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ファンタジーとマジックリアリズムの類似点
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ガルシア=マルケスの「エレンディラ」を読み返していたら、あとがきに面白いことが。
「2メートルのミミズにせよ、無数の蝶にすっぽり包まれた女性にせよ、われわれにとっては驚きであっても、そこに住んでいる人たちにとっては、ごくあたりまえの日常的なことでしかない。それを驚異と感じるためには、見慣れてしまって何の驚きも感じなくなっている魂を目覚めさせ、あらためてそれが驚異であることを発見しなければならない。」 (「エレンディラ」訳者あとがき 木村榮一)
ここで僕が「あれ?なんか近いこと言ってそうだな」と思ったのが、トールキンの言葉、「馬や犬や羊に目をひらくためにはセントールや竜にであう必要がある」でした。これは「ファンタジーには見なれた現実からいったん距離をおくことによって、本来驚異にみちている現実の姿を再発見させる力がある」というトールキンの考え方を端的にあらわした一言。らしいです。

南米マジックリアリズムを代表する作家たちは、ヨーロッパ大陸に移り住むことで祖国の土地や文化がもつ驚異にあらためて気づき、それがマジックリアリズムの手法を生み出すきっかけになったのだそうです。これって、トールキンの考えるファンタジーの仕組みになんとなく似てないでしょうか。トールキンの場合、ありふれた日常に隠された驚異に気づくためには北欧やケルトの神話や伝承に触れるのが効果的だと考えたわけですが、もしこれを架空の世界に限定しなければ、外国の文化だって初めて体験する人にとっては異世界と大差ないはずです。
つまり、ファンタジーもマジックリアリズムも、なじみのある世界となじみのない世界を相対化する体験から生まれる文芸だと考えれば、創造の動機というか、根っこはわりと近いんじゃないかなあ。という気がしたんだけどあんまり自信はない。とりあえずアイデアとして保留しておこうと思います。

ちなみに日本はどっちかというとファンタジーよりもマジックリアリズムに適したお国柄で、昔から現実と非現実を厳密に区別せずうやむやに受容する精神性があるみたいです。どこにでも何にでも神様や精霊が宿っていたり、なんでもかんでも拝んでしまったり。よく言えばおおらか、悪くいえばなあなあ主義か。日本でファンタジー文芸が育ちにくい理由として、河合隼雄もそんなふうなことを言ってた気が。

余談。「エレンディラ」の訳者あとがきには作家のミルチャ・エリアーデの言葉として、「民衆の記憶に保存されるべき精神的体験は、実在の人や事件としての歴史ではなく、神話的モデルに託されることによってはじめて生きつづけることができる」みたいなことも書かれてました。納得。ターンエーガンダムってまさにこれだ。

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G・R・R・マーティン&U・K・ル=グウィン インタビュー The Future of Science Fiction
ラジオ音源。「SFはidea(発想?理性?)の文学か否か」という話題で、僕もちょっと聴いてみましたが英語力不足につきギブアップ。とほー
Tear Down The Bookshelf Markers, Urge LeGuin and Martin
ちょっとだけテキスト起こしされてました

思わず身体を動かして演じてみたくなるような日本語たち
井伏鱒二、筒井康隆、鼓直、柳瀬尚紀などなど。「声に出して読みたい・聴きたい」文体だったら瀬田貞ニ、黒丸尚とかもいいなあ。町田康や古川日出男はインパクトはあるけど耳に心地よいっていう感じじゃない。

[youtube] ローリング・ストーンズ&マーティン・スコセッシ「Shine a Light」予告編
そろそろ日本公開。お元気そうで何よりです。こんな眠い演奏よりも Ladies and Gentlemen の公式DVDをいい加減出してくれ等の愚痴は思っても言わない方向で

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引用文を枠線でかこむようにデザイン変えてみた。この方が引用した感がはっきりしてよいかも。自分で勝手に考えたあらすじ文にもblockquote使ってたのでそのへん直したほうがいいかな。いずれそのうち。

[ニコニコ] 喘ぎ声がすごくて夜中使えないエロい洗濯機
家電もついにここまで来たか

東京創元社 | 銀河英雄伝説外伝〈2〉 解説:円城塔
ああいうものに円城氏がどんな解説を書くのかちょっと気になるところ

第29回日本SF大賞に『新世界より』(貴志祐介)と『電脳コイル』
名前はよく見るけどホラーの人というイメージが強くて避けてた。トライしてみようかな。
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by umi_urimasu | 2008-11-26 21:43 | 本(others)
「信玄忍法帖」山田風太郎
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a0030177_215386.jpg奇想にみちた強烈なエログロと、あまりに端麗な文章。山田風太郎の小説は、普通なら相いれるはずもないこの二つが完璧に融合しているのが特徴です。どす暗く、それでいてすがすがしい、美醜一如の極致ともいうべき異形の文章美。これがもたらす快感は山風ならではのもので、ほかではまず味わえません。僕の場合はそれが半分癖みたいになっていて、山風の文章を読んでいるだけでなんかもうやたらしあわせな気分になってしまい、ちょっと大丈夫か自分。と時折自分で自分が心配にならないでもないのですが。
武田信玄、死せりや否や!? 徳川家康の密命を受け、信玄病没の噂の真偽を確かめるべく甲斐に潜入してきた伊賀の忍者集団に対し、武田の軍師・山本勘助は主君の死を知られまいと七人の影武者を擁して立ち向かう。兵法と忍法の激突、虚々実々の情報戦を制し、天下に覇を唱えるのは果たしてどちらの陣営か。
忍法帖シリーズ中での「信玄忍法帖」は、実際の歴史との接点が常になく強調されている点が特色とされています。「甲陽軍鑑」や「甲乱記」などの史料がことあるごとに引用され、実在の人物に史実に忠実な行動をとらせるなど、いわゆる普通の歴史劇っぽい方向性が本作ではかなり強く出ています。そのせいか、あいかわらずのむちゃくちゃな忍法バトルをやってるわりに作品全体のトーンは不思議と落ちついているように感じられます。黒澤明の「影武者」とかにけっこう近い雰囲気かもしんない。

「信玄忍法帖」には風太郎自身自己評価でAを与えており、ファンの評価もおしなべて高いものの、甲賀や柳生や風来などに比べるとキャラのインパクトが弱く、キャラクター強度的な面でバランスを欠いているという批判もあるようです。ゲストキャラ的なポジションの上泉伊勢守や八重垣姫らの活躍に比べて、武田方のメインキャラたちがいまいち目立っていない、とか。個々のエピソードを区切ってそれぞれを楽しむような短編集的な読み方をすれば、さほど気にならないんですけどね。

登場した忍法の中で個人的に印象深かったのは、なんといっても「春水雛」。これは凄いです。今までに読んだ忍法帖シリーズの全忍法のなかでも一、ニを争うほどのアホらしさ!

