<   2004年 09月 ( 25 )   > この月の画像一覧
「ジャッキー・ブラウン」クエンティン・タランティーノ
『110番街交差点で逢いましょう』

タランティーノの監督作品は、それと知らずに見たとしても音楽の使い方でまず100%わかってしまうという妙な特徴があります。好きな人には選曲も含めて非常に魅力的な演出なのですが、嫌いな人は大抵全く無反応。ただし、どちらにしてもあのセンスは独特で、簡単なようでいてかなり真似しにくいものらしいです。「タランティーノのような」と評される映画作家など、少なくともハリウッドにはほとんどいないでしょうし。
この「ジャッキー・ブラウン」でも、ベルトコンベア通路に乗って移動するパム・グリアーを延々と映しながら「110番街交差点」をたれ流すという、工夫したのか投げやりなのかどうにも悩ましいオープニングからして異彩を放っています。僕はかっこいいと思うけど、人にわかってくれとは言えません。そもそも何がどうかっこいいのか説明できない。困ったもんだ。

殺伐とした演出やすっとぼけた会話など、従来のタランティーノ節は本作でももちろん健在。その意味ではこの「ジャッキー・ブラウン」は安全株すぎるという感じで、衝撃度はそれほどでもありません。
それまでのタランティーノ作品と大きく違うのは、物語の構成をかなりシンプルにしている点。「パルプフィクション」のようにプロット間の頻繁ないったりきたりはなく、登場キャラクターもそんなに激しくイカレてはいません。さりとて「レザボアドッグス」のような、巧妙な時系列の倒置を使って収斂させていくというひねりのあるシナリオでもない。あのタランティーノにしては信じられないほどストレートな語り口です。時系列の逆転もほとんどなし。それでも、話がシンプルである点以外はしっかりとタランティーノ調で、コンゲーム的な面白さを十分楽しめる作品にはなっています。
音楽はやはり、さすがと言う他ありません。なんか70年代ブラックムービーやR&Bへのオマージュ精神が露骨なようです。その辺の詳しい事情は何も知らないので、ただBGMがかっこいい!としか言えないんですが。

俳優陣は豪華絢爛。特にロバート・デニーロ、出番はさほど多くないのに印象はかなり強烈でした。彼はタランティーノ作品の中では「異分子」かもしれないのですが、それだけによけい光って見えるような気がします。まあ、例によってブッ殺される役なんですけど。

タランティーノって「あっさり」殺すの好きだよなぁ……。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-29 16:51 | 映画 | Comments(0)
「鉄鼠の檻」ウホッいい京極
読んだ。一言でいうと、

『やらないか』

むはぁっ。

でもなんか、先日の京極二作品に比べてインパクトは弱くなってしまった気がします。同種の作品ばかりを続けて読みすぎたせいか、自分の読み方の方が勝手に自動化されてしまったようで。何事も慣れすぎはよくないですね。

ただし、怖いのだけは全然免疫がつかない。おかっぱ振袖の日本人形とか、イメージするだけでもむちゃくちゃ怖いです。あれはどうしてあんなにも根源的な恐怖を呼び起こすのでしょうか。夜の山道で等身大の笑う日本人形に追っかけられたりしたら、僕などはマジで発狂するかもしれません。それぐらい怖い。なぜだろう。なぜかなぁ?


