<   2004年 11月 ( 16 )   > この月の画像一覧
「ガダラの豚」中島らも
『バナナキジーツにうってつけの日』

a0030177_20321036.jpg本日のおすすめ「ガダラの豚」。今年7月に亡くなった中島らも氏による、文庫三冊にわたる娯楽大作です。恥ずかしながら、らも作品はこれしか読んでないんですが、とりあえずもうこれだけでお腹いっぱい。映画化すれば「リング」や「らせん」をも軽くブッ飛ばしかねないA級エンターテインメントだと個人的には思ってます。

じつは今回で読むのは二度目。でも初めて読んだときの状況など、かなりよく覚えていました。異常に忘れっぽい僕にしてはほんとうに希有な例です。その頃はいわゆるホラー系の小説なんて全くといっていいほど読んだことがなく、経験の浅さが幸い(災い?)したのか?よほど強烈なインパクトだったらしい。

あれは大学に入学したての頃──。当時「ガダラの豚」は人気があったのか、生協書籍部に平積みになっていました。表紙の手塚フォント(写真参照)にフラッときてほとんどジャケ買いで買い込んで、宵のうちに軽い気持ちで読み始め、それっきりどうしてもやめられずついに徹夜。もう怖くて怖くて、とても途中で中断できる状態じゃなかったんで。朝よ早く来い!と本気で念じましたから。

朝、朝、朝、朝朝朝朝!
朝はまだかッ!
朝になればオレが勝つ!
朝になればこの恐怖は終わる!朝になれば!
朝朝あさ朝アサアサあさーっ!


ま、それぐらい怖かったと。

経験した順番でいえば「痕」の方がずっと後なんですけど、そういえばよく似た感覚だったかもしれません。結末にたどり着くまでどうしてもやめられない切迫感とか。

そんなわけで、ストレス溜まったウサギみたいにがたがたぶるぶる震えながらついに読み終えて無事に朝日を拝んだ後、もう二度とリピートすまいと決心して迷わずダンボール箱に封印し、実家へと追放しました。
作品がつまらなかったからではなく、その反対。非常に面白くて、そしてむちゃくちゃ怖かったからです。この体験は忘れようにも忘れられず、ある種の後遺症となってしまいました。

なんかしらんがその後しばらくして、「怖いのに面白い」というジレンマをやたら欲しがるようになっちゃったみたいなのです。これは、娯楽小説などに対して「読みたい」という衝動がどれぐらい強いかを判断するための基準としてのジレンマですね。「怖い」というハードルがあって、にもかかわらずその壁を乗り越えて読んでいける作品こそが自分にとって真に面白いものだという実感を得られるんです。
ちょうど「恐怖」と「面白さ」を対立項としてとらえ、二つを天秤にかけている感じか。

それってなんか歪んでない?とか思わんでもないが。
ともあれ、永久追放のはずが結局また買ってきてしまった。そしてやっぱり今度も徹夜だった。バカかも。

ガダラの豚〈1〉中島らも(集英社文庫)

さりげなく「ガダラの豚 考察編」へつづくつもり。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-30 21:35 | 本(others) | Comments(0)
宮崎駿の理想の『子供』
都合により今日は考察の日。
テーマは宮崎駿。あの宮崎作品の「基本的には好きだけど、ここがどーもひっかかる」という点を僕なりにちょっと考えてみました。

ぶっちゃけた言い方でいうと、たぶん僕にとってのひっかかりは「子供がいい子すぎる」ことへの反感なのかなー、と思います。宮崎駿の描く子供は常に、もっとも模範的な子供の理想像ですから。

ナウシカ、パズー、シータ、サツキ、キキ、そして千尋。彼らはいつも「はきはきした、行動力のある、きわめて利発な子」として強く肯定されていますよね。それも大抵、困難な仕事を苦もなくやってのけることによって周囲の人々から大きな賞賛を受けるというパターンで。