しかし、このような山風忍法の滑稽さは例外なく惨死をもたらす滑稽さであり、もしかしたらそれもまた風太郎の死生観に根ざしたものなのではないか、と思うことがあります。バカだアホだと笑ってたらあっ死んだ、というあのうすら寒さ。人の死なんてくだらんもんだよ、というあの虚無感。考えてみれば、現実の世の中でも大抵の死はアホみたいな理由によってもたらされているのであり、こうして笑っている僕たちだっていずれは「なんでそんなアホなことがきっかけで」と呆れられるような理由で死んでゆく定めを負っているのです。バカだアホだと笑えばそれが自分に返ってくる、だからこそ決して美化されない死への視線。風太郎の忍法は、そうした「笑い」と「死」のむすびつきを重視しているために、あれほどまでにネタっぽいのかもしれません。

まあ、純粋に受けをねらって「圧迫祭りだイヤッホオォォウ!おっぱいおっぱい!」みたいなノリで書かれていた可能性も十分ありますが。

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「からくりサーカス」全43巻読了。カーテンコールで涙腺決壊……。絵柄はやっぱり苦手だけど、それをさし引いても大好きな作品になりました。特にパンタローネが好きじゃ。

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SFマガジン 2008年11月号
イーガン「グローリー」だけ読んだ。意識意識ってうるさくない比較的ふつうのファーストコンタクトもの。面白さも比較的ふつう。文明成長の意欲や目的みたいなのがメインテーマらしいんだけど、それよりナノマシンの針を光速で恒星に撃ち込んで現地人と同じ体をつくってコンタクトしたりとか、図形で表された数学の定理群の遺跡とか、ブラックホールの屈折光でメッセージ読むとか、小ネタの方がおいしそうな気がじゅるり。

「ニコニコ動画(秋)」にバージョンアップ、黒字化へ向けて広告枠を3.5倍に
サムネ表示数減、自動再生されない、動画タイトルやうp主コメが省略される。最悪だ。

[ニコニコ] 【名作Flashアニメ】 次郎長三国志 【H.264高画質】
初めてこれを見て以来、次郎長三国志を読もう読もうと思いながらいまだに果たせていない
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by umi_urimasu | 2008-10-01 21:05 | 本(others)
「乱鴉の饗宴」途中経過
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このところ、本といえば「乱鴉の饗宴」にかかりきりで、これといって更新すべきネタもないのですが。とりあえず新しい動きとしてはWikiができたこと。

氷と炎の歌・乱鴉の饗宴改訂問題wiki - 変更された人名地名その他

項目数はまだ少ないものの、英語名もセットになっているのが原書ビギナーにはありがたい。4巻では今まで主に脇役扱いだったティレル家、グレイジョイ家などがでばってきていて、新しい登場人物の把握にも難儀していました。せいぜい活用させてもらいます。
(追記)9/12 「その他の変更」が追加。これほんと多すぎ

僕の場合、慣れない英語でこの作品を読むにあたって特にわかりにくく感じる話題というのはわりと決まっているようで、ひとつはティレルやグレイジョイやアリンなどの周辺勢力が陰謀・策略をめぐらしている部分。それと、七王国の昔の歴史に関する部分。主にこの二つ。ターガリエン家の誰それがあのとき誰をどうしたとか、どこそこ家の何某がだれと手を結ぶつもりだとか。あまりに登場人物が多いため、日本語のときですらあまり把握できてはいなかったんですが、英語で読んでみて驚きました。かくも劇的にわからなくなってしまうものかと。
それに比べると、ラニスターやスタークや夜警団など、今までもメインで出てきている人たちの会話や行動はとても把握しやすい。近しい情報どうしを関連づける脳内クラスター的なものがあるとないとで、内容の理解度にこれほどの大差が生じてしまうものだろうか。ある程度整理しておかないと、この先いつまでもずるずると苦労しそうです。そういう意味でもWikiの今後の充実には期待したい。がんばれ有志たち。僕は傍観者。

いまはアシャ・グレイジョイのパートを読んでいるところ。Kingsmoot という単語がよく出てきますね。これは鉄諸島の王を選ぶ大会議のことで、宗教的なルーツがあって、鉄諸島人たちの神である Drawn God の名のもとに開催される(逆にいえばよほどのことがないと開催されない)もの。マーティンの造語かな?あまり一般的な用語じゃないみたい。訳すとしたら「選王会議」とかか。

余談、というか愚痴。
翻訳問題の件のその後の展開について。
早川書房には状況をよい方向に動かすためのアクションを早く起こしてもらいたいもんだと思いつつも傍観中。新訳者の酒井氏のコメントがmixiに載ったのと、8月頭にへちょい対訳表が掲載された以外、公式には一言の情報も出されていませんが、このまま放ったらかしておいていいもんでしょうか。ネット上にネガティブな評価情報がじわじわ蓄積されていくばかりでメリットは何もなさそうなんだけどなあ。Amazonのレビューもボロクソになってるし。うーん。

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勝手にSFだけでハヤカワ文庫100冊 その10 現代SF――「現代」ってなんのこっちゃ?
>「センスオブワンダー」を金科玉条のごとく振りかざす人がいたら、その人はあまり信用しない方がいい
それそれ。この「センスオブワンダー」はひどく曖昧な、人によって千差万別な意味をもたされていることばだと思います。その曖昧さを利用して、自分に都合のいい解釈をしたりしてしまわないように気をつけたいものです。フェアな評者なら、こういう意味の広すぎる用語は作品評価のためには使わないか、使う場合にも限定的な定義を与えてからにするでしょう。
関連:信用してはならない映画評の書き手の見分け方 - 伊藤計劃:第弐位相
これはほぼそのまま小説評にも転用可能。SF書評系ブログでいえば
 ・ センスオブワンダーがある(ない)ので傑作(駄作)
 ・ リーダビリティが高い(低い)から傑作(駄作)
 ・ リアリティがある(ない)ので傑作(駄作)
このへんも要注意ワードかも。

