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すごい!カレイドスター
a0030177_22195721.jpgこいつは熱い!正直、かなり楽しんでたり。

いわゆる「私、がんばってスターになってみせる!」系の王道スポ魂アニメで、話は単純なんですが、キャラの魅力とテンポのよさが驚異的。典型的なパターンを照れもせず堂々と押し通して、その中にパターンを越えた情熱を感じさせる、いまどき珍しいほどホットな作品。
幅広い年齢層に受け、息の長い人気を勝ち得ているのもうなずけます。

1〜10話まで見たうち、作画の面で特筆すべきは第7話。
キャラクターの心情やステージ俳優の独特な動作を、しっかりと絵で表現した躍動的なアニメーションがいい。ディアボロを扱う演技のリズミカルな身のこなしなど、観察眼の細かさも相当なもの。
コミカルに動く絵はそれだけで目を楽しませてくれるし、リアル指向のアニメでは決して感じられない「マンガが動く」というプリミティブな快感が、シンプルな絵からびりびり伝わってきます。

最近「ハウルの動く城」や「イノセンス」「APPLE SEED」のような高度にCG化したアニメーション作品を微妙に見下げたような言い方をしちゃってたけど、別にスノッブを気取りたいわけじゃなくて、言いたいのはこれなんですよ。「こういうやり方もあるぞ」って。湯水のようにお金をかけなくても、工夫次第で面白い表現はできるんだよって。むしろ、この手の職人芸的なマンガ表現は、お金がかかってない分よりダイレクトに技が見えるという面もあるし。
そう、アートイズノットマネー。
は?

あー、あと第5話もプチ驚き。主人公・苗木野そらが親と別れてステージでがんばっていこうと決心するシーンが、かなり聴かせる演技になっていてびっくりしました。そらのCVは前にも紹介した広橋涼。アニメーションでここまでボロボロに泣いてみせる泣き演技ってちょっと見たことないぞってぐらい、豪快に泣いてた。

てか、どう聴いてもマジ泣きだ。

まさか、声優さんを本気で泣かして録音したんじゃ……

ちなみに攻殻SAC 2nd GIGは、何度レンタルしに行っても貸し出し中でして。借りてる人、早く返してー。レンタル予約とかいった順番待ちシステムがあればいいのに。

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読んだー。【コミック】「蒼天航路」第33巻
夏侯淵! 夏侯淵!! 夏侯淵──ッ!! むしろ僕が泣きたいです。
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by umi_urimasu | 2005-02-28 22:33 | アニメ・マンガ | Comments(2)
いくらCGが進歩しても
a0030177_2019285.jpgゆずれないもの。

映画「APPLESEED アップルシード」。士郎正宗のコミックを元にした3DフルCG映像のSFアクションです。

物語はクローン人間とふつうの人間の共生の是非を問うもので、出来はまあ、可もなし不可もなしといったとこ。SFとしてはテーマにも結論にも目新しさはありませんが、メカの光沢や自由なカメラワークはCGさまさま。
ただし、人間の質感がツルピカすぎたり、小さなモーションのなめらかさと大きなモーションのぎこちなさが不自然に見えてしまったりと、まだけっこう気になる部分も。

で、ちょっとCG技術の躍進に水をさすような意見になるけど。
「造形をリアルにする」方向でのモーションフィルム利用には、僕は今のところあんまり魅力を感じてません。これは「アニマトリックス」でも思ったことで。
やはりCGの人間というのは、生身の人間の動き、絵に描いたアニメ、そのどちらと比べても見てて退屈な気がするんですよ。実物の人間よりは圧倒的に複雑さが足りず、かといって手描きのアニメみたいにマンガ的なオーバーアクションもできない。それに、もしCG技術が行きつくところまで行って、実写と見分けのつかないCG人間が表現できたとしても、それじゃあ結局実写と一緒やないか。ってことに。

アニメーションの立場から見ると、そもそもリアルでない表現こそがアニメの本質であり存在意義であるという点で、やはりリアルCGとの折り合いはそれほどよくありません。アニメーションフィルムにとっては、実写並みのリアルさはある意味で邪魔にもなるんです。背景があまりに現実っぽすぎて人物の方が書き割りじみた平坦さになってしまった「イノセンス」がいい例でしょう。今後CGがリアルになればなるほど、この辺の問題は表面化しそうな予感。
もちろんコストが下がれば、ポリゴン疑似2Dが手描きアニメにとってかわる可能性もなくはないけど。なんか今いち「あったかみ」がないっつーか。