そりゃ確かにいい子ってのはいいものだ。
でもそれは、「昔からこう決まってた」という社会道徳の規範に合致する限りでの「いい子」です。そこからはずれた「いい子」像は宮崎駿の世界には存在しない。というよりむしろ逆説的に否定されているといってもいい。パーフェクトないい子ぶりを激賞する描写は、裏を返せば「いい子でない」子に対する強烈な排斥でもあるのです。

そして別にいい子でも何でもなかった僕は、そんな手の届かない理想を自分に引き比べて何かわりきれないものを感じてきました。端的に「被差別感」と言ってもいいのかなあ。ともあれ、物語のおもしろさとは別の次元で何となく単純には喜べなかった理由は、その辺のもやもや感に起因していたように思います。

小さい子供のころは、それでも彼らをサクセスストーリーの主人公として許容していたものの、思春期のある時点でそれははっきりと反発に転じました。宮崎駿アニメの登場人物には絶対のヒエラルキーがあって、主人公グループはいつもいい子組で、自分はたいていダメな子組だ。どうして彼らは、つまらない失敗や弱さゆえの挫折を経験したり、大人社会から排斥されたりということがないのだろう?
漫画版のナウシカ「以外の」宮崎作品から遠ざかり、手塚治虫に傾倒し始めたのもその頃でした。今ですら、自分が「いい大人」とはとてもいえないので、手放しの「いい子」賞賛にはなんとなくひがみに近い感情をもってしまうんだけど。
僕だけかー?

そんなわけで、好きは好きでも微妙にキライ、という複雑な目で宮崎アニメを見てる今日この頃なのですが、果たしてこういう屈折が他の人にどれぐらい納得してもらえるやら。
ちなみに評判の「ハウルの動く城」も、またいつもの「いい子」礼賛と同じノリで「いいバアさん」礼賛映画になってるんじゃないかなぁ、とちょっと尻込みしたりしつつ、じつはまだ未見。

まー、できればそんなこだわりはどっかへしまっておいて、無心で物語を楽しみたいものですな。

あと、タイトルから察するに「ハウルの動く城」は空は飛べないらしいので、それがちょっと残念です。もしあれが空中要塞とかになるんだったら、仕事を放り出しても見に行くのだが。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-29 15:34 | アニメ・マンガ | Comments(5)
ハハハこやつめ。「人形劇三国志」フィギュア
オレの精神テンションは今!(また)小学校時代に戻っているッ!

というわけで、かねて懸案の三国志フィギュアをゲトしてきました。一個300円ぐらい。コンビニで3個購入したところ、出てきたのは劉備(彩色)、張飛(彩色)、そして超雲(白)。むむむ!これはすばらしい。見よこのディテール。
じつは内心で一番欲しかったのは関羽だったんですが、これでも十分です。ちっちゃいくせにかなり凝った造形だし、手や頭は可動。剣や蛇矛も付いてる。机に並べて、眺めては楽しんでおります。へんな大人。
a0030177_2274966.jpg

フィギュアつながりでちょっと思い出したこと。
うろ覚えなんですけど、かつて横浜の中華街に行った折、雑貨屋のような店で大きな関羽像を見かけたことがあるような気がします。何年も前の怪しい記憶なんで、まちがってたら失礼。でもやっぱり売ってたような気がする。そのとき、ああいうのをひとつ部屋に置けたらいいかなあ、とかちょっと思って……

浮きまくりだろーなぁ。ていうか怖いし。『夜中に唸り声をあげる関公像』とか、シャレにならん。やめよう。
俺にはやっぱり海洋堂の5cmフィギュアがお似合いさ。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-27 22:24 | まぞむ | Comments(0)
世界の「ここでしか見られない光景」
【ネタ画像】Only in……朝目新聞 BWS@HyperEdition
む、これはいいものだ。単体でも面白い画像がいっぱい、しかもオチが……迂闊だぞ、アメリカ人(w

