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すぱしーば、はらしょー
『十兵衛ちゃん2 シベリア柳生の逆襲』

デ、デカルチャー……。

ちょっと本気で感動しました。ここまでやれるのか、リミテッド演出って?!
あなどってた。省エネなどというレベルをはるかに凌駕した、異常に洗練されたテンポに驚愕。原作・脚本・監督は大地丙太郎氏。気になるお人です。

素人でも容易に想像できることですが、アニメーションで人物に芝居をさせるのはとても手間のかかる作業らしいです。だからTVアニメでは特に、小さな動きなどを極力省略して可能な限り静止画ですませるという演出方法が工夫されてきました。日本のアニメ制作スタイルのネックともいえるリソースの貧困を補うために発展した方式なのでしょう。しかしこの作品に詰め込まれているのは、そんなネガティブな成因など微塵も感じさせないとぎすまされたテクニックの集大成です。
基本的な手法は、急加速と急停止のくり返し。それ自体はありふれた省エネの発想ですが、切れ味の良さが半端ではありません。めまぐるしいカット割りで勢いをつけ、絵、音、声、言語、実写映像、各種一発ネタ、その他考えつくありとあらゆるギミックを織り交ぜて畳みかけ、そして何事もなかったかのように一瞬でドラマ本編へと回帰し、悠々とストーリーを進めていく。省略と誇張によって作られるテンポそのものが快感となるように計算されているかのようです。かと思えば、いざという瞬間には今まで節約した分を投げうってダイナミックなカメラワークで動かしまくることも辞さない。
こうした対比の技術が、大多数の省エネ型TVアニメでも同じレベルで使われているのだとすれば、僕の目はフシ穴だったということになります。が、おそらくここまで技巧に長けた例はそれほど多くないと思う。
ただし、人によっては「めまぐるしすぎる」と感じるかもしれません。確かに、過剰なハイテンションギャグにちょっとついてくのがつらいかなー、という所もありました。個人の好みの問題ですけれど。

リミテッドアニメーション演出の肝は、「個々の場面そのものではなく、場面と場面との間の『落差』で見せる」という発想ではないかと思います。絵をフルタイムで動かせないなら動かせないなりに、「間」で見せる技を磨きあげるアイデア勝負の世界。そういう工夫の部分に面白みを感じたことは今までほとんどありませんでしたが、ここまで徹底されればいやでも目が行きます。結果として、この「十兵衛ちゃん2」は、個人的にとても新鮮で価値ある作品となりました。

ストーリーはシンプルな、いわゆる親子の絆の王道ドラマ。後半ではかなりシリアスに偏重していくものの、瞬発力のあるギャグのおかげで救われています。そして、描くべきところはそれなりに時間を取ってきちっと描いてくれました。最終回は泣けます。おそらく前作(『ラブリー眼帯の秘密』)を見ていればさらに泣けるはず。

時代設定は少し独特でした。明らかに現代よりも古い。携帯もポケベルもなかった時代、昔なつかしい昭和の田舎を舞台にしているようです。設定としては1970-80年代ぐらいかな。あんみつ屋とか裏山とか、皆で放歌高吟しつつ下校したりとか、バンカラガキ大将とかその手下共とか剣道部のヤサ男っぽい御曹子とか。これって、何かデジャヴを感じるなー。何だっけ。二階堂? ま、そんな感じかも。たぶん古き良き時代の学園コメディを意識したんでしょうかね。

なお、より的確なレビューはこちらのサイトに。本来は守備範囲外だった「十兵衛ちゃん」のような作品を見てみようと思ったきっかけもここ。自分で良質なアニメーション作品を探す根気は全くないので、こういうのがあると非常にありがたいです。
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by umi_urimasu | 2004-07-29 09:33 | アニメ・マンガ | Comments(1)
デモンベイン、ショーターーイム! アクション(嘘
『機神咆哮 デモンベイン』

毎晩やってます。ああでも終わらない……。とりあえず第一印象を。

鋼鉄の巨大ロボを駆って悪の組織をぶっ倒す二枚目半な正義の味方、暴走ギャグとうるさい萌キャラとインチキくさい魔法科学。発想的にははっきり言って下の下です。だがそれがいい。
「基本がギャグ」というパターンは、あまりヘヴィな物語を求めないユーザーにとっては魅力的なものでしょう。そうした要素は以前のニトロプラスには全くといっていい程ありませんでしたが、今回は新しい作家を起用してギャグ不足をきっちり補ってくれています。しかもハロワを越えようかという大ボリューム、さらに豪華声優陣を擁してのフルボイス化。つーか若本規夫さんが! ぐはぁ。ともあれ天晴れな勝負魂です。このゲームによってニトロはかなりの新規ファン層を掴んだはず。