(追記) TBもらいました。
センス・オブ・ワンダーの定義 - 誰が得するんだよこの書評
とりあえず上の話はぜんぶ棚上げで。グラフが納得いきません→ 幼年期のセンスオブワンダー度が低すぎる。イーガンやギブスンとSREのリーダビリティ評価に格差がありすぎる。筒井や町田康を入れるんだったら文体の饒舌度とか風刺度の軸も(以下略
結論:数値評価とかムリ。

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[youtube] Danse Macabre
フランスの作曲家/演奏家、カミーユ・サン=サーンスの「死の舞踏」。黒騎士ブラフォードの必殺技、「ダンス・マカブ・ヘアー」のネーミングはこれが元ネタ、かどうかわかりませんが、不思議な雰囲気があってかっこいい。僕はこういう、暗いのか明るいのかよくわかんないような、辺境の音楽っぽい旋律に惹かれる習性があるようです。ハンガリー舞曲とかツィゴイネルワイゼンとかああいう方向の。

[画像] 地球上でもっとも地球に見えない島、ソコトラ島 -ぱるぷんてにゅーす
すごい。すごすぎる。幻想風景好き必見!

HBOが「七王国の玉座」のテレビ放映権を獲得 (G.R.R.M. - Not A Blog)
おう、おう、おーーう。でも喜ぶのはまだ早いってさ。ロケ候補地はスペインとチェコらしい。撮影に使える城や街の有無で選んでるのかもしれん。

やる夫が徳川家康になるようです 三河編 【第1~3話】
教科書読んでもあくび連発だがAA劇だと楽しく読めてしまうマンガ脳な僕によし。知識をものにする、それだけよ!過程や方法なぞ…どうでもよいのだァーッ!
夏目吉信、三方が原の戦いに於いて、徳川家康の身代わりとなって討ち死に。享年55。家康はこの時、身代わりになって死んだ吉信を生涯忘れず、後に江戸幕府を開いた後、規律違反を犯した吉信の息子を特別に許すなど、超法規的な措置をした。夏目家は紆余曲折を経て幕末まで存続。明治期の文豪、夏目漱石は、この吉信の子孫である。
意外な豆知識もあるよ。べんきょうになるよ。
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by umi_urimasu | 2008-09-09 01:43 | 本(others)
とあるゲームブックへの追憶
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a0030177_23351981.jpga0030177_23353380.jpg今さら、かつどマイナーな話題ですが、伝説の名作ゲームブック「ドルアーガの塔」(鈴木直人著)が復刊されていることに気がつきました。売れなさそうすぎる!でも嬉しい。方眼紙マッパーでメスロンファンでマスクマンの店の常連だった身には、これはたいへん感慨深いニュースです。ドルアーガなんてアニメかMMOでしか知らないような若い世代の中に、たとえわずかでも新たなファンが増える可能性が増すかと思うとなおさら喜ばしく思えます。

鈴木直人のゲームブック版ドルアーガは、1986年に創元推理文庫から三部作として刊行されました。本家はもちろんナムコがアーケードとファミコンで出したあれ。ストーリーはドルアーガにさらわれたカイを助けるためギルガメスが塔に登ります以上。ファミコン版は大ヒットしましたが、ゲームブック版の人気がどれくらいだったのかはわかりません。ただ、手元にある旧版の第一部「悪魔に魅せられし者」の奥付によると、初版から一年弱で14版を重ねたことになっています。ジャンルのマイナーさを考えると、これはなかなか大した数字なのではないでしょうか。

かつて日本にはゲームブックのブームが訪れた時期がありました。1980年代後半、ちょうどファミコン人気と前後して燃え上がったそのブームは、しかし瞬く間に衰退してしまいました。鈴木直人の「ドルアーガの塔」はその短い旬の期間に多数出版されたゲームブックの中でも特に高い評価を受けた作品のひとつで、いまだにこれを国産ゲームブックの最高峰として挙げる人も多いと聞きます。僕も子供の頃に持っていたゲームブックはほとんど手放してしまったけれど、ソーサリーとこのドルアーガだけはいまだに全巻本棚に入れてあります。もう本の小口とかまっ茶色で、なにやら古文書じみてきてますが。

このゲームブック版ドルアーガ、しつこく名作扱いされつづけるだけあって、今見てもいろいろと興味深い特徴をそなえています。
ひとつはよくいわれる合理的な双方向移動システム。一方通行シナリオがあたりまえだったゲームブックの中で、「いつでもどこでも思い通りの方向に行ったり戻ったりできる」という行動自由度の高さは確かにユニークでした。特に重要なのが「思い通り」という点で、これはプレイヤーの分身であるキャラクターが迷宮内のそのポジションに確かにいるという“存在感”を、ゲームシステム自体によって保証するものです。プレイヤーとキャラクターをむすぶ命綱といってもいいでしょう。これがあるとないとでは、キャラクターへの、というよりもキャラを取りまく環境をも含むゲーム世界そのものへの感情移入度が大きく変わってきます。
(注: ジャクソン&リビングストンの「火吹山の魔法使い」やゲームブック版ゼビウスも一応マッピングが役立つように設計されています。ただ、位置の記述があやふやだったり完全双方向ではなかったりして、あまり正確なのは作れない)

文章力、演出力の高さも、今から思うとけっこう抜きんでていました。
玉石混交はなはだしかったゲームブック濫造の頃、優秀な作品の多くは海外の翻訳ものに偏っていました。そして訳書の多くは日本語としての自然さには少々無頓着で、どうにも奇妙な文章がちらほら混じっていたりしたものです。そういう市場にあってドルアーガは、ソーサリー顔負けのゲーム内容を維持しつつ、全編にわたって統制のとれた隙のない日本語で書かれているという稀な例外だったわけです。「日本人作家が書いたんなら日本語としてまともなのは当然だろう」と思う人もいるかもしれませんが、一文おきに行動の指示と選択枝がはさまれるのがあたりまえなゲームブックという媒体においては、これだけのことでもかなりの離れ業というべきでしょう。
作者の筆力の高さは、ここ一番での燃え度の高い演出や魅力的なNPCのキャラクター造形などにもうかがえます。虎井安夫によるイラストの、どこかエキゾチックで異世界SF的な雰囲気との相性も抜群でした。設定などがいささか中二病っぽいのはご愛嬌。