もちろん映画以外にも需要はあるので、CG人間は今後もよりリアルになっていくでしょう。それは構わない。ただ、単にリアルになっただけで終わらないで欲しいなーとは思います。せめて、実写でも絵のアニメでもない、CGだけの表現に揺るぎない価値があることを実感させるぐらいはして欲しいと。
「APPLESEED」を見ていて、けっこう退屈こいていた僕の感想はそんなとこ。

演出に関しては、とりあえずブリアレオスが死んだとこワラタ
サイボーグにとっては組織閉鎖で死んだフリなどお手のものっすから。この手のいかにもな演出は、アメリカ市場を強く意識しているせいでしょうか。しかしもっとドライにやらないと、「攻殻機動隊」などのおかげで目の肥えた日本のオタクからは相手にしてもらえないという罠。苦しいジレンマだね。

デュナンのCVは小林愛さん。リリ・ボルジャーノ嬢の中の人!
ブリのCVは小杉十郎太さん。ヘンケン艦長の中の人ー!
おまえの頭ん中にはガンダムしかないんかい。どうもすみません。

あと、どーでもいーけどアテナがモッコス化ひどすぎ。めっちゃ悪人ヅラやん。
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by umi_urimasu | 2005-02-27 20:31 | 映画 | Comments(5)
「死の泉」皆川博子(すげー!
a0030177_1851724.jpg100円で核爆弾を買ってしまった。

そんな気分。
いったい小説とは、ここまで贅沢になれるものだろうか?
言葉の快楽をむさぼり尽くした果てに待ちうける、驚愕のトリプルトリック!!
こんなの、もう絶句するしか。個人的には、これほど陶酔しまくったのは去年のコニー・ウィリス「ドゥームズデイ・ブック」以来かもしれません。いや、ヘタするとあれ以上かも。

時は1943年。
ナチスが人種浄化政策の一環として設立した私生児出産施設「レーベンスボルン(命の泉)」で男児を産んだマルガレーテは、カストラートの育成に異常な執着を示すSSの医師、クラウスと結婚した。ジプシーの孤児、フランツとエーリヒを養子に加え、表面上は仲睦まじい家族ができあがる。しかし、戦争によって保たれていた危うい均衡はやはり戦争によって崩された。混乱の中で散り散りになる一家。そして終戦後の平和の影で、小さな心に植えつけられた憎悪の種はゆっくりと時間をかけて芽を吹き、復讐という名の実をつける。
戦争が終わっても、人間の業は決して消えない。ただひとつ、全てを終わらせる方法があるとすれば、それは……

とにかく異様な迫力をもった作品です。醜怪きわまる泥沼の復讐劇にしろ、戦争というシチュエーションゆえにいっそう妖しく引き立つ耽美的なモチーフの数々にしろ。
芸術に溺れる残酷な医学者、狂いはて時の流れに取り残された妻、天上の美声を保つべく体を作りかえられた幼い兄弟、地底深く隠された塩の円卓、不老不死の人体実験、腰から下をひとつに縫い付けられた双頭の少女、近親相姦、少年愛……
前半では戦時下の息づまる人間ドラマに、後半ではゲルマン神話になぞらえた幻想的な狂気の描写に、文字通りメロメロになりはてました。

ミステリとしての構成力もハンパじゃない。終盤からラストにかけて秘められた真実が怒濤の勢いで明らかになり、さらに作品そのものを虚構内虚構にしてしまい、最後の最後でまたしても大ドンデン返しが炸裂。そのたびに全ての人物関係をリセット、リセット、またリセット!
これでもかというトリックのラッシュは圧巻という他なし。

しかもこの本を、ギュンター・フォン・フュルステンベルクの著作を野上晶が翻訳したという体裁で、じつは皆川博子が書いたということまで含めると、なんと四重のメタ構造になってしまうんです。そのどこまでがリアルでどこからがフェイクなのか、真偽を知るのは唯一作者のみ。ならば、皆川博子によるこの小説が「真実」を語っていないと、いったい誰が言い切れるだろう。
そう、これはかつて「本当に」あったことなのかもしれない。

読み終えてしばらくは放心状態でした。そこまでするか、普通?