デザイン、キャラクター造形、音楽、どれもあえてコテコテのお約束を狙ったものでした。その方向性を意図的なものと納得した上で評価するなら、いずれもクオリティは十分です。特にスーパーヒーロー主題歌系のテーマ音楽は、決して野暮ったくなってはならないという要求に応えつつ「燃え」を維持してます。巧い。演出に関しては、所詮は紙芝居にすぎないという限界も見えていますが。
テキストに関しては、一般性を欠いた表現が多少気になりました。おそらくシナリオ担当者がネットで書いている人なのでしょうが、「〜してる模様」とか「激しく鬱」とかいったネット慣用句の多用にはやはり抵抗を感じます。ネタとして機能しているわけでもなく、特に共感を求めるわけでもなく、単に浮いてるだけ。「ネットではよくあるフォローの仕方ですよ」という無意味な主張であり、全く無駄なレトリックだと思うんですが。
しかし一方で、さりげなく際どい所を突くパクリネタはネット的な悪ノリが通用する場ならではの面白みとも言えます。ギターミサイルなんてまんまデスペラードだし。いいのか?

キャラクターの中ではやっぱりアルがご贔屓。萌えとかはどうでもいいが、ツッコミが可愛い。

PS2版のウリはやはりフルボイスでした。声優陣の熱演が好印象、というかそれで保ってるという気がする。いかにもスパロボ系らしく、ロボットを呼びよせる時にはちゃんと決めセリフがあったりして、言い回しもなかなか燃焼系。

憎悪の空よりきたりて
正しき怒りを胸に
我等は魔を断つ剣を取る
汝、無垢なる刃ーーデモンベイン!!


燃えます。ピンチの時に九郎とアルでハモったりなんかすれば二倍増しで燃えます。さすがプロですね。
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by umi_urimasu | 2004-07-20 23:33 | ゲーム | Comments(1)
我はこの一弾に賭ける修羅
『リベリオン』 equilibrium

ガン=カタ。GUN=KATA
それに尽きます。

ここ数年の間に見た中で、もっとも衝撃的なアクション映画といえばこれ。とりあえずガン=カタ最強。誰が何と言おうと最強です。まさに腸ワタがよじれる爆笑必至の銃撃武術。この視覚的インパクトの凄さは、実際にビジュアルとして目の当たりにしなければ決してわからないでしょう。
特にクライマックスの銃+剣アクションは爽快すぎます。これをアメリカ人が作ったのだとはどうしても思えない。

自分が歌舞伎やチャンバラの文化をベースに持つ日本人だからか、僕はアクションにおける東洋的な「型」の表現や抑制の演出に強いカタルシスを感じてしまう質なのですが、それは所詮東洋的な美学の範疇だとも思っていました。西部劇の遺伝子を組み込まれた外人さんに、そんな繊細さがあるわけないだろうと。しかし、それはやはり偏狭な島国コンプレックスでしかなかったようです。鉄砲をまるでトンファーかヌンチャクのように振り回し、草でも刈るように近接戦闘で敵をなぎ倒すという映像的な発想が、東洋ではなくアメリカから出てきたということーーそしてそれを最大の見せ場として娯楽映画に取り込めると証明されたことが、衝撃でした。やられた、と思ったよ。

ガンアクション映画において、「銃を撃つ時にポーズを決める」という表現はリベリオン以前にもあったはずです。中には時代劇で言う所の「見栄を切る」に相当する表現を試みた映画もあったかもしれません。例えばジョン・ウーとか。だとしても、ここまで徹底した作品はおそらく史上初でしょう。
時代劇の殺陣に見られる特徴として、静から動へ移る対比の強調やテンポへのこだわりなどがあげられます。しかしそれはあくまでも剣術の話であり、銃を撃つのにいちいち見栄を切るというのは本来あり得ないウソっぱち描写です。その嘘を、「リベリオン」は臆面もなくやりおおせてしまいました。時代劇とカンフーの呼吸をガンアクションにそのまま持ち込み、時代劇的なタイミング演出の手法さえもそのまま利用することによって、様式の美しさを損なうことなく嘘を押し通すことに成功したのです。
一歩間違えば単なるアホです。いや、間違ってなくてもふつーにアホかもしれません。でも、映像的な衝撃の大きさだけは本物。