【ネコ画像】nyanでやねん!日刊海燕 pya!
卑怯です。かわいすぎる。

【映画】おちょめん予告編
ウルトラマン飛びすぎ。しかしそれも道理、フライングシーケンスディレクター:板野一郎でした。

【雑談】
っていうかちょっとした愚痴。
ときどきamazonで本を買うんですが、ユーズド商品の場合、送料が「一点ごとに」340円かかります。これって何とかならないんでしょうかね。仕様ならどうしようもないけど、ややもすると商品代より送料の方がずっと高くついてしまうのが何かくやしい。二、三回使ってみて、これじゃ中古で買う意味がほとんどねーなー、と。
amazon、要するに「新品で買いたまえ」と無言で強要してませんか?
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-26 20:43 | ニュース | Comments(0)
未知数なものとの遭遇
最近気になっているものを少し列挙。

【映画】「2046」
ウォン・カーウァイの未来ものという情報が初めて出てから、待ちぼうけ続けてはや数年。とりあえずお蔵入りにはならなかったので一安心。ノスタルジックな60年代的映像美に心ゆくまで酔いしれたい一品です。
あ、でも近場の映画館では早々と公開終了しちゃってた。待てって!

【映画】「ハウルの動く城」
ドーラ婆さんとハク(色違いVer.)ですか?
ところで足が生えてる城など見ると、どうしてもビグザムを連想してしまうのですが私だけですか?
やらせはせん、やらせはせんぞ。ディズニーごときにジブリをやらせはせん。

【小説】「復活の地」小川一水
ENGINEのせつがさんの復活熱にあてられたか、読んでもないのに多少洗脳気味。最近では冲方丁などの例もあるし、和製SFもなかなか侮れないようなので、要チェックと。

【小説】「妖神グルメ」菊地秀行
その筋でだけは有名なクトゥルー系B級アクションらしいです。名前からして激しくB級だし、別の意味で面白そう。ラヴクラフトつながりでひとつ試してみようかと思ってるのですが、まさに全くの未知数。

【ゲーム】「天使の二挺拳銃」ニトロプラス(nitro plus)
ニトロの次回作。ま、それなりに期待はかけてるんだけど、タイトルがなんか……。まんまだし。あとシナリオ担当が虚淵玄じゃないのもちょっとだけ残念。

【コミック】「マドモアゼル・モーツァルト」福山庸治
昔むかし、行きつけの定食屋さんの本棚に置いてあったもの。でも読み終えないうちに消えてしまったため、自分の中では途中でぷっつり途切れたままで、ずーっと気になってます。内容は、アマデウス・モーツァルトが実は女性だった(けど、そのことを公的には隠してた)という設定で、彼女の数奇な運命を描くヒストリックロマンス。だったような気が……。あー、読み直してー。

【小説】「白貌の伝道師」虚淵玄
全くどうでもいいことだけど、htmlは「hakumen.html」のままですか。せっかくだから一緒に直しておけばいいのに、と思わないでもありません。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-26 17:11 | まぞむ | Comments(2)
シャイニング物欲ヘドロン
偶然がいくつも重なりあってー……こんな記事発見。NHKの『人形劇三国志』のフィギュアだって。
a0030177_13234158.jpg
こいつは欲しい。本気で欲しい。近年ほとんど充填されなかった物欲ゲージも一瞬にしてリミットブレイクするほどに欲しいです。これほど心を動かされたのは、おそらく一つの指輪、そして石仮面アクセサリー以来かも。コンビニで扱っているそうなので、さっそく今夜にでも近所の心当たりを巡ってこよう。

