純日本的な娯楽のエッセンスを、風太郎の作品はかなりの高純度で保持していて、だからこそ我々は忍法帖に惹かれるのかもしれない。己の心に足りないものを補おうとして。


ああ画像が貼れない……>あ、貼れた。05/09/16
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by umi_urimasu | 2005-09-15 23:49 | 本(others) | Comments(0)
OVA「ジャイアントロボ THE ANIMATION ~地球が静止する日~」GR-3

a0030177_22323277.jpg「我ら十傑衆が集まれば、大怪球の一つや二つ!」

と大気炎を吐いた矢先に捕獲され。

残月ゥゥ!!


こんなものがあっていいのか。型破りにもほどがある。おそらく10年、いや20年に一本の怪作でしょう。
アニメーションならではの斬新な表現などと大層なことを口では言いながら、実は模倣の模倣のまた模倣にすぎない……そんな「どこかで見たような」表現で埋めつくされた娯楽アニメが氾濫する現代において、この「ジャイアントロボ THE ANIMATION」シリーズはあまりにも、あまりにも異彩を放っています。常識ってものがまったく通用しないあのキテレツ演出、話の種に見ておいて損はないよ。

というわけでクライマックス目前、EPISODE6:「罪と罰」まで観了。

復讐に燃えるBF団の若きエージェント・幻夜、またの名をエマニエル・フォン・フォーグラー。彼のあやつる無敵の大怪球によって、地球静止作戦の完遂はいまや間近に迫っていた。しかし、大怪球のアンチ・シズマドライブは敵だけでなく、味方のBF団までも窮地に追い詰めてしまう。策士・孔明の企みに不審を抱きながらも、事態を掌握すべくついに動き出すBF団十傑衆。その圧倒的な脅威を前に、国際警察機構はどう立ち向かうのか。すべての始まりであった惨劇の地・バシュタールにおいて、地球の命運をかけた決戦の火蓋が今、切って落とされる───。


ちなみにBF団十傑衆とは、

衝撃のアルベルト。
混世魔王・樊瑞。
幻惑のセルバンテス。
激動たるカワラザキ。
暮れなずむ幽鬼。
命の鐘の十常寺。
白昼の残月。
マスク・ザ・レッド。
直系の怒鬼。
素晴らしきヒィッツカラルド。

以上十人。何というか、とにかくものすごい人たちだった。いったい何なんですかあなた方はと。「素晴らしきヒィッツカラルド」の指パッチン攻撃、あんなのありかよ。今川泰宏という人の辞書に穏便という文字はないのか。
とにかく全てがむちゃくちゃです。面白すぎる。

───
十傑衆登場のインパクトがあまりに強すぎて紹介が飛んでしまいましたが、GR-2もやっぱりとんでもない出来でした。特にEPISODE:4「豪傑たちの黄昏」でのアルベルトVS戴宗の対決、青面獣の楊志VSコ・エンシャクのあたりが凄い。全編のバックに流れるワルシャワフィルハーモニーの壮大な音楽も効果絶大です。

そして今や残すは最終話、EPISODE:7「大団円 ~散りゆくは美しき幻の夜~」のみ。
いったい何がどうなることやら。予想も想像もつかん。
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by umi_urimasu | 2005-09-09 22:38 | アニメ・マンガ | Comments(2)
「グラン・ヴァカンス 廃園の天使1」飛浩隆
a0030177_0202263.jpg個人的に注目の作家、飛浩隆の長編。突きぬけた残虐性の中に見せる、神聖ともいえる美しさにちょっと惚れました。「象られた力」でも顕著なその要素が、本作ではより濃密に、バラエティ豊かに展開されます。

ちなみに「バラエティ豊か」というのはこの場合、登場人物のあらかたを皆殺し!ってことでもあるのだが。「象られた力」が残酷性で2ぐらいとすれば「グラン・ヴァカンス」は10以上。確かに美しくはありますが、同時に容赦もないですね。

とりあえず耐性に自信のない人は、食事前に読むのはできるだけ避けた方がいいよ。

と、経験者は語る。げほげほ。

ネット上に構築された仮想リゾート〈夏の区界〉。南欧の港町に似せてつくられたこの楽園では、千年前に人間の来客が途絶えて以来、ホスト役のAIたちだけが永遠にくりかえされる休日を過ごしていた。
だがある日、外界からの侵略プログラム〈蜘蛛〉が現れ、平和な日々は終わりを告げる。住民たちをむさぼり食らい、すべてを破壊し呑み込んでゆく〈蜘蛛〉。絶望的な抵抗戦のさなか、生き残りのAIたちの前に現れた千年ぶりの訪問者〈ランゴーニ〉は、彼らに区界攻撃の真の理由を告げるのだった……そう、これはAIの天敵である「天使」に対する罠なのだ、と。