ちなみにこの「死の泉」、amazonのユーズド価格を見ると、なんと98円。

いったい何の冗談かと。
悪いことは言わん。まだ読んでないって人、今こそチャンスだ。買え買え買ってしまえ。

「死の泉」皆川博子(ハヤカワ文庫JA)

補足。
ただひとつ、古城でのアクションの部分だけは、少しエンターテインメント寄りになりすぎてしまったんではないかと思ったところでした。それから、終盤で多数入り乱れる人物のうち、もともと描写の少ないキャラクターの扱いもちょっと気になった。ミステリ的にはOKでも、群像劇としての密度が薄まってしまいかねない危険を感じたから。ま、些細なことですけど。
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by umi_urimasu | 2005-02-25 19:47 | 本(others) | Comments(4)
羽根、生えてるん【イラスト】
描いた。「灰羽連盟」のラッカとレキ。
はね、生えてます。でも、飛べません。頭上のわっかは光輪です。チャクラムじゃないよ。あたりまえだけど。でもいざというときには、あれが灰羽最後の武器。

かけおちかっこいー

なんてバカ話はさておき、普通にいい作品だと思うのです。しみじみと。

 「私が、レキを救う鳥になるんだ!」

 「レキ!レキ!私を呼んで! 私が必要だって言って!」


リアルで凹んだときなどに見直すと精神回復効果もあったりなかったり。

ところで、服の背中から羽根を出すってどこをどう出すんだろう。わからんのでそのままずばっと突き出してしまいましたが、ぜったいおかしいってこれ。

【追記】
検索したらオリジナルが出てきた。やっぱり僕は間違ってなかった。
でもすでに衣服としておかしいだろ、それ。
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by umi_urimasu | 2005-02-23 20:43 | イラスト | Comments(2)
キル・ビル KILL BILL Vol.2
a0030177_20411139.jpgわりとよかったですわ。まったく何のひねりもないストレートな復讐劇の中に遊び心満載。予想よりはるかに丁寧に作られてました。話がシンプルで、能動的についていけるのもいいと思う。
でもなぁ、決め技がなぁ。

北斗神拳かよ。 カンフー映画、好きなのね……

しかし、このまぬけさと真面目さのせめぎ合う世界が、僕はけっこう好きです。なんか「コマーシャルなオタク性」のようなものを感じる。己の価値観を押しつけてそれがわからない人にはすぐ背を向ける排他的なオタクではなくて、マニア性と一般性をうまく融合させて誰でも楽しめるような工夫をしてあるというか。
好き放題やってるように見えても、じつは物語としてはすごくオーソドックスだし、洒脱な会話やシャープなアクション、独特なBGMのセンスなどは、マニアでなくても「珍しくて面白い」と肯定的に受け入れられるものだと思います。なんちゃってカンフーやハットリハンゾーのような濃ゆいネタは、正直いってギリギリっぽいけど。まあ、そうした商業主義と趣味性のきわどいバランスの上にタランティーノ映画は成り立っているということで。

この「キル・ビル」や「ジャッキー・ブラウン」など、最近のタランティーノ作品は時間や場面の転換が少なくなり、のんびりした間合いの作風になってきています。それはそれで気に入ってはいるものの、できればまたレザボア・ドッグスやパルプフィクションのような曲芸じみたクロスシナリオもやって欲しいところ。
次回作を楽しみに待つ。

…ところでレンタル・ビジネスってのは、いったん借り始めると、返しに行ったついでにまた次のを借りて、という現象が必然的に起こりやすくなるみたいですね。今もすでに、チェーン・レンタルとでもいうべき状態に陥ってます。最近やたら映像作品の紹介が多いのは、つまりそういうわけなんだが。
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by umi_urimasu | 2005-02-22 20:45 | 映画 | Comments(4)
クラウ KURAU phantom memory