「祈りの海」 G.イーガン
やっと半分ほど消化。物理用語が飛び交う説明部分はちょっと手強いけど、小説として言いたいことはわかります。基本的にはアイデア一発勝負の作品ばかりなんですが、問題意識の鋭さと小説的な出来の良さでガツンと来る感じ。個人的には前半の短編「貸金庫」「キューティ」「繭」「ぼくになることを」あたりがヒットですな。

「バジリスク 甲賀忍法帖」せがわ まさき
あの山田風太郎「甲賀忍法帖」の漫画化作品。ストーリー、シチュエーション等については原作をほぼ忠実に再現しているようでした。絵がかなり上手く、マンガチックな表現にしすぎていないのがいいです。
なんかTVアニメ化のプランもあるようですが、あの(自主規制)な忍術勝負をテレビでまともに描くのはちょっと無理ぽな気も。
制作は……GONZOか。がんばれGONZO。この原作なら、さすがに「ストーリーへぼい」とか言われずに済むでしょう。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-28 17:22 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
「予告された殺人の記録」ガルシア・マルケス
『倒したらすぐ刺す! それが鉄則だ!』

このおっさんは凄いですよ。シロウトの我々から見れば、この超絶技巧はもはや神技という他ありませんですな。ペン一本でここまでやれるのかと畏怖の念すら覚えます。

一言でいうと、南米の小さな町で起きた殺人事件を題材に、閉鎖的な南米小社会の人間模様を活写したルポルタージュ風小説。いかにもつまんなそうですね。
しかし、その構成テクニックたるや。
破壊的なまでに錯綜した時系列と入り組んだ証言によって、古い南米社会の底に息づくあらゆる感情がじわじわと浮き彫りにされていきます。さらに個人の感情だけでなく、人々の意識下でつながっている共通の情念じみたものがしっかり捉えられているようでもあります。沈滞、誇り、嫉妬、不安、諦観、祝祭感覚、連帯感、その他言語化不能のエトセトラ。(国も言語も違う我々にはそれをきちんと把握することは不可能かもしれませんが……)

闘牛の牛さながら、町の全住民に見守られつつ「公開殺人」の犠牲となった不運な男、サンティアゴ・ラサール。本人以外のほとんど全ての人々は、彼が今まさに殺されようとしている事を知っていて、誰かにその惨劇を防いで欲しいと本心から願っていました。にもかかわらず、言葉にのぼることのないコミュニティの総意としては、彼らの誇りを汚した他所者が無惨に殺されることをみんな望んでいたのです。本人が潔白か否かによらず。それは瓦解してゆく古い村社会がその結束を今一度確認するための一種の儀式であり、彼はまさに生贄でした。哀れなサンティアゴ。

殺人の瞬間がどのようなものであったか。そこだけは、誰の証言もありません。作品中の時間スパイラルは、「その瞬間」を軸にしてどんどん加速していきます。そして最終章、待ち望まれた惨殺劇の幕がついに上がる。スーパー・バイオレンス炸裂!まさにキタ━━(゚∀゚)━━!!てな感じでしょう。目眩のするような鮮やかさとおぞましさに彩られた、南米ならではの粘っこいリアリズム。崇高さ、けばけばしさ、性的な法悦感すら匂わせるクライマックスは、日本のうす味な小説には飽き飽きじゃという人にぜひ読んで欲しい。
そこまで読むのにけっこう骨が折れるかもしれないですが。


【補足】
マルケスのことを知らずにこの文を読んでくれる暇な人が、もし居たらですが……。

マルケスの小説は、キーワードで言うと「幻想」「滑稽」「残酷」そして「孤独」でしょうか。でも決して固苦しくはないはずです。むしろかなり笑えます。しかもノーベル賞ゲッターの名に恥じぬ超絶テクニックで、普通の人が到底やりそうもない奇妙なことを色々とやりまくっております。たとえるなら大江健三郎+荒木飛呂彦みたいな感じ。いやほんと。

興味がおありの方は、とりあえず「百年の孤独」を読んでみて下さい。ちょっと分厚いけど、適性検査としてはあれがベストかと。まあ、好き嫌いはともかく「こいつ頭イカレてんのか?!」という驚きは万人に等しく訪れるでありましょう。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-27 16:27 | 本(others) | Comments(6)
蒼天航路 クロニクルエディション②
「群龍目覚める」