物語としては「1984」や「華氏451度」の凡庸な焼き直しにすぎません。SF的な設定もかなりゴマくさい代物でした。けれど細かいことをとやかく言うのは野暮というものでしょう。華麗なるガン=カタ描写によって、手垢にまみれた古典SFは、かつて誰も見た事のない斬新なアクション映画へと姿を変えました。我々にはそれだけで十分でした。
正直、CGもへぼいです。低予算なのがバレバレだし、技術的にはマトリックスの足下にも及びません。しかし逆に言えば、劣っているのはCGだけ。演出による抑制と、緊張の頂点で静から動へと爆発する瞬殺アクションのカタルシスにかけては、マトリックスなどは『リベリオン』の足下にも及びません。この手の表現にかけてはこだわりがあるはずの日本の時代劇でも、これ程の爽快感はそうそう得られないと思います。
とりあえずB級ガンアクション好きは必見。そして燃えるストーリー展開のピークで炸裂するガン=カタに酔え。それからおもむろに、無茶なストーリー、破綻しまくりの設定、その他多くのアホな箇所にツッコミを入れてください。

ちなみにマルドゥック・スクランブルを読んでた時も、頭の中にあったのはこの『リベリオン』でした。銃弾ガードはさすがに無理があるけど。マルドゥック・スクランブルをもし映像化するとしたら、こんな感じになって欲しいという実例。
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by umi_urimasu | 2004-07-19 14:45 | 映画 | Comments(2)
ぶっ殺し帳面ですの。ぱぎゅう。
DEATH NOTE 第二巻

狩る者と狩られる者の冷えきった心理戦がめっぽう面白い。これ本当に少年ジャンプか? と疑ってしまうような異彩を放ってます。シンプルだが絶対的なルールのもとで、いかに敵の思考を読み、出し抜き、陥れ、破滅させるか。互いに直接相手に手を下さず、一滴の血も流れませんが、これは明らかに殺し合いです。電脳戦でも鷲巣麻雀(笑)でもなく、誰にでも理解できる現実的な手段だけで戦う、「いかなる暴力も介在しない、『現実的な』殺し合い」。これをマンガで表現したのって、もしかすると非っ常にレアな例ではないでしょうか。
あとは、人間描写をどう締めるのかが気にかかる所。今のところ(第二巻)、ほとんど主人公の狂気には触れずに流しているようですが……。それなしではさすがに終われないと思うし。現代社会という檻の中では、たとえ書・即・殺のデスノートを手にしても、夜神月はあまりにも不自由な絶対者です。彼はきっと神になどなれないでしょう。彼がどこまで逃げのびるか、やがて友人や家族までもノートの餌食にしなければならない程に追いつめられた時、彼はいったいどうするのか。その辺はおそらく、ラストの落とし方に全てがかかってくるのではないかと思われます。それが大きな危険でもあり、同時にスリルでもある。
それにしても、まさか少年ジャンプでこんなのが出来るなんて本当に予想外だったですの。ぱぎゅう。

ぶっ殺し帳面ネタの初出はこちら


あと、全然関係ないことですが、ついPS2版デモンベインを買っちゃったですの。やるぞお。
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by umi_urimasu | 2004-07-16 16:25 | アニメ・マンガ | Comments(0)
プラネテス #01
プラネテス 第一話

うはー( ゚д゚)レベル高いなぁ……。
最近目にしたTVアニメの中では断トツかも。谷口悟朗+大河内一楼+千羽由利子 in サンライズと来れば、僕の中ではほとんど最強の布陣です。しかしそれにしても予想以上の仕上がりでした。やはり国営放送の御威光って奴なんでしょうか。
こんなのを毎週タダで見せていただけるとは、ほんとにありがたいことです。すぱしーばNHK。これで視聴料取りたてに来なければ言うことないのにね。