ボリュームやアイデアの面でも、少なくとも量的にソーサリーに比肩しうるゲームブックは日本では唯一ドルアーガだけではないかと思います。イベント数はそれこそ膨大で、パズル、なぞなぞ、各種ミニゲーム、風雲たけし城、ちょっとした小旅行などなど、迷宮生活の閉塞感にプレイヤーが倦み疲れてしまわないようにありとあらゆる工夫が凝らされていました。ともすればモンスターとの戦闘よりもそっちの方が楽しいくらい。
(注: ちなみに、ファミコンのドラゴンクエストにおいて闘技場が実装されたのは3から、コインボーナスとカジノは4から。ゲームブック版ドルアーガにはこれらとほぼ同趣向のミニゲームがすべて組み込まれています。とにかくいろいろどっさり入ってたんです)

しかし、あれほどの情報量を(伏線なども含めて)常に管理し、キャラの移動やパラメータを制御しつつゲームとして破綻させず、大人でも子供でもそこそこムズカシイ適度な難易度を保ち、しかもそれらすべてをアナログ活字メディアで(!)やるという所業は、PCが普及した現在の感覚でみると、もう狂気の沙汰としかいえないような気もします。当時はまったく何とも思ってなかったというのがよけい呆れる。恐ろしい時代だったんだなあ。

終わりに。
今回久しぶりに引っぱり出してみて、一文一文にぎりぎりの短さと簡潔さを求めたドルアーガの塔の文体から、今のライトノベルやノベルゲームのスタイルにとても近い匂いが感じられることに驚きました。PCノベルゲームをゲームブックの直系の子孫と考えていいかどうかはわかりませんが、仮にそうだとしておいて、ゲームブックの文体がその特殊なゲーム形式の制約を受けて生まれたものだとすると、ゲームシステムだけでなく文体の特性も一緒に受け継がれたことになるんかなあ、とか。ゲームっていうのはみんなが一見それと気づかないようなところまで世代を越えて継承されたりしていて、そういうところがじつはけっこう大事だったりするのかなあ、とか。

なんかちょっといい話になりそうな気がしてきたのですが、ここで力尽きた。四へ進む。

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「スカイクロラ」が眠くなっちゃうのは当然かも~細かすぎて伝わらない演出~
>「上官が痴女」
キャッチコピーがこれだったら絶対観に行ってる。

勝手にSFだけでハヤカワ文庫100冊 その1その9 (万来堂日記2nd)
海外SF50年の歴史の流れを主要作品の紹介と共に概観するシリーズ記事。細かい情報を含む投入リソースの多さから、付け焼き刃じゃないSF好きがつたわります。まだまだ続くっぽい。がんばるがー。

早川書房9月の気になる新刊。「ディファレンス・エンジン」は持ってるのでいいとして、未読の平たい地球シリーズ「闇の公子」(タニス・リー)をゲットしておきたい。このシリーズ、第二巻「死の王」だけが浅羽莢子訳じゃないんですね。なにかわけがあるんだろうか。

(補足) The Difference Dictionary by アイリーン・ガン
ディファレンス・エンジンのための補遺「差分事典」のWeb版。英語。最終改訂は2003年。古い角川版の単行本と比べると、それなりにアップデートされているようです。長州藩とか、19世紀のエロスラングとか、なんかいろいろと。今回の早川版につくやつはこのバージョンか、それともさらに新しいのかな?

[ニコニコ] ルーシーに明るい歌を歌ってほしかった・・・‐
ある意味正統?明るいエルフェンリート布教動画。アニメ本編の出来はかなりいいと思うんですが、よほど覚悟しないと僕には再見できなさそう。

Phun.jp | Phun日本語解説サイトでbeta4.22版を落として入れてみました。水さえ使わなければわりと軽く動いてくれるっぽい。とりあえずいろんなものを並べたりつなげたりしてぶよぶよふにふにさせて遊んでおりますが。これはなんというか……力学的創造力みたいなもんが要求される。
[ニコニコ] ピタゴラスイッチが楽しめるソフト Phun
これくらい遊べればすごく楽しそうだけど、まずは基本操作に慣れるところから。

[ニコニコ] アイドルマスター手描きMAD「シビれさせたのは 誰?」
へぼピーナッP×ベルナール・リヨ3世再臨してた。振り込めない詐欺にもほどがある
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by umi_urimasu | 2008-08-30 00:31 | 本(others)
「剣嵐の大地」(1)-(3) ジョージ・R・R・マーティン
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五百人を超える登場人物が入り乱れる怒涛の戦争譚、血で血を洗う陰謀劇、暴虐と恥辱に彩られたロマンスの狂宴。世界数十ヶ国でベストセラーを記録し、小説賞の受賞歴にいたってはもはや数え切れず――G・R・R・マーティンの〈氷と炎の歌〉という作品は今、この地球上でもっともホットな大河小説シリーズといっても過言ではないでしょう。

しかしどうも、華々しい評価のわりに日本での売れゆきははかばかしくないようです。普通に考えるなら、やはり刊行のインターバルの長さと単行本の価格の高さがハードルになっているのではないかと思われますが。より根本的な理由として、そもそも日本におけるファンタジー系の文芸が寂れ果てたマイナージャンルなため、売りたくても刷れないというのが実情なのかもしれません。

そんな現状を嘆きたくとも、嘆く資格がじつは僕にもなくて、ぶっちゃけ次の「乱鴉の饗宴」は図書館で借りてすませようという魂胆でおります。アイスマンデス。やっぱ、ちょっと値が張るものですからね。邦訳のハードカバー、6000円もするんですよ。うっうー。原書のペーパーバック版なんて900円なのに。日本の出版業界も、単行本と平行でそれくらいの廉価ペーパーバックを出すようなやり方をしてくれたらいいのにな。でなきゃ原書をすらすら読める英語力が欲しい。言っても詮なきことですけれど。