名場面をいちいち数えるのはもうあきらめました。あまりにも多すぎるので。
強いて挙げるなら、孤高の老戦士・張奐の壮烈なる戦死、そして覇道への一歩を踏み出したその瞬間に闇討ちによって生涯を閉じた孫堅の最期でしょうか。

  あの方は この愚老に夢まで与えられたようじゃ
  今さらこの命を惜しんでおる
  願わくば 曹公の世を一目見たかった(張奐)

  今果つる時を迎えてみれば 何と悔いなき天命よ おお! 快なり!!(孫堅)


英雄譚の常かもしれませんが、やはり死に場こそがいちばん美しく、またはかないもの。

あー、あと矢を受けたときの夏侯惇さんのリアクションが凄かったな。どうなのよそれ?中身はほとんど水らしいけど。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-25 08:31 | アニメ・マンガ | Comments(0)
「グッドラック 戦闘妖精・雪風」神林長平
『愛・覚えていません』

「戦闘機械と人間のつきあい方」という、ひどく限定されたテーマを冷徹に追い続けたSF大作。そのこだわりは徹底してクールな作風に表れています。文体、登場人物、ストーリーに愛嬌や無駄な遊びはほとんどなく、ドラマティックな場面をそれらしく盛り上げようというケレン的な思惑なども感じられません(クライマックスだけは別ですが、むしろそれは作品全体から見て浮いています)。ストイックという褒め方もできますが、個人的な好みだけで言ってしまうと、文章的・物語的な快楽に乏しいこの種の小説は僕にとって苦手なタイプです。議論をしたいだけなら、小説なんかより論文とか考察とかいった形式でやればいいのにと思ってしまう。

ただし、発想そのものは面白かったです。
雪風は戦闘機であり、純粋な「戦闘機の論理」でもって人間に接します。もちろん世間話をしたりジョークを言ったりはしません。戦闘に関係ないものごとは彼(?)にとっては存在しないも同じだからです。雪風が意志表示をするときは、やはり機械らしい対話方法を用いて行います。ミサイルを撃ったりパイロットをコクピットから放り出したり、自爆したり。人間という生物も、彼にしてみれば「妙にアバウトなレスポンスを返す有機部品」とかそういう感覚なのですね。ここらのヒトと機械の世界認識の差は確かに面白い。

一方、他人や世界に対して異常に冷淡で無関心なパイロット・深井零は、そうしたぶっきらぼうな機械の意図を汲むことには長けています。彼はもともと機械に近い考え方しかできない、極めて機械寄りの人間でした。彼は機械との誤謬なき相互理解を切望し、雪風の流儀にしたがって対話することで、戦闘の中でのみ成立する機械と人間のパートナー関係を模索していきます。
それはただ生き残るためにやっていることですが、見方を変えれば、人間としては致命的に不完全な深井零が、自分の中の欠落部分を自覚したり自己と他者を相対化するための精神的なリハビリ行為とも解釈できます。その意味では、彼は雪風に近づきながらもそれを反面教師とすることで、かえって健全な人間になろうとしているのだとも言えそうです。
ただ、そうした効果があったとしても彼は自分の欠落を埋めようと熱心にはなりません。雪風同様、「戦闘」以外の価値観を持たないからです。戦争も謎の敵も人間も、深井零にとってはクズほどの価値しかなく、彼は単に「雪風と一心同体になりたい」と欲するだけの存在です。のみならず、それができれば雪風に殺されても後悔しないという人間です。そしてこの点では雪風もまた、深井零と全く同じモノなのですね。

「んじゃもう、勝手にすれば?」

というのが正直なところで……。神林長平は最後にフォス大尉の科白によって、端的にそれはだと結論しています。らぶ。そりゃちょっと安易なんじゃないかなぁ。

このテーマはやはり「戦闘」という特殊な状況下で一番はっきりと顕在化するものだし、そこでしか必要十分な議論ができない類のものでしょう。だからこの小説には戦闘に関連すること以外は本当に何も描かれていません。僕などはそれが退屈で仕方なかった。そういう趣旨の作品なのだから、こちらが文句を言える筋合いではありませんが。
読みづらい作品ではありました。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-25 08:26 | 本(SF・ミステリ) | Comments(4)
プラネテス 第10話「屑星の空」
『Please save Yuri』

毎週恒例、テレビ画面から50cmのお時間です。ヘヴィーな展開に続くクライマックスの緊迫ぶりに、思わず手は口元でぐーに!マンガでよくある、あのアワワワ状態ですね。ユーリには大気圏突入能力はないのにー!