時間帯としては連続してるので「十二国記」もついでに拝見。やんぬるかな、1%すら理解できませんでした。

ともかく「プラネテス」と、現在フォロー中で個人的に好評価の「十兵衛ちゃん2」とで動画系はしばらく充足しそう。
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by umi_urimasu | 2004-07-15 18:20 | Comments(2)
アニ寸
寸評。TV放送中のはなぜか辛め。

■蒼穹のファフナー 第2話
[微妙] こ、こいつはー。これ見ると、エヴァの「ツカミ」がいかに強力だったか良くわかりますね。この先ずっとこんな調子だったらどうしよう。

■十兵衛ちゃん2 シベリア柳生の逆襲
[良い] ちょっと前の作品ですが、今DVD見てるので。これはかなりの当たり物件。リミテッドアニメ技法がめちゃくちゃ冴えてます。

■絢爛舞踏祭 ザ・マーズ・デイブレイク 第15話
[微妙] 少々おとなしすぎでは。キャラクター同士がちっとも相互作用しないので、いっぱい出て来る意味があまりないような。ビバップか、せめてキングゲイナーぐらいの元気が欲しい。

■ケロロ軍曹 第15話
[ふつう] ガンダムネタがけっこう危ないと聞いてましたが、実際かなり人を食ったものが多かった。「なんだかとても眠いんだ……パトラッ(ピー)」にはさすがに笑わされました。でもギャグ以外は無難路線。

[期待]
プラネテスが今日から地上波放送開始。
蒸気少年もそろそろ公開。
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by umi_urimasu | 2004-07-14 18:56 | アニメ・マンガ | Comments(0)
神保町のいちばん長い日
『R.O.D. READ OR DIE the TV』

「序盤は面白い」との風評通り、なかなかにこだわった作り込みでした。というか第一話は何だありゃ。動く動く。飛んだり跳ねたりの派手なアクションが、TVアニメとは思えない程にゅるにゅる動きやがります。宮崎アニメみたいにリアルなタイミングのモーションではないけれど、むしろその不自然さがかえっていい演出になっている感じ。
アニメーション形式ならではのアクロバティックなアクション、ダメ人間ぶりを遺憾なく発揮してくれる読書狂たちの日常、平和な生活の端々に見え隠れする陰謀の影。そして、いやがおうにも伝説のエージェント「ザ・ペーパー」の再登場を期待させる大量の伏線。非常にわくわくさせてくれました。

アクションだけでなく、物語の語り口にもこだわりが見られます。基本は探偵サスペンス+居候コメディなのですが、コメディであっても会話や芝居はむしろ写実的に描くというのが特徴。ギャグひとつをとっても、キャラクターにはふつうの演技をさせる場合が多く、TVアニメでよく見かける類型的なシークエンスはあまり使っていません。(類型的:オーバーな動作やツッコミなどをテンポよくつないで「オチましたよ」とはっきり区切りをつけるやり方のことね) そういう場合もあるにはありますが、不必要に強調したりはしてなかったですね。それよりも、わざと素で流してドラマの連続性を止めないようにしているという印象を受けました。これが、居候コメディにしては妙にリアリティを感じる原因だと思う。
人間誰でも、普通の生活の中ではマンガじみたドタバタなんかにいちいち本気で付き合ったりしないものだし、ツッコミなんて面倒なことはお笑い芸人でもない限り実際にはまずやりません。素で流す方がはるかに自然です。三姉妹(というか主に姉二人)の体を張ったボケに対するねねねの冷淡な反応は、この辺の空気を実によく表しています。TVアニメのコメディ描写のほとんどが、極度にパターン化されたボケ=ツッコミ=オチの連鎖だけで成立していることを考えると、これって実はけっこう貴重な作品なんじゃないか?などと思ってしまいました。

ただし、これらは全て、第5、6話ぐらいまでに限っての評価です。その後がダメだった……がく。
中盤以降、徐々に初期のバランスは失われていきます。コメディ要素が全く消え、毎回毎回ダークなサスペンスだけで塗りつぶされていくR.O.D.を見るのは正直つらかった。しかも話が進まない。鬱な展開でじらし続ける方法が必ずしもダメとは言いませんが、週30分の分割形式であるTV放送には向いてないのを承知であえてこういう構成にしたのだとすると、結果はやはり厳しかったと言わざるを得ないようです。序盤は良く動いていた作画も、後半では見るも無惨なよれよれ状態に。
まとめて見てもこのストレス。リアルタイムで放送を追っていた人は相当きつかったことでしょう。もう少し明るくやれなかったのかなぁ、というのが偽りのない感想。