まあ愚痴はさておいて「剣嵐の大地」のことを。
順序としては、これは「七王国の玉座」「王狼たちの戦旗」につづく第三巻に当たります。ネタバレを避けようとするとほとんど何も語れないんですが、これだけは言っておきたい。ストーリーの衝撃度において、「剣嵐の大地」はまちがいなく過去二作を凌駕していると。「王狼」までしか読んでない人が初めてこの「剣嵐」を読んだとき、いかなる狂態をさらすかと思うと、邪悪な笑みがこぼれてしまい周りから白い眼で見られるは必至。そんくらい凄まじいです。おまえらも剣嵐を読んで、絶叫をあげてのたうち回るがよいわ。へー。この俺がそうなったと同じようにな。へー。

〈氷と炎の歌〉は誰が主人公と一概に決められない群像劇形式をとっています。これは裏を返せば、誰を主人公とみなしても作品が成立するということでもあります。もちろん、十分な描写密度がなくてはこうはいきません。実際、視点人物は全員が堂々と物語の主人公を張れるだけの克明な描写をなされていますし、視点人物でなくても主役級の人物にはこと欠きません。いうなれば、「ほぼ全キャラが主人公」みたいなものなのです。これがあながち誇張じゃないってのが恐ろしいとこなんですが。ひとおとり物語を消化したあとは、好きなキャラのマンウォッチングでもしてみて、彼らの人となりをときほぐしてみるのもまた一興でしょう。

あとひとつ、「剣嵐」の余計なお楽しみポイントについて。この巻、じつは「ミステリ」としても読める展開を含んでいます。もちろんあからさまに推理小説的なスタイルで書かれているわけではありませんが、衆人環視のただ中で事件が起こり、真相を明らかにするヒントはすべて、そこまでの本文中でこっそり示されているのです。あとでちゃんと種明かしもされますが、ミステリ好きな人はまず自力で真犯人とその背後にいる黒幕を推理してみるのも面白いんじゃないかと。

以下、おまけ。
結婚式の場面で出てきた全料理リストです。あまりの凝りっぷりに呆れて書きとめておいたもの。

キイチゴとナッツの入ったハニーケーキ
燻製ハム(ガモン)のステーキ
ベーコン
パン粉をまぶしてかりかりに焼いたヒトデ
秋の梨
タマネギとチーズと火のように辛い胡椒をまぶした卵の輪切り
(以上、ドーン料理)

金色のボウルに入った、バターで炒めた蝸牛とマッシュルームのクリームスープ
豚肉と松の実と卵を詰めたパイ
スウィートコーンのフリッター
砕いたナツメヤシの実とリンゴとオレンジを入れて焼いた熱いオートブレッド
野生の猪のリブ
砕いたアーモンドの衣で揚げた鱒料理
鷺のローストとチーズとタマネギのパイ
火のように辛い東方の香料で煮た蟹
ニンジン、干しブドウ、タマネギと一緒にアーモンドミルクで煮込んだ細切れの羊肉を山盛りにした大きな木皿
竈から出したばかりで、火傷するほど熱い魚のタルト
蜂蜜と生姜で味をつけた鶉
腹にナツメヤシの実を詰めた、羽毛つき孔雀の丸焼き
ブランディソリー(牛肉のスープと蜂蜜で甘味をつけた熱いワインを混ぜたものに、湯剥きしたアーモンドと去勢鶏の厚切りを入れた料理)
豆のバターいため
砕いたナッツ
銀の食器に入ったサフランと桃のソースで煮た白鳥
焼きたてのブラッドソーセージ
熟したブルーチーズを詰めたヘラジカ
シナモン、クローブ、アーモンドミルクで味付けした豚肉の薄切り
直径二ヤードの香料入り鳩のパイ・レモンクリームがけ


なんじゃこれ。と思うでしょ。ワンシーンでここまでするかな普通。
あいかわらずの筆の贅沢というか、アホみたいに豪勢な文章書く人だ……。

(追記)
剣嵐まで未読の方は、以下のハヤカワ公式サイトの乱鴉の紹介文を読まないことを推奨します。
かなりネタバレされてますので。
乱鴉の饗宴 上:ハヤカワ・オンライン
乱鴉の饗宴 下:ハヤカワ・オンライン
コメント欄で教えていただいた情報ですが、人物名のカタカナ表記に少なからず変更が加えられているようですね。まあ訳者が替わればそんなこともあろうさ。でも地名や漢字表記の言葉まで同定できないくらい変更しまくってたりしたら、さすがにやだな。

(追記2)
マーティンスレに名称表記変更についての酒井昭伸氏のmixiの文章が転載されました。
7/22付、 更新分(抜粋?)
邦訳読者の大半は発音が正確かどうかなんてどうでもよく、日本語として親しんできた名前の語感とそれに支えられたイメージが損なわれることに憤ってるわけで、この説明では不満が解消されるわけもないでしょうけど。発売されたらますますブーイングが強まりそうな予感。
しかし、ブリエンヌ→ブライエニーか……はぁ

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 創作神話について調べています。 - 人力検索はてな
>『ペガーナの神々』『クトゥルー神話』『シルマリルリオン』『天界と地獄』…等に比肩し得るような魅力的で充実した体系を持つ創作神話をご存じでしたらお教え下さい
成長に期待。網羅的なリンク集が欲しいと常々思っていました
↑そういや、マルケスのマコンドものの作品群とかはどうなんだろうな。あれも一種の神話体系といえないこともないような気がするんだけど。はっきりした「神」が出てこないものは除外か。

あの歌が頭の中でループしてつらいので描いてみた
てすかとりぽか 『崖の上のポニョ』 クトゥルー神話
ちょっと観に行きたくなってきた

「カウボーイビバップ」に米国で実写映画化企画が浮上?
やるんだったら「天国の扉」みたいなシリアスなのよりも、データ犬争奪戦の話とかキノコでラリっぱなしの話みたいに笑えるやつにしてほしいと思う。
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by umi_urimasu | 2008-07-19 15:46 | 本(others)
「妖都」津原泰水
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a0030177_0253099.jpgいやっほう!いいのを引きました。単行本の推薦文がたいへんな絶賛の嵐で、あまりの誉められ方にかえって「ほんまかいな」と疑わしく思えてしまっていたのですが。
実際、いわれるだけのことはあったなと。