ぷりちーグッジョブ。
人間と融合同化する異種知性体が受け入れられていく様を描いた、まじめでやさしいSFアニメーションです。テーマは親子の絆、そしてもう少し普遍的な人間同士の思いやり、みたいな感じ。
地味ながら美しい音楽のおかげもあって、しあわせな気分に浸れてしまう作品ですね。特に余情豊かなエンディングテーマ「Moonlight」(勝木ゆかり/S.E.N.S.)がいい。各話のラストシーンにオーバーラップでこれが流れ始めると、どうしてもスキップできなくなってしまう。サンプル試聴可。なんとなく坂本龍一テイスト。

父と子の絆や子供の純粋な優しさが、奇をてらわずストレートに描かれているのは、殺伐とした作品が多い昨今のSFアニメの中にあってはとても価値あるものだと思います。これはこれでOKでしょう。
ただし、連続もののSFとして見ると少し冗漫かもしれない。バックグラウンドの説明不足が顕著な上、作り手側も最初からそのあたりの細かい説明をする気がないみたいだし。もちろん、主人公の心情を描くことに集中した結果ともいえますが。SFサスペンス的な部分とキャラクターの心理描写と、両方がもうちょっとバランスよく両立されていれば、完全無欠に僕好みの作品なんだが……。

でも、これに関してはもう「冗長だから」って簡単に見捨てるわけにもいかなくなりました。まとめて借りて第9話ぐらいまで見終わったんですけど、

クリスマス可愛すぎ!

最終兵器、デタラメ歌。なごむ、実になごむぞ!最高にピースフルってやつだ。
この期に及んでは、見るのをやめるなんて考えるだけでも良心が痛む。

もしかして、まんまと乗せられてる?


【あらすじ】
人類がかつてない繁栄の時代を迎えていた、西暦2100年。
粒子加速実験の最中に、装置から走った謎の閃光が12歳の少女・クラウを撃ち、彼女の中に人間とは異なる知的存在が宿ってしまった。それは自らを「リナクス」と呼び、クラウの父親で実験にたずさわっていた科学者・天箕(あまみ)に衝撃を与える。
姿は娘そのままでも、愛するものを失ったことに変わりはないと悲嘆に暮れる天箕。しかしリナクスもまた、本来の仲間から引き離されたこの世界でひとりきりの孤独な存在だった。天箕のもとでクラウとして育てられるうちに、いつしかリナクスはクラウの記憶に同化し、クラウそのものになっていく。
10年後。クラウは父とも別れ、リナクスであることを隠して生活していたが、ある夜、ついに彼女と「対」をなすリナクスに出会う。クラウの身体から分かれて実体化した、クラウの分身──「クリスマス」と名づけたその少女と心を通わせ合い、孤独を癒されたクラウは、リナクスを捕らえてその力を利用しようとする組織の干渉から彼女を守り通そうと決心するが……

てな感じ。制作はBONES(ボンズ)。BONES作品は「ラーゼフォン」「WOLF'S RAIN」「絢爛舞踏祭」「鋼の錬金術師」と、どれもあまり趣味に合わずスルーしてきましたが、「クラウ」はそんな僕でも見られそう。細部が少しばかり冗長でも、家族ドラマとしてきちんと締めればいい線行くんじゃないかと思います。もう少し様子を見よう。

───
雑記。
皆川博子「死の泉」をついに読了したものの、さてどうやって感想書いたもんかな。ヘタなことは書けねーという畏れを抱かせる、かなり手応えの大きい作品でした。むー。
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by umi_urimasu | 2005-02-21 20:05 | アニメ・マンガ | Comments(0)
「死の泉」皆川博子(とちゅー
ブッ飛んだ。超ド級に面白い。このとてつもない吸引力、洒落になってねー。
幻想濃度、濃ゆすぎです。ストーリーを追う行為にこれほどの暗い快楽を覚えたのは、いったいいつ以来だろう。はっきり言って溺れてますわ。もうどろどろに。
しかしまだ半分しか読んでない。残り半分も残ってる。どうすりゃいいんだ?これ。