もともと蒐集欲はきわめて薄い方でして、食玩漁りなんてそれこそ小学校以来。
しかしなんだか妙にわくわくする。
何が出るかなぁ……ていうかそれ以前に近所で手に入るのかなあ?
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-25 13:56 | まぞむ | Comments(4)
「ブラッド・ミュージック」グレッグ・ベア
地球上の誰かがふと思った『人類よオトナになれ』

a0030177_1430538.jpg買って数日しかもたなんだ。予想外に面白くて、すぐ読み切ってしまいました。
80年代版「幼年期の終り」といわれるだけのことはあって、壮大なアイデアと卓抜なストーリーテリングの技で、人類が異種知性と交わり全く別のものへと進化していくさまを描いています。ただし、その異種知性が血液中の小さな細胞であるというのがミソ。最後はまあ、なんというかブッ飛んだ奇想で、エラいことになってしまうんですが。
先に「幼年期の終り」を読んでいると色々な符合が目につきます。一種のオマージュなのかもしれません。

ハードなSFだけでなく、序盤のややグロテスクなサスペンス的要素は岩明均の「寄生獣」を、世界規模のメタモルフォーゼはたとえば「沙耶の唄」などを、といったようにパラサイト系ホラーを連想させる箇所もいくつかありました。娯楽作品としても楽しめる、ぬかりない出来。
さらに、人気の絶えたニューヨークのバイオ・ルーイン(生物学的廃墟?)の描写などには終末SFの要素も含まれています。巨大都市は沈黙し、ラジオからは遠い国々のニュースがぽつぽつ入ってくるだけ。そんな所に取り残された人間はもちろんひどく孤独なはずですが、「ヨーロッパはまだ生きている」というかすかな希望もあって、何となく「気ままな放浪」といった感じ。ああいうシチュエーションに僕はどうしようもなく惹かれてしまう性質で、それもこの作品が気に入った理由のひとつ。

あ、ちなみに本作には世界貿易センターが健在なままで登場します。崩れてません。というかソ連もまだあります。けっこう昔の本なんだなー。

細胞知性と人間の対話やその説明では難解なところもありますが、これは「説明しやすいことばが準備されていない」ものを何とか既存のことばで語ろうとしているから、ということのようでした。「要するにスターチャイルド化ですね?」ってことぐらいはわかったが、正直言ってむずかしい話はちんぷんかんぷん。しかし、ちんぷんかんぷんでもそれなりに面白い。話の輪郭は把握できるし、わからないことがまたスリルでもある。物理が苦手な人も、詩的と言ってもいい怪文章そのものを楽しむだけで十分なのではないでしょうか。

燃える雪、そして沈黙の音楽。「ブラッド・ミュージック」で描かれる世界の終焉はとても美しく、きわめて静かに訪れます。しかも恥ずかしいほど感傷的なおまけ付きです。情け容赦なく人類を廃滅せしめた異種知性が、そういうことを(もちろん人情など介在しないとはいえ)人に許すというのが、殺伐とした展開のわりに和やかな後味を与えてくれてなんだか妙に安心。ごく普通の「一般人」の運命を、最後までねばって描いてくれてあったのも嬉しかった。
マスコミが実況中継したりしてガヤガヤうるさかった「幼年期の終り」に比べると、やっぱりこっちの方が僕好みな気がしますわ。

「ブラッド・ミュージック」グレッグ・ベア(ハヤカワ文庫SF)
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-24 14:34 | 本(SF・ミステリ) | Comments(2)
「狂骨の夢」京極夏彦
『空の旅のお供に京極堂!』

a0030177_21102864.jpgわけのわからんタイトルですが、由来は先日力説した通り。この作品も飛行機の中で読んでたものです。
いやー楽しかった。あの辞書並の重量感とゴツい厚みは、長旅の連れにはなんとも心強い限り。持ち歩きにはきわめて不便ですが。

さて、「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」に続く京極堂シリーズ第三弾「狂骨の夢」。今回のお題はフロイト心理学と多重人格です。いつも通り日本の風土文化に深く絡めて描かれる、夢と現実の間をさまよう不確かな狂気の世界、歴史のすき間に生まれた因縁に翻弄される人々の数奇な運命、そして背徳の香り漂う例のアレ。法的にいけないアレ。
そんな時の彼方に葬り去られた歴史の闇を暴いて見せるは、いかにも芥川然とした仏頂面の古書店主。本屋、神主、『拝み屋』という三つの顔をもつ男、中禅寺秋彦が、黒の着流し手甲脚絆に身を包み、人の心に巣食う憑きものをガシガシボロボロ落としまくる。