しかし、そこまで崩れたとしても、それでも前半だけのためにこの作品を見る意義は十分あったと評価します。非現実的なアクションとリアルな日常コントの対比、「絵を動かす」だけでインパクトを与えるアニメーション本来の力、そしてアニメ史上屈指のこだわりを見せた神保町描写。いや、屈指も何も世界唯一だろうな。
残念な結果に終わったことを惜しみつつ、楽しめる所は楽しむという懐の広さでまいります。

しかし読子さんはアレですね。実にアレです。というわけで行きましょう。
読子のCVは俳優・タレントの三浦理恵子氏。話題性を狙って、声優が本業でない人をCVに起用するパターンは時々見かけますが、それでここまで完璧に声がハマっているキャラクターも珍しい。天然系で多少つたない読子の口調は、いったいどこまで演技なんでしょうか。完全にコントロールされた演技だとしたら、かなりのテクニックじゃないかと思います。
末っ子アニタの声の演技(CV: 斎藤千和氏)も目立ってました。ちょっと舌足らずできかん坊な感じが良く出てて、キャラクターイメージが声で作られていたという好例。アニタのみならず紙使いの三姉妹はかなりいいキャラクターだったので、その分余計にストーリーの停滞が惜しいです。このメンバーで、もっとバランスの取れたOVA版に近い感触の作品をどうにかして作って欲しいなぁ。ダメかなー。
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by umi_urimasu | 2004-07-13 17:45 | アニメ・マンガ | Comments(2)
世界の中心で○を○○だ○○○
『少年と犬』 ハーラン・エリスン

あー、伏せ字に深い意味はありません。「きっと殺人狂の文房具に削除されたんだな」ぐらいに思っといてください。


もし、ここ数カ月の間に、よく似たタイトルの著作がベストセラーになったおかげで「世界の中心で愛を叫んだけもの」の売れ行きが増加したという統計が得られているとしたら、個人的にはちょっと嬉しいことです。ハーラン・エリスンの同短編集は、僕がこれまでに読んだ唯一のエリスン作品集で、そして同時にオールタイム・フェイバリットの一冊でもあるので。単純にファン心理で嬉しいんです。収録されている「少年と犬」などは、もう何度読み返したか覚えてません。文庫本を無くすたびに、また新しいのを買ってしまうぐらい好きです。

ブラッド、好きだー! 大好きだー!!はぁはぁ。

エリスンの短編は、外面だけ見ると「ベタ」と言っていい古風なSFで、ありきたりすぎて落胆しかねません。文体は鋭いものの、基本的には懐かしいペーパーバックSFの匂いをぷんぷんさせたオールドファッションドなSF世界です。
けれどもその中に、ほんのちょっぴりですが、恐ろしい切れ味の刃が潜んでいます。これが、退屈なSFぶりに油断している読み手にぐさりと刺さるという仕掛け。その隠し刃とはすなわち、暴力。

わかりやすいたとえで言うと、まず星新一のショートショートシリーズを思い浮かべてください。次に、あのノリはそのままで、オチだけ「バトルロワイアル」にしてください。エリスンの一丁あがりです。
そのドライで鋭利な文体を用いてあえて古くさいSFの舞台装置を再現することで、かえって暴力性が極度に強調される。この相対的効果がエリスン作品の衝撃の源(のひとつ)ではないかと、個人的には思ったりしています。

本気かジョークか、ユーモアかシリアスか、どういうスタンスで書かれたかによらず、暴力と愛というテーマはエリスン作品にほぼ一貫しています。そして、この方面でおそらくもっとも尖った実験例が表題作「世界の中心で愛を叫んだけもの」。
色々な解釈ができますが、ごく簡単に言えば「自分さえ、自分の知人さえ、自分の世界さえ平和になれば、他の全ては不幸でもいいのか」と、愛の範囲を問うた作品であると思っています。それもエリスンならではのアグレッシブな手法で。もし天国をひとつだけ作ることができたとしたら、そこ以外の全宇宙は地獄になるという絶望の未来図は、「汝の隣人を愛せよ」とのたまうスケールの小さな神に対する彼なりの宣戦布告とも取れます。むごたらしいアメリカの現実から外宇宙の果てまでをまるごと包含してしまうという発想も凄い。決して大胆なだけの実験作ではありません。SF好きというマイノリティだけでなく、もっと多くの人々にその価値を問われて欲しいパワフルな作品です。
そんなわけだから、世界の中心でなんとやらいう別の小説がベストセラーになってくれて、個人的にはちょっと嬉しいわけでして。売り上げが伸びたかどうか、本屋の人に聞いてみたいなぁ。