本当ならどういう作品でどこがどう面白いのかを説明したいんですけど、今は途中経過を語ることすらもどかしい。何よりも自分のエゴ最優先で読みふけりたい衝動が抑えられない。正直、人のことなんてかまってられません。

umi_urimasuがこれほどまでにトチ狂っているという現状から、この本がいかに面白そうか、ある程度は察していただけるのではと思います。
言っとくけどこいつは凄いよ。ほんとに凄いから。
読了後、猛プッシュするでしょうね。おそらく。
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by umi_urimasu | 2005-02-19 20:22 | 本(others) | Comments(2)
「第六大陸」小川一水
a0030177_214443100.jpg月に結婚式場を建てる。それだけの話。
これは、それだけのことを「できるよ」と言いたいがために上下巻700ページをまるまる費やした小説です。


「なんで宇宙へ行くの?」という疑問に対しては、山ほどの答えがあって、それぞれに正当な理由があるでしょう。でも究極的には、「行きたいから行く」に尽きるんではなかろうか。

「なぜ登るのか?」「そこに山があるからだ」とは、登山家ジョージ・マロニーの言葉だそうです。
人間を個体レベルで見るなら、そんなのは単なる命知らずの無鉄砲な一個体にすぎません。でも人類をひとつの群れとして見るなら、そうやって少しずつ生存圏を広げていくのは種として当然の行為でしょう。散文的だけど、そういうふうに出来ているものを無理して狭いところに閉じ込めておく理由もないし。
「ロケットで月へ行く」っていうのは、「足があるから歩く」「脳があるから考える」というのとまったく同じことじゃないかと思うのですよ。宇宙はけっこう遠いけど、ロケットがあれば行くことは不可能ではない。だから、いずれお金のかからないロケットを作れるようになったとき、人類は月にも住むに違いない。それはあらためて予想するまでもない、当然の未来ってことで。

地上で夜空を見上げれば、月の影の部分に街の光がまたたく。そんな情景があたりまえになる日も、そのうち来るね。そうさな、あと50年ぐらいかな。

しかしここでちょっと待つよろし。いざ住むと決めたら「どうやって」住めばいいのか。
じつはこれが難問で、まだよく決まってないみたいなんですよ。クラークが「2001年宇宙の旅」を書いてから40年近く経った現在でも、現実に即して書かれたフィクションはそんなに多くないらしい。たぶん、誰でも宇宙へ行けるような状況というのがいまいち実感をもって想像できないからかもしれません。たとえば「ガンダム」は人気のあるSF作品ですが、現実には誰も、あれが来たるべき未来像だとはこれっぽっちも信じてないしね。宇宙に人が住む話をあんなに腐るほど作っておきながら、初めの一歩を書いてねーだろっての。
ちなみに三菱重工は「ガンダム作る」とか言ってますが、その前にやるべきことをやれよおいと。

ま、そこで「第六大陸」の出番というわけです。「実感」を持たせるために、小川一水の得意とするディテール描写、緻密な現実シミュレーションは、まさにうってつけの手法。
作中で指摘される技術的・社会的問題はどれもこれも説得力に満ち、実に「ありそう」なリアリティの重みを持っています。そういう意味では、ドラマよりも知識欲に訴えてくる作品かも。僕なんか読みながら「なるほど、そっかー、それがあったかー」と感心しまくってたよ。もし同じことを現実にやれば、程度の差こそあれ、おおむね小説に似た状況が現実化するんじゃないでしょうか。

───
ただし、例によってひとつだけクレームを。
「復活の地」と同じく、人間ドラマがやや平板な印象を与えるところがやっぱ気になりました。東園寺妙など、親子の確執や身分ちがいの恋愛というおいしい設定を与えておきながら、あっけないほど描写が薄い。もっとゴタゴタ書き込んでキャラを膨らませて欲しかった。

「第六大陸」(1)(2)小川一水(ハヤカワ文庫JA)
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by umi_urimasu | 2005-02-17 21:47 | 本(SF・ミステリ) | Comments(2)
攻殻機動隊=「忍者」説
攻殻って「忍者」をコンセプトにしたんじゃないか。と思うんですけど。どうなんでしょうね。常人離れした特殊技能をもち、情報収集に長け、組織としての行動原理で動くエキスパート集団。ちょうど江戸幕府の隠密をサイバーパンクに置きかえたみたいなイメージで。
ほら、服も黒いし。姿も消せるし。ビルの壁とか登れるし、変装とか潜入工作とか得意だし。

もしかして常識?