津原泰水 - Wikipedia

「世紀末日本のホラー小説界に出現した正真正銘の“怪物”」綾辻行人。
「純粋にホラーを愛する作者によって書かれた、純粋なホラー作品」小野不由美。
「ついに本格ホラーの超新星が現われた」菊地秀行。
「世紀末はその肖像を描きうる、稀なる幻視者と遂に出会えた」井上雅彦。

まあ凄いいわれようです。1997年当時、どういった経緯でか少女小説家・津原やすみの名を捨てて津原泰水としてホラー小説界に参入したこの人が、どれほどの期待と注目をもって迎えられたかが伺えます。
両性具有と噂されるロックシンガー・チェシャの飛び降り自殺を皮切りに都内で続発しはじめた凄惨な怪死事件。それは常人には見えず、しかし確かにそこに“存在”している死者たちの仕業だった。チェシャの出生の秘密に近づく者たちが次々と惨死を遂げる中、街はひそかに変貌してゆく。変わらぬ日常の貌を保ちつつ、来るべき覚醒の時を待ちながら……。
まだ津原作品をこれ一冊しか読んでいないので、あれこれ調べたり比較したりは後日に譲ろうと思いますが、個人的な好みマップに置くとしたらかなりド真ん中近くです。「作風の似ている作家は誰だろう」と考えて、まっさきに頭に浮かんだのが牧野修。小説のDNAというものがもしあるとしたら、この二人はほとんど同じDNAもってんじゃないか、と思うぐらいよく似ています。まるで生き別れの双子みたい。あるいは日本とポリネシアの創世神話みたい。言語実験的な遊びを混ぜ込むスタイル、五感に訴える鮮烈なグロ描写、セオリーに忠実な手堅い「怖がらせ」の手口、いろんなところにDNAの重なりが透けてみえます。「屍の王」とは、イザナギ・イザナミの日本神話ネタの扱い方までもが酷似しているという。
もしかしたら本当にリアル超なかよし作家なんじゃないでしょうか、この二人は?
強いて差をあげるとすれば、牧野修はややブラックユーモア的な皮肉っぽさがあり、津原泰水は耽美成分が強め、という感じかなあ。


文庫版の解説で、「妖都」はホラーなのかという問いについて、映画監督・佐藤嗣麻子はマルケス「百年の孤独」や映画「赤い薔薇ソースの伝説」により近いものを感じると述べています。ホラーよりもマジックリアリズムに近い、と言われるとちょっと首をかしげてしまいますが、「妖都」における死者たちの存在が現実感と非現実感が拮抗してどちらででもあるかのように描かれていることから、ある意味似てるといえなくもないかなと、これは僕自身も作品を読んでみてうなずけたところです。マルケスに近いというなら、百年の孤独よりは 「青い犬の目」収録の死者を描いた作品群のほうが雰囲気としてはもっと近そうですが。
しかし、ホラーというものはやっぱり読者を怖がらせてなんぼであって、「妖都」の見方によってマジックリアリズム的ともいえる部分がどういう効果を最優先にねらったものであるかといえば、これは明らかに「怖がらせ」のためでしょう。やっぱ、何はともあれまずホラーなんだと思いますよ、この作品は。

余談。
僕は自分ではあまりホラー好きな奴ではないと思っていますが、それでもこうしてホラーを嗜んでいる以上、その種のものに誘惑を感じることがあるのは確かです。そしてホラーを摂取して喜んでいる時には、陰惨でグロテスクなもの、忌まわしげな心の暗闇に直結しているもの、そういった深入りするとやばそうな何かを理性で嫌がりつつ本能で欲しがるという二律背反的な衝動がはたらいているのを必ず自覚しています。「必ず」という条件から、つまりその衝動こそがホラーの本質なのだろうか、という疑問がときどきぷかっと浮かんでくるのですが、衝動の正体が何であり、人間はなぜその衝動に身をゆだねたがるのか、などと問いつめていこうとすると、素人仮説をもじょもじょもてあそんでみたりする以上の段階に進むことができません。

まったくホラーの何が楽しいんだか。ねえ君、人類はどうしてホラーが好きなんだろうね。

余談2。
「妖都」が物語の結構として少々投げっぱなしなつくりになっている点については、ネット上の感想でも評価が分かれているようです。確かに、顔見せに出たきり何もしない無為なキャラがいたり、中心人物の動機とか真意が説明されないまま終わっていたりするのは、開けたポートは全部きっちり閉じて欲しいと望む律儀な性格の読者には喜ばれないかもしれません。僕はそういうやり方も嫌いじゃないですけどね。

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京極夏彦「魍魎の匣」アニメ化決定
にっこり笑ってほうと云ふ。どういうものになるにせよ、原作とは別モノと割り切ろう
アニメ「魍魎の匣」キャラクター設定画 (原案・CLAMP)
こ れ は ひ ど い 。割り切れてない
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by umi_urimasu | 2008-07-09 00:56 | 本(others)
現代社会を予言していた!? 江戸時代のSF小説
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a0030177_23242152.jpg杉浦日向子「一日江戸人」が超絶面白い。江戸時代の文化風俗に関する小ネタを紹介したいわゆるトリビア本なんですが、「身近度」の高さが尋常じゃないのです。この本があまりにも面白かったので、元ネタの引きうつしそのまんまっていうのはちょっとどうかなあと思いつつも、そのうちのひとつを紹介させてもらいます。興味のある人はぜひ元本を読んでみてください。むちゃくちゃ面白いんで。

さて、この本によれば、江戸時代中期の大衆小説に「未来記もの」という流行ジャンルがあったそうです。何年後に何が実現するとかいうカタイものではなく、とにかくはるか遠い未来のとっぴょうしもない話をして、んなバカなハハハと読み手の笑いを誘う呑気なものであったらしい。ところがその内容が凄いんですね。