「少年と犬」は心の名作。これはもう、地団駄踏むほど好きですから。過去に一度映画化されたらしいんですが見てません。というか日本でアニメ化を切望します。もちろん無理でしょうけど。もし映像化するとしたら、ぜひ大友克洋にやらせたい。かなりタガのゆるんできた今の大友克洋じゃなく、AKIRAのときのように残酷なドライさで。ぜひぜひ。個人的にはブラッドのイメージはシベリアンハスキー系かシェパード系なんですが、どうでしょか。

ちなみにこれ、四、五回読み返してからやっと「え、食ったの?!」と気づきました。
ニヴッ。


愛って何か知ってる?

ああ、知ってるとも。

少年は犬を愛するものさ。
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by umi_urimasu | 2004-07-12 14:42 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
ひとりでできるもん
『雲の向こう、約束の場所』

「ほしのこえ」に続く、新海誠のCGアニメーション映像作品です。まだ公開前でPVしか見られませんが、精緻なCG描写には目を見張りました。人物の作画などはまだまだ荒いとはいえ、これでも個人制作らしいです。じゃあ何億円もかけている大手制作会社のアレはいったい何なんだ、とため息のひとつも出ようというもので。かけた予算とその成果は、なかなか比例してくれないらしい。
PVを落としたい方はこのへんから。

しかし便利な世の中になってきたんだなあ、という感慨があります。ジブリやI.G.のようなビッグブランドだけに任せておかなくても、作りたいものがあれば自分でちゃっちゃと作ってしまえばいい、と。そうやって裾野が広がってこそ、表現の幅も広がり多様性も上がり、やっと小説や映画に肩を並べることができるようになるのでしょうし。

というわけでついでにこれ。

『URDA』

世界大戦中のソ連にタイムスリップした近未来のスペースシャトル乗員たちが繰り広げるアクションを描いた3Dアニメ作品。これもロマノフ比嘉氏という方による個人製作らしいです。大分前になりますが、PVと本編を二、三話分見た限りではかなりサマになっていました。メタルギアソリッドを彷佛させるアクションのセンスもさることながら、音楽や効果音などにかなり気合が入っていて、相当な迫力。アクション好きでロシヤ好きでWW2好きな人にお勧め。
見たい人はこのへん
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by umi_urimasu | 2004-07-10 17:09 | アニメ・マンガ | Comments(2)
白鳩が飛びそうで飛ばないむず痒さ
『俺たちに明日はない』

1967年。
1930年代のアメリカ南部、大不況や何やらで世情不安定だった時代の物語。銀行から銀行へ、強盗を繰り返し刹那的な生活を送るならず者たちの転落のドラマです。
面白いのは、成りゆきで追われる身になってしまった彼らの焦躁や確執が何度も生々しく描かれる一方で、軽快なカントリー音楽に乗って長い道を疾走してゆくといった爽快なシーンもしつこく再現されるという演出。彼らに旅路を楽しむ余裕が無くなってしまっても、映像と音楽のロードムービー的なほがらかさはなぜか保持されたまま。この対比によって、はかない希望と容赦なく追い詰められていく絶望感がさらに際立っているようです。
不況の煽りをくらって廃虚と化した家々や、まともな家もなく寄り合って自給自足で生活している南部の人々の姿も印象深い。本当にあんなだったのかなぁ、と想像してしまいます。

演出の細かい所やカメラワークなどは、現在であればもっと凝った工夫が可能でしょう。ガンアクションシーンや車内のシーンなどで、ダイナミックにカメラが動いたりしないのはいかにも古くさく映ります。しかし当時のハリウッド映画で、アクション映画であるにもかかわらず、無軌道な人間たちの末路をこうも無惨に描き切るというのはそれだけでも大変なことだったはず。
ラストシーンは、やはり「色」と「音」の鮮烈な演出がすごい。今でも古びない美しさがあると思います。
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by umi_urimasu | 2004-07-09 18:57 | 映画 | Comments(0)