──人呼んで”京極堂”、その華麗なるゴーストスイーパーぶりはまさに平成の道満清明!
決め科白は「この世には不思議なことなど何もないのだよ」。
決めワザは榎木津パンチに榎木津キックに榎木津スープレックスホールド。


ウソ。でもちょっとホント。


本作は「姑獲鳥の夏」や「魍魎の匣」に比べればややおとなしい展開ですが、もちろん水木しげる系の妖怪うんちくを立て板に水の勢いで述べ立てる京極流マシンガントークは健在。伏せられていた事件のつながりが次々と明らかになったりトリックを解いたりする箇所も、なかなかのカタルシスでした。この快感は、水戸黄門でいうなら印籠→ひかえおろうシーンに相当するのでしょうか。

いわゆる「お約束」というのは、慣れてしまえば非常に気持ちのいいものです。一度味をしめてしまうと、そこから自発的に抜け出すのはなかなかに難しい。こういう「お約束」的な読書は停滞というか退行というか、とにかくあまり前向きではないとは思うのですが、まあいいか、気持ちいいし……と相変わらず欲望に流されっぱなしの自分が我ながらふがいなくもあり。
まあ、もともと読書に関してそんなに志の高い方でもないんで、このまましばらくゆるゆる京極堂ジャンキーライフを続けさせてもらえればと思ってます。

とりあえず京極夏彦が長旅の定番アイテムとして抜群の効果をあげてくれたのは今年の収穫だったぞマイマスター。


あとラストひとこと。

関口、ダメ人間すぎ。

「狂骨の夢」京極 夏彦(講談社ノベルス)
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-22 21:28 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
Fate/stay nightのランサー絵
どすこい自作絵あげ。
Fateの良心、ランサー氏を描いてみました。微量にベルセルクとか混ざってる気もするけど、男は細かいことを気にしない。
a0030177_13544686.jpg

なんでスレッガー調なのかよくわかりませんが、なんとなくキャラ的に近い気がしたもんで。

しかし、思えば不憫なキャラクターです。仕様で「ボエ〜」しか喋れないバーサーカーも哀れだが、そのボエーに対してすら噛ませ犬扱いのランサーはもっと哀れだろうなと。
凛とこいつとで力を合わせて強敵を倒す痛快な場面をつくるとかして、何か華をもたせてやってほしかったですね。ついでに凛の心がちょっとランサーに傾いたりなんかしちゃったりするとなほ良し。

と、微かな望みをFateファンディスクあたりに期待してみる。出るの?
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-22 14:46 | イラスト | Comments(0)
「ドゥームズデイ・ブック」コニー・ウィリス②
『ローシュさん、あなたに神のお恵みを』

a0030177_18421527.jpg号泣さ。ああ泣いたよ、悪いかこんちくしょぉ。ぐすっ。

「ドゥームズデイ・ブック」は、とても素直な作品です。定規のようにまっすぐな、人間への信頼に満ちた物語。弔いの鐘の音すら絶えた死の荒野を、足もとだけを見つめながら一歩ずつ歩いていく──その次の一歩を支えてくれる、松葉杖のような本。

大勢の人の死を扱った重い内容と聞くと、人によっては尻込みしてしまうこともあるかと思います。でも、できれば重さを恐れて避けて欲しくない。それに、単純なモラリティによりかかりすぎるとか現代パートがコメディ的すぎるとか、あまり軽々しく裏読みしてもらいたくない。技巧をてらわず淡々と紡がれたこの物語が「人間を描けていない」と批判することだけは、おそらく誰にもできないはずです。