「象られた力」と「グラン・ヴァカンス」に、方向性の上で違いがあるとしたらどこだろう。
エロス……かな、やっぱり。確かに「象られた力」に比べて、本作は圧倒的にエロティックです。そしてそれは、必ず死と結びついているために、よけい甘美なものになっています。愛らしいものが愛らしいままで滅ぼされる苦痛。傷つけ、汚し、破壊する、究極的な行為の底に隠れた悲哀。一片の憤激も憎悪も許されない、そのやるせなさは「象られた力」の比ではありません。そこが美しい。
ただ、シチュエーション的にもかなり生理的に痛い場面ばかりなので、人によっては拒絶反応は避けられないかもしれない。シュールな官能美か、あるいは単なるグロ趣味か。
僕は奇麗だと思うけど、そう思えるのも小説だからだろうなあ。
少なくとも、ビジュアルでは絶対見たくない。

ジャンルでいえば、これは一応SFってことになるようですが。でも実際には、裏設定に合わせてSFっぽい体裁をとったという以上の意味はなさそうでした。第一、登場するAIの設定がすでに魔法みたいなものだし、物語そのものも現代のSFというよりは古ぶるしい恋愛悲劇だし。〈硝子体〉や〈鳴き砂〉のイメージなどは、むしろ幻想小説に近い。作者が選んだ古典的なスタイルは、箱庭のような町の、ささやかな破滅を描いたこの作品に似つかわしい古さだといえます。まあジャンル分けによほどのこだわりでもないかぎり、強いてSFとみなす必要もないでしょう。

他の人のレビューや感想を見てみると、絶賛の一方で「内容が古くさい」「エヴァンゲリオン的な世界崩壊ものの類型」「ありふれたセンチメンタリズム」「AIの設定が理不尽」など、かなり否定的な意見も見かけてやや気圧されました。うーん。
まあ、僕はそこらへんは委細かまわない派です。こういう美しさ重視の作品に対して、設定のほころびやガジェット類のありきたりさ、ましてストーリーの古さを改めろと言っても仕方がないと思うので。このままで美しいと感じる人には価値があり、そうでない人には価値がない。という、しごく単純明快な小説という気がします。
むしろそんなことより論ずるべきは、

ジュリ子えろすぎ。犯罪的。嫁にしてぇ。

とかそっちじゃないですか。
ジュリーはエロいよー。のっけからぱんつはいてないし、舌ピアスであふあふいっちゃうしな。生身の人間と大差ない設定とはいえ、AIをここまでエロっちく描いた小説、たぶん初めて読んだぞ。

そうか、AIはムダ毛処理しないのかあ。

そんなところに清冽な感動をおぼえる夏の終わりのとある午後。
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by umi_urimasu | 2005-09-05 00:24 | 本(SF・ミステリ) | Comments(2)
ガンパレード・マーチ続編
[ゲーム] 「ガンパレード・オーケストラ」発売決定
てえへんだ姐さん。寝耳に水でした。
ゲーム関連としては個人的に、ここ数年間で最高級のマストアイテムです。発売日は2005年末とのこと。公式HPプレまちどおしー。
そういえば、まだ絢爛舞踏祭もやってないな。

[ニュース] 唯一神又吉イエス・秋葉原に降臨
唯一神、写真うつり良すぎだろ。

[ネタ] デスノ—トコラ保管庫
とりあえず「会議したり。」は必見でしょう。

[アニメ] ジャイアントロボ THE ANIMATION ~地球が静止する日~GR-1
a0030177_22124582.jpgく、狂ってる……! 救いようがありませんこれ。完全にあっち側へ突き抜けてしまった超人オヤジキャラたちがオヤジパワー全開で死闘をくり広げる、超弩級オヤジ活劇。ロボットなんかそっちのけ、とにかくオヤジバトルが熱すぎる。
来た、衝撃のアルベルト!! モビルスーツと素手で戦えるんじゃないか、この人。開いた口が塞がらないまま、GR-2につづく。


[本] 「グラン・ヴァカンス 廃園の天使 1」飛浩隆
読書中。おもしろい。「象られた力」をより残酷に、かつエロエロしくしたような感じかな。
この方、兼業作家らしいですね。そりゃ寡作なのも仕方ないか。

[アニメ] かみちゅ!
第7話「太陽の恋人たち」まで。平穏無事な日常ファンタジースタイルは不変、ただ映像的にはやや落ち目です。1〜2話のような躍動感にこだわった絵の動きは、TVアニメではしょせん持続不可能だとわかってはいるものの、やっぱりちょっと寂しい。さらっと流し見る分にはそれでもいいんだろうけどね。

[アニメ] ヘルシング HELLSING「原作版」OVA
なんと原作完結までカバーするとのこと。監督:ところともかず(灰羽連盟)、脚本:黒田洋介(リヴァイアス、スクライド)+倉田英之(R.O.D、ガン×ソード)、アクション演出補: ロマのフ比嘉(URDA)など、スタッフリストにも気になる名前が並んでた。当たり外れの激しさでは定評のある黒田脚本、今度はどうか当たりますように。
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by umi_urimasu | 2005-09-01 22:17 | ゲーム | Comments(0)