プラネテスは心理描写にこだわりがあるなぁと常々思っていたのですが、これは微妙な人物の表情が丁寧に描かれているのが大きいんじゃないかと思います。拗ねたり嫉妬したり苛ついたり、という感情の度合いを「顔」で明確に表現するのは、とくにアニメーション形式では大変なことのようなので。大抵のテレビアニメ作品はそういう表現を最初から放棄しているのか、顔のアップですら単純化された無表情な止め絵が多く、それが意味するものを見ているこちらが想像で補うことを前提としています。そういうやり方ももちろんアリではありますが、やっぱり作品によりけりで。プラネテスの場合は、明確な感情表現が作品の力強さにつながっているように思います。素直でいいなぁー……と。

素直じゃない例は……「NOIR(ノワール)」とか?
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-23 10:00 | アニメ・マンガ | Comments(0)
「魍魎の匣」京極夏彦
『ミステリの価値は細部に宿る』

貪り読みました。けだものの如く。新書判で総ページ数700頁、字数にして50万字を二〜三日で読了。しかもFate/stay nightをやりつつ。我ながらかなりの強行軍だと思う。
人間だれしも、度の過ぎた快楽に対しては背徳感というブレーキがかかるものです。その意味で、僕にとってこの「魍魎の匣」は背徳ブレーキかけまくりな作品でした。本を読んでてあんなに歯止めが効かなかったことも近頃珍しい。ただし、この方面に免疫がないため、目新しさに振り回されている感はあるかもしれません。

長い間、ミステリ小説の価値は種明かしの意外性にあると思っていました。もちろん他にもいろんな要素がありますが、基本的にはミステリとは謎解き小説として定義されるはずのものです。だから事件の真相がわかればそれでおしまい。トリックの意外性などにあまり興味のなかった僕にとって、それは退屈なパズルのようなものでした。怨恨とか金銭欲とかいったありふれた動機なんて、わかったところで面白くも何ともなかったし。けれど、世の中にはそう単純ではないミステリもあって、しかもそれがかなり面白いらしいということに最近ようやく気づきつつあります。

人間は、秘密があるとそれを暴きたがるものです。そしてミステリは「秘密を暴きたい」という欲望を充足させる小説です。これは今も昔も変わりません。
僕の知っている昔のミステリでは、秘密とはシンプルな動機とトリックでした。一方「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」は、動機やトリックそのものよりも、その背後にあるものを説明することにこだわる小説です。京極作品は、「殺人の理由」ではなく「理由が成立した原因」にまでさかのぼって、さまざまな視点からそれを解剖していこうとするのです。たとえば歴史的・民俗学的な背景、異常と正常の区別がつかない人間精神の暗部、現代社会にしつこく残る差別や偏見、人間の尊厳や科学の限界などなど。量子力学まで持ち出してきたときはどうしようかと思いましたが。
これらは単純に事件の真相を知るためには無駄な寄り道とも見えます。でも僕にとってはその細部こそが面白い。はっきり言って「犯人なんか誰でもいい」と本気で思っていました。そんなどうでもいいものは放っといて、いつまでも京極堂の弁舌を聞いていたかったと。こんなミステリはおそらく初めてです。
ただし、「理由の原因」の部分を探求していくと、ミステリ的に明確な答えは出しにくくなっていきます。殺人の動機だって突き詰めれば結局は偶然の産物であり、最後には「太陽が黄色かったから」みたいな領域に入ってしまいます。それはそれで面白いのですが、白黒はっきりさせないと収まらないのがミステリの困ったところで。まあ、その辺りは上手くバランスが取れていました。さすがプロだ。