1 季節感がなくなる(旬の時期がベラボーに早まる)
2 諸事、高級志向となり、贅をきわめたあとはマニアックな趣味に走るようになる
3 各界での女性の台頭(男性独占の分野がなくなる)
4 自然破壊(山奥まで宅地化がすすみ、神聖な山も俗っぽくなる)
5 プロとアマの差がなくなる(特に芸能関係)
6 今まで家庭で作っていたものが、安直なパックもの、セットものとして売られる(七夕セット、お正月セットなど)
7 草双紙(マンガ)が大人の読み物となり、小難しい本を読む子供が増える
8 子供が辛い食品を嗜好する
9 日本語が乱れ、通言(専門用語)が流行り、ついには得体のしれないカタカナ言葉が横行する
10 遊女(風俗ギャル)が金持ちになり、実業界に乗りだす
11 年寄りの若作り、老いらくの恋が流行り、若者は老人趣味となり、渋いことばかり喜ぶ
12 盆と正月がのべつ一緒に来る(イベント流行り)


もう当たる当たる。なんだこの異常に的確な未来予測。江戸の戯作者、あなどれん。
予測の的中ぐあいもさりながら、三百年もの時間を軽がると飛び越えてその先の風景を空想し、笑っていた江戸時代人の想像力のゆたかさにも驚かされます。コンピュータもネットも自動車も飛行機も何にもなかったのに。なんというか、現代人も及ばない精神的余裕のようなものを感じさせる話でした。

ちなみにその現代では。SFが冬の時代だのライトノベルはもう終わりだの、時間的には目と鼻の先の小説ギョーカイ盛衰談義をまるで天下の一大事のように喧々諤々している評論家っぽい人たちをときどき見かけますが、こういう話のあとでは失礼ながら少々みみっちいように思えてしまうのは致し方のないことでしょう。どうせなら2年5年とせこいことを言わず、300年後の読者をあっと言わせるような未来予測+年代論とかやってみたら面白いのではないかな。今は受けなくても、後世の人々からは重要な史料として高く評価されるかもしれません。
予測が当たってればですが。
a0030177_23441894.jpg
挿絵: 江戸時代人が考えた未来のファッション想像図。ちょんまげの概念からは逃れられなかったと見えます

ところで、この本に満載されている聞いてびっくりネタ話の多くについては、どうしてもソースに興味が出てくるんですが、残念ながら参照資料についての情報は詳しく書かれていません。一般的に入手 or 閲覧可能な範囲で関連書籍のリストとかが付記されていればありがたかったのですが。ちょっと自分で調べてみようかな。
なんか小学校の自由研究みたいな感じになってきた。

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[ニコニコ] ドラマ ハチワンダイバー(将棋ニュースプラス版)
そのような過酷な企画があったと黒歴史は語っております

[動画] GONZO+ニトロプラス 「ブラスレイター」PV
板野一郎や恩田尚之といっしょに虚淵玄やにしーの名前がクレジットされてるのって、なんか不思議な感じ。

「ビアンカ・オーバースタディ」詳細発表!(筒井康隆氏についての…)
ラノベ版ガスパールみたいなのが来ると期待してみる

「CLANNADは人生」を3Dで実現 ギャルゲーキャラと暮らす仮想空間、ドワンゴなど開発
ここからさらに一歩進んで、AR空間上で常時キャラクターとキャッキャウフフできるようになった時にどうなるかな。マジでモニターの中に旅立つ二次元オタが続出するかも?と未来予想。
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by umi_urimasu | 2008-04-07 23:38 | 本(others)
「青い犬の目」ガルシア・マルケス
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a0030177_17314437.jpg永遠とも思える間降りつづいた長い、長い、とてつもなく長い雨がある日ついに止み、圧倒的なまでの静寂に包まれたとき、人はいったいどんな気持ちになるものでしょうか。

もし僕自身の身にそんな出来事が起こったとしたら、おそらく「しあわせ」に近い感情を抱くのではないかと想像します。ただし、それは単にハッピーとかラッキーとかいった気分ではなくて、寂しいとか悲しいとか虚しいとかやるせないとか、そういう微妙な成分も同時に含んでいて、肺の空気を全部吐き出して超特大のため息をつきたくなるような、そんな感情なのではないだろうかと。

もちろんそこまで神秘的なシチュエーションは現実にはまず起こりません。でも、もう少し現実的な例として、たとえば空からカエルが降ってきたとか、たまたま皆既日食を見たとか、台風の眼の中に入っちゃったとか、道の片側が晴れているのにもう片側には雨が降ってたとか、そのくらいのことでもいい。宗教や信仰とは関係なく、なにかしら奇跡的な出来事というものは、もしかしたらただ単に「きわめて珍しい」というだけで、時と場合によっては誰かの人生に消し去りがたい一瞬として刻み込まれてしまうほどの力を持ちうるのではないでしょうか。一生に一度あるかないかの出来事に巡りあうという体験は、願ってもできることじゃない。だからこそ巡りあえただけで幸運といっていい。しかしそれは同時に、自分の人生に「ある有限の時間の幅」としてのスケールを与えてしまう残酷なイベントでもありうる、みたいな。

ということを、本書所収の「マコンドに降る雨を見たイサベルの独白」を読んでいたらつらつらと考え始めてしまいました。マルケスが濃密なディテールを与えて描きだす現実と非現実の交錯、長い時間経過、村や大家族の歴史……これらはいつも、ぴったりした言葉を見つけられない強い感情を僕から引き出してくれます。でもそれが何なのかをきちんと説明しようとすると、結局こういうまわりくどい文章になってしまうのです。かといって、無常感とか孤独感とかいうありきたりな言葉では到底言いあらわした気になれない。何なんだろうなあ、あれは。

作品の内容からはほど遠い話になってしまった。でもマルケスについて書きたいなと思ってた話が書けたので今回はもうこれでいいことにします。よくないんだけど。全然レビューにも何にもなってないんだけど。

補足情報。
こないだ新しく出た新潮社版は「落葉」、および「ママ・グランデの葬儀」から「土曜日の次の日」が一緒に入って「落葉 他12篇」というタイトルになっているようですが、僕が読んだのは古いバージョンでした。リアリズムっぽい成分と幻想指向っぽい成分の配分ぐあいは作品によってまちまちという感じ。全体に死のイメージが強く、ブラックな味わいの作品が多めです。個人的にはやはり後半のシュールな作品群、「誰かが薔薇を荒らす」「天使を待たせた黒人、ナボ」「イシチドリの夜」とかが好みですね。表題作「青い犬の目」は異様な文体で書かれた夢幻的な作品で、インパクトは相当なものですが、わけがわからずなんかエロくさいなあ、というアホな感想しかひねり出せませんでしたうぐぅ。

あと、マルケス作品としては異色なのが会話文主体の「六時に来た女」。レストランのコックと娼婦が交わすとりとめのない会話の行間に、男の戸惑い、女の未練、殺人についての含み、とさまざまな情報がほのめかされています。この婉曲さはまるっきりマルケスらしくないスタイルだと思うんですが、どういうつもりでこんな書き方したんだろう。会話小説のテストとか?

