カテゴリ:本(SF・ミステリ)( 122 )
ウィリアム・ギブスン
ウィリアム・ギブスンと路地裏フェチズム

ギブスンをちょろちょろ再読。ギブスン嫌いな人は「コラージュである/コラージュでしかない」事を批判するらしいんですが、コラージュ大好きな人にしてみればそれこそがギブスンの表現の本質であって、コラージュが激しければ激しい程快楽の度は増すのだから、批判されてもおそらく決して改心しますまい。極言すれば物語なんか凡庸で全然かまわんと思ってさえいます。むろん儂もその一人じゃよ。ニューロマンサーやクローム襲撃あたりの初々しさも良いですが、一方でモナリザ・オーヴァドライブぐらいに「物語」の技術が上手くなってくればそれはそれでまた楽しめるわけで、つまり救いようがない。

さて。唐突ですが、自分は路地裏フェティシストであります。これが、ギブスンの作品群と自分の嗜好が波長を同じくするところの根源的ファクターではないかと考えている次第。路地裏フェチというのは和洋を問わず、狭い路地裏、ごてごてした無様な建造物、そこでモグラのように棲息する人々、ゴミ溜めに盛られたジャンク、などといった「都市の汚濁」の有り様になぜか魅惑され、そうした情景の細部に異様なまでに固執する人種です。混沌の寄せ集めで世界が出来ているという状態を想像することで快楽を覚え、九龍城砦などの廃墟写真ともなれば見ただけで「萌え死ぬ」と絶叫したりするのです。

その心理学的解釈はさておき、ギブスンのスプロール系SF作品には確かに、猥雑で危険な路地裏の魅力が詰まっています。いかにサイバースペースの概念が斬新であったにせよ、それが小ぎれいなオフィスビルの端末からしかアクセスできないものであったなら、我々はあそこまで興奮しなかったに違いありません。

ギブスン自身、サイバースペースネタから徐々に離れていったあともジャンクコラージュとしての「街」の細部を描く事には依然こだわっており、ヴァーチャルライトやフューチャーマチックはまさにそういう細部をほじくり返すが如きマニアックな作品群です。こうも特殊な趣味性をオーヴァードライブさせ始めるともはやSFかどうかさえ曖昧になり、そんな事に頓着しない好事家のみがギブスンの都市ヲタぶりに特異なフェチズムを刺激されて喜悦を覚えるのです。

むろん儂としてはそれで十分ですから。

マイアミ、若い衆、飲込みが遅い。

ところで、コーヒー飲む………。

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by umi_urimasu | 2004-06-22 16:29 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
ほ兄ちゃんは腰抜けじゃないもんっ
『イリヤの空、UFOの夏』 秋山瑞人

感想。

ヌルい。

以上。

いや、これある意味褒め言葉ですけどね。それで済ますわけにも行きませんし、もう少し言葉を費やしてみよう。

SF系ライトノベル界の新鋭として名を上げた秋山瑞人氏の代表作。確かに上手いです。しかし、読後に何ともいえない歯痒さが残りました。切ない音楽やノスタルジックな絵でも付けてノベルゲームにでも仕立てればきっと泣かせる名作間違いなしだと思います。でもこれ小説だからね。

中には痛々しくも美しい場面や「切なさ」の追求に関して高い効果を上げている箇所もありました。しかし、ギャルゲーからそのまま抜け出たような萌えキャラや萌えシチュやすべり気味の饒舌や過剰なノスタルジーを意図した事物風景の数々が、青春小説の核を無駄にマンガチックなイメージで糊塗してしまっています。ヒロインの造形にしても、要するにこれは「コロコロなついてくれる綾波レイ」。オタク青少年の抱えるコンプレックスの中でも最も脆弱な場所をピンポイント攻撃というわけだ。もちろん物語の基礎として必要な設定ではありますが、誇張しすぎという印象は拭い切れません。学園パートのストーリーはさらに露骨で、大食い対決でイリヤと晶穂の間に友情が芽生えるなどという、ちょっと正気を疑う程の陳腐さ。なまじ文章力が高いだけに、そういう狙ったような幼稚さにはちょっと戸惑いを覚えます。

個人的には、この作品の題材はアニオタ向けの定型表現でアプローチするには厳しいものがあると思っています。

心身を削りながら生死の境で戦う少女と、安楽な日常に生きる平凡な少年の出会い。彼女には戦争しかなく、彼には日常しかない。ボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーと呼ぶにはあまりに残酷な設定です。彼よりも彼女にとってその設定は酷すぎる。

腰抜けで無力で頭の悪い少年が、果てしなく傷つき生ぬるい自己嫌悪に浸る様を、こんなものよりはるかに容赦なく描いてやっと罰として釣り合う。それ程の残酷さをこの作品は題材として取り上げているのです。ヒロインに対して主人公が(つまり読者である我々が)感じる庇護欲や同情や罪悪感は全て、最後に彼女に悔いのない戦死を選ばせるための罠であり、「好きだ」という愛の告白は彼女にとって死刑宣告に他なりません。我々は少年がそれと知らず犯す大罪の、そのあまりの救いの無さに恐れ畏むべきなのに。

それなのに大食い対決か。そこまでしてラブコメにしたい理由とは何だ。

作品後半ではそれなりに残酷な面にも触れてきますが、もちろん前半の馬鹿げた学園コメディ部分との釣り合いは全く取れていません。というか前後半でほとんど別の作品になってるし。この齟齬を生む元凶となった「オタク的表現」の頑迷さが自分は疎ましくて仕方がない。絵師なんかこつえーだぞ。当然の事ながら、

ぱ ん つ は い て な い 。

ただし、この計ったようなぬるさはやはり意図的なものでしょう。発表媒体が若年齢層向けのゲーム系雑誌であるためか、「痛すぎない程度に痛く」というバランスを取りながら書かれたと思われる節があります。この作品には、そういう妥協は無しであって欲しかった。秋山瑞人という作家自身はもっと尖った作品性を指向してもおかしくはないし、それだけの技量は十分ありそうに思えますから。

とりあえず、文章は上手い。最終話「南の島」のラストシーンは鮮烈でした。



ちなみにエピローグは手紙の部分を除いて脳内デリート済みだったり。

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by umi_urimasu | 2004-06-22 16:13 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)