「魍魎の匣」の凄いところは、これだけのことをしておいて、なおかつ小説としての快楽性が徹底的に追求されている点でしょう。旧かなづかいを多用した古風な文体、戦後初期という時代へのノスタルジー、猟奇的な題材による非日常的な恐怖、意外なほどベタな人情ドラマ、その他実験的な表現の数々……。
「細部が面白い」というのは、手法や視点だけでなく、文字通り「文章のひとつひとつが面白い」ということでもあります。ミステリでここまでディテールを読ませてくれる作品を、僕は今まで見たことがない。こういう例は他にもたくさんあるんでしょうか。だとすれば、ミステリ全般に対する僕の固定観念を本気で改めなければならなくなりそうな気配。

とりあえず「鉄鼠の檻」も既に入手してあります。これはやはりハマったというべきなのかなあ。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-23 09:52 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
ふぇいと/すていないと Fate/stay night
『おじいちゃんが おじいちゃんが』

逃げてー!
ま、ひとことで言うなら、剣と魔法と………蟲。
やめれってば。蟲はダメだってば。

ノベルゲームの枠に限定すれば、出来ばえはおそらくトップクラスなのでしょう。時間のかかるゲームを始めると大抵は長い「倦怠期」を挟むことになる僕ですら、この膨大なテキストを毎日こつこつ読み込み、10日とかからずに読み終えてしまいました。自分でもちょっと驚き。
ただ、これは平行して読み進めていた京極夏彦の空気の濃さに引きずられたせいかもしれません。なんか伝奇スイッチが力いっぱい入っちゃって。ちなみに自分内ランキングではもう断然京極圧勝なのですが。まあ土俵の異なる作品同士ではそもそもフェアな比較など不可能ですし、ここは素直にFateの健闘を称えておきましょう。

【手がたい。】
この手の商品はユーザー層をかなりせまい範囲に限定しますが、その価値観に沿ってわかりやすい例えを用いるならば、Fateは要するにパワーアップ「月姫」(※1)でした。本質的な要素は不変のまま、音、画、インタフェースなどにおいて同人作品レベルに留まっていた前作の質をプロメーカーレベルに引き上げたというところ。制作者の狙いが「月姫」でつかまえたファンを確実に再捕獲することだったとすれば、その目的は完全に達成されたと言えるでしょう。もちろん、違うことをやりたかったけど開発予算がなくてシステム周りがタダ同然のデジタルノベルしか作れなかったのかもしれませんが。
はっきり言えば、冒険性はゼロということですね。その手堅さはすばらしい。賞賛に値します。

内容に関しては、今さら多くを語る必要もない気がしています。商品としてではなく、純粋に小説的な質の向上とみなせる点もたくさんありましたが、作家・奈須きのこの手札の多くは「月姫」と「空の境界」で出揃っていたようです。今回が劇的な飛躍というわけではありませんでした。こうなると、読者の満足度は「クオリティの上がったその部分が好きか嫌いか」という一点のみに左右されます。個人的な感想をいえば、「基本的には好きなんだけどオーバードース気味」という感じ。ボリュームの大きさがかえって仇になったというか、どのストーリーも判で押したように同じノリなのに、この量はさすがに多すぎるだろというか。

More
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-20 18:56 | ゲーム | Comments(0)
「Hello, world」 ニトロプラス
『ノスタルジー駆動体』

世界の終末が好きです。
なんでかわかりませんが、妙に好きです。
文明が奇麗さっぱり滅びて地球には瓦礫と海だけが残り、ぽつぽつと人が居たり居なかったりして、所によっては北斗の拳状態で。そういう世界を夢想して陶然とすることが、今でもごく稀にあります。