14世紀に全ヨーロッパ人口の半分を死滅させたともいわれる人類史上最大の災厄、黒死病。その長い死の指は海を渡ってイギリスにまで達し、総人口40人の小さな村にも公平に訪れました。村には、21世紀からやってきた未来人の学生が一人まぎれこんでいて……。
彼女、キヴリンの務めは歴史の記録であって村をペストから救うことではなく、また救いたくてもその術がありません。それでも、短期間とはいえその時代の人々に混じって生きた彼女は、全力をかけて手の届くところにいる人を救おうとします。全てが徒労に終わり、自分が元の時代には永遠に戻れないと知った後でも、ただ粛々と。

ひるがえって現代。オックスフォード大学に端を発し、猛威をふるい始めたミュータント・インフルエンザに対して、隔離地域の中で孤立無援に陥りながら、被害の拡大を防ぎ一人でも多く助けるために奔走する人々がいました。
この二つは全く同じ構図です。暗黒時代も現代も、ペストも流感も違いはなく、そこにはただ災禍と戦う人間の姿があるだけ。違いがあるとすれば死亡率ぐらいでしょう。

使い古されたタイムトラベルの設定、病災というテーマ、そしてどこにでもいる普通の人々。千年の時をへて変わらぬものをどっかりと作品の中心に据えた作者の意図は、ここまで来てわかりすぎるほどわかりました。

直球勝負だったんです。

トリックもどんでん返しもなかったのです。技巧派として誉れ高いあのコニー・ウィリスが、これだけの大長編で、まさか何の小細工もなしに正面から人間讃歌をうたって来るなんて。これこそ一番の予想外でした。プロット的にはいくらでも複雑にできたはずなのに。
あえて策を弄さず、ただ真摯な筆致で順番に列記されていく数々の死は、シンプルなだけになおさら重い。

多少おおげさに「泣き」を強調している感はありますが、不必要に泣かせっぽくはなっていません。そのあたりの技術やバランスはやはり確かなものがあります。この辺の「悲劇」の受けとめ方は人によって様々だと思いますが、僕はどっちかというと、主人公として生き残る人間よりも脇役として死んでいく人間の方により強く感情移入してしまう質らしいので、常に絶望しっぱなしでした……。涙もろい人には大変な話かもしれません。でも、どうか長さと重さにへこたれずがんばって読み通して欲しいもの。
読後のカタルシスは保証しますから。
ただし、血だばー膿どばーな闘病記系や不潔な描写が生理的にダメな人はちょっと要注意。「火垂るの墓」ぐらいの痛さは覚悟しなければなりませんので、それ系のトラウマに弱い人も注意ね。

あと、いかにもコニー・ウィリスらしいのは、名だたるSF各賞を総ナメにしながらもSF的な性格がほとんどないあたり(笑)。タイムトラベルという設定はかろうじてSFっぽいものの、それも現代と中世を対比させるための方便的な意味合いが強いです。そういえば短編集の方でも、SF的なアイデアで斬新といえるほどのものは見当たらなかった気が。


技法面でちょっと補足。
さっき「直球勝負」と言いましたが、それはメインプロットについての話。よりミニマルな視点に立てば、小技はむしろ効きまくりと言ってもいいほどでした。たっぷりじらしておいてやっと古代言語の翻訳に成功するあたりの手管などはさっすがーという感じだし、村人が次々と病に倒れていくくだりでは、抑制を効かせた描写がかえって凄絶。

「お願いだからアグネスとロズムンドだけは助けてやって!神様おねがい!」と、半泣き状態になりながらなかば本気で祈りましたよ。

でもね、林檎がね……。こう、ころころって……。


「何を我慢してる……お前は今、泣いていい!泣いて…いいんだ!」

 シェリス───ッ!(違


はうあ、思わずスクライド汁が。ふきふき。


あと最後にひとこと。
コリン少年よ、おまえはタッスルホッフか!(ぺし

こんなくそ長い感想文を最後まで読んでくれた方、どうもありがとう。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-11-18 19:48 | 本(SF・ミステリ) | Comments(6)