ちなみに、2nd GIGに出てくる「個別の11人」のクゼとかは、九課がニンジャっぽいのに対して明らかに日本のサムライを連想させます。この手のジャパネスクっぽさは、特に海外では受けがよさそう。そのへんしっかり狙ってそうな気もする。

てなわけで、SAC 2nd GIG、引き続き鑑賞中です。現在第6話まで。
よかったのは第5話「動機ある者たち INDUCTANCE」と第6話「潜在熱源 EXCAVATION」かな。#5はポン刀ぶらさげたターミネーターが日本のお寺を襲撃する話。絵的においしい。#6は変わり果てた東京の廃墟の風景がすばらしいです。SFはこれが出来るから好きだ。

ここまで見た印象では、なんとなく第一作より「アニメっぽくなった」感じ。伏線の張り方やセリフなどが、よりあからさまというか派手になったという意味で。アクションも「ありえなさそう」な絵が多くなったような……気のせいかな。


以下蛇足。

『CASSHERN キャシャーン』も見ましてん。

いやーもーなんじゃこらー的トンデモ映画。ツッコミ入れる手間すら惜しいほどの豪快な地雷ぶり。死んだサカナのような目でぼけーっと鑑賞したよ。劇場まで足を運ばれた方は、えー、何と言いますか、ご愁傷様でございましたw
レンタルで見ようという方は、あまり過度の期待を持たれずに、あくまで面白おかしくネタとしてご覧になるのがよろしいかと。
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by umi_urimasu | 2005-02-16 20:40 | アニメ・マンガ | Comments(4)
「エデンの園」ヘミングウェイ
a0030177_19594735.jpgヘミングウェイは有名どころを数冊読んだのみで、しかもほとんど忘れてますが。未読に手を出すのは久しぶりですな。
感想は「上手いけど疲れる」。短い文章や科白だけの描写を多用し、すべてにわたって「説明しないで表現する」タイプ、これは疲れる。とりあえず持てる読解力を総動員して立ち向かってはみたものの、教養と知識の絶対的不足を痛感しました。見たことも聞いたこともない美酒美食の数々、科白のやりとりのみで構成された描写の裏に詰め込まれた心理の綾、とてもじゃないけど満足に消化しきれたとは言えん。訳者の努力のおかげか、日本語でも「特徴的な文体」とわかるのはありがたいんですけど。

物語の舞台は1920年代の南仏。作家のデイヴィッド、彼の妻キャスリンと二人めの女性マリータ、かれら三人の倒錯的で奔放な愛に彩られた日々が描かれてゆきます。が、まあキャスリンこそが真の主人公と言い切ってよいでしょう。支配者で女王で娼婦で暴君。小悪魔で知性的で「女の子」で「男の子」で自己破壊的で自爆屋。ものすごいキャラクターです。ですとろいやーです。彼女が徐々に壊れ、三人の関係が崩壊していく後半は、燃え尽きる花火にも似た哀しさと「もうだめだろう、でもなんとかならないのか」的な切迫感を強烈に感じさせます。最初があまりに溌溂として明るすぎたため、なおさらその痛さが強調されて。未完原稿といいつつこれかよ。

もうひとつ、ハイライトとしてあげたいのは、小説内小説として書かれた「象狩り」のパート。もともと、どこを切り取ってもそのまま単ピンの短編として成立してしまいそうな作品でしたが、これはその中でも最強パートではなかろうか。
虚構と現実の交錯が瞬間的に、それもごく微妙なうちに行われ、それだけでもスリリングなのに、さらに冷えきっていく夫婦の関係の暗示や男の心理の底にある少年性などを地の部分と対応させてもいるという。まさに構成の妙。読んでていちばんハマった部分かもしれません。

ま、多少手におえないところはあったにしても、読む快楽だけはしっかり満喫できました。ノーベル賞もらうようなおカタい文学作品と構えてかかる必要はないと思います。単純におもしろいし、べらぼーに上手いし。
ただちょっと格好つけすぎの感はあったけど。てめーこの、新妻二人も乗っけといて贅沢言ってんじゃねーぞコラ。と、その場に居たら言ってやりたい。
物陰で、小声で、日本語で。

(※「エデンの園」はヘミングウェイの実体験にもとづいた作品とされています)
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by umi_urimasu | 2005-02-15 20:03 | 本(others) | Comments(0)