同じことを考える人は昔から居たのでしょう。世界の終わりを扱った小説や映画はけっこう世の中に存在していました。子供の頃、「トリフィド時代」「渚にて」などのカタストロフィSFを、図書館で何度も借り直して読み返した覚えがあります。映画「AKIRA」のラストシーン、東京の大崩壊にも憧れました。自分もバイクであの無人のハイウェイを走ることができたら、どんなにか爽快だろうと。「地球の長い午後」「グレイベアード」ですら、僕には魅力的な未来と感じられたのです。

あの不可解な渇望の正体はいったいなんだったのか。
心理学者じゃないのでわかりません。
でも無理やり論じてしまうのです。
何しろブログなので。

More
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-20 12:00 | ゲーム | Comments(3)
リバーダンス ライブ・フロム・ニューヨークシティ
DVD 『Riverdance Live from NYC』

「物珍しい」と言ってさらっと流すには、いささか衝撃が強すぎるパフォーマンス。初めてこのDVDでリバーダンス・ミュージカルの映像を見たときは、例に漏れず僕も( ゚Д゚)ポカーン状態でした。クライマックスで疾走する曲に乗せて踏まれる怒濤のタップシーンは圧巻。
しかも、驚くべきはパフォーマンスだけではありません。小さな島国の伝統芸能がそこまでのセンセーションを生み、世界中のシアターを席巻してしまったという事実もちょっと先例がないらしい。ショウアップされ、エンターテインメントとしての華を与えられたおかげとはいえ、元はといえば日本の獅子舞や盆踊りと同じようなものなのに。しかし盆踊りではさすがにブロードウェイのホールを連日満員御礼にするのは無理っぽい。やはりアイリッシュダンスには、欧州の文化圏に強くアピールする大衆芸能としての魅力があったのでしょう。

ここでのリードダンサーはジーン・バトラー。アイリッシュ・ダンスの世界チャンピオンだそうで、軽妙なステップと白人ならではのスタイルはちょっとホンモノの妖精の趣すらあります。相方のコリン・ダンは、なんてーか……笑えるパフォーマンス。いや、凄いテクなのはわかるんだけど。達人マリア・パヘスの闘気が出てそうなフラメンコも、大御所ビル・ウィーランの作曲も良いです。大衆的と言っていいベタな派手派手しさですが、やはり口ずさみたくなる華があります。「Riverdance」は燃える。もう激燃える。
あと、見方によっては、ちょっとばかりえろい印象の演出もあったりなかったり。まあ「セクシー」として十分に大衆芸術の範囲に収まるものでしょう。もちろんリバーダンス本来の見どころはそーゆー所ではなく、スピード感あふれるタップの妙技です。背筋を伸ばし、輪を描いて駆け回る様はあたかも闊歩する馬のような躍動感。

もしかすると、楽器も存在しなかったはるかな古代にケルト人たちが喜びを表すために踊ったダンスは、自分の脚で地面を踏みならすことから始まったのかもしれません。そして騎馬民族であった彼らは、生活の友である馬たちの疾駆する様をまねて駆け回っていたのかもしれません。
無論、リバーダンスでのタップはエキスパートによる高度なもので、昔からそんな技術があったはずはないです。しかし根源的な部分では、あのタップスタイルはもともと馬に乗ることの象徴ではなかったのかなぁ、と想像してみたりするわけです。その方がなんか夢があるし。
いや、本当はきっと全然違うんだろうけど……。

ふと疑問が湧いてきました。トラディショナル・ダンスにおける「身振り手振り」の起源って何だろう。盆踊りのあのバカっぽい振付けすらも、何かの象徴なのか?

謎は全て解けない。じっちゃんの名にかけて。
[PR]
by umi_urimasu | 2004-09-14 18:27 | まぞむ | Comments(0)