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吉報2。絶対可憐チルドレン、アニメ化決定の由。ほどほどにいい出来だったらいいな。

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[ニコニコ] アイドルマスターアカギ - 闇に舞い降りた天才P
高木に電流走る…!

[ニコニコ] IDOL M@STER SOLID  【Chapter005】前編
6:48の「?」米で吹かされた
[ニコニコ] IDOL M@STER SOLID  【Chapter005】後編
堂々の完結。凄かった

[ニコニコ] ちん刊アイドルマスターランキング 1月第1週
無限の才能を無限に浪費しつづける。それがちんこうPあちちゅーど

[ニコニコ] 【総集編】 ブラックラグーン × ファンタ = ブラックファンタ
ファンタCM系MAD。あまりのテンポの良さに思わずリピートしてしまう

[ニコニコ] くまうた動画巡礼用リンク
なかば自分用ですが。初音ミクやリンレン動画のクオリティインフレに疲弊した心をまぬけ演歌が癒してくれます。意外と中毒性高いなこれ。

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凶報?1。ガンスリのアニメ第二期がかなりあわわな出来ばえらしい件。第一期の暗さが微塵もないとて前作ファンからは大不評の模様です。
http://kissho.xii.jp/1/src/1jyou23644.jpg
↑キャラ絵も激変。一期が好きなのでちょっと期待してたんだけど、これはきついか。
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by umi_urimasu | 2008-01-05 20:48 | 本(others)
「The Book―jojo’s bizarre adventure 4th another day」乙一
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a0030177_18461527.jpgよくもまあ、文章だけでここまでジョジョっぽい雰囲気が出せるもんだなあ……。
小説形式であるにもかかわらず、ここにあるのはまぎれもなく「ジョジョの奇妙な冒険」の世界そのものです。原作の連載開始より20年、あのあまりに独特な作品世界を、同じ漫画形式ですら真似のできる人間はいなかったというのに。ジョジョのノベライズとして、現状でこれ以上を望むのは強欲というものでしょう。うむむ、乙一の精神の爆発力!認めよう!「本」のスタンドの思いつき、すばらしいものがあったことも認めよう!


設定やあらすじについては既にいろんなサイトで書かれているので省略して、キャラクター造形における原作とのちがいについて少し。
これに関しては、荒木飛呂彦があえて深く踏み込むことを避けた「共感を呼ぶ悪役」を物語の中心においたことが第一にあげられると思います。これにはいい面もあり、また微妙な面もあると思うんですが。
「The Book」の蓮見琢馬には、不幸な生いたちにまつわる明確な憎悪の理由と復讐の動機が与えられていて、彼は読者が心情的に共感できるタイプの悪役として描かれています。しかも復讐の対象が同情の余地のない悪党なので、よけいに琢馬に同情票があつまる構図になっています。このおかげでかつてなくウェットな味わいの新鮮な「ジョジョ」外伝が生まれたわけで、そのことは評価していいと思う。
でもその一方で、物語が求めた「かわいそうな悪役」というキャラ付けにしばられすぎたためか、蓮見琢馬は最後まで吉良吉影のように「普通さ」を裏返した圧倒的な怖さをまとうにはいたりませんでした。このせいで、琢馬はディオやカーズや吉良といった原作ジョジョの絢爛たる悪役に比べるといかにも「おとなしい」印象を与えます。「こんな化けものに絶対勝てるわけねえ」という、主人公がぶつかって倒すべき敵としての重みにはやや乏しいのです。やはり悪役の存在感にかけては、荒木飛呂彦のほうが一枚も二枚も上手ということなんでしょうか。
まあ、あのディオを生み出した人にそこんとこで張り合えというのは酷かもしれないし、こちらはこちらで乙一らしくて気に入ってはいるんですが。


原作のパロディやメタフィクション的な遊び以上に、乙一自身のジョジョ好きっぷりが感じられて読んでてニヤニヤしてしまったのは、シチュエーションづくりにかかわる部分ですね。こいつ荒木飛呂彦の脳みそ移植してもらったのか!? って思うほど、日常に潜む恐怖を引き出すシチュが異様に「ジョジョっぽい」。コンビニにふらりと現われる全身血まみれの猫だとか、狭いビルの隙間の空間に一年間閉じ込められていた女性の話だとか、密室の中で「車にはねられて」死んでいたという女性怪死事件とか、身体に傷跡のある生徒を探しだすのにスタンド能力を利用するやりかたとか、っていちいちあげていたらきりがない。むしろジョジョっぽくないシチュエーションを探すほうが難しいくらいです。乙一わかりすぎてる。
猫に餌をやるシーンでは露伴先生が今に「味もみておこう」って言い出すんじゃないかとひやひやでした。味はみなかったものの、なにくわぬ顔で睡眠薬とか入れてました。「やっぱり露伴先生だ」と思いました。

あと、あまり言われてないみたいだけどけっこう凄いのがクライマックスのバトルシーン。
乙一氏は対談で「戦闘の描写は苦手でてこずった」みたいな発言をしていましたが、あれはかなりの謙遜だったのでしょう。「ゴゴゴゴ」という擬音がほんとうに聞こえてきそうな張りつめた空気といい、スタンドの特徴と戦場の状況を活用しまくったトリックの応酬といい、まさにジョジョ、これこそジョジョの戦いだと思います。燃えるのなんの。とりわけ億泰&ザ・ハンドのかっこよさは異常。
子供のころから原作といっしょに育ってきた僕たちがあまりにも深くなじみすぎて、ともすれば「いるのがあたりまえ」のように感じてしまうスタンドが本来もっているはずの神秘性や圧倒的な暴力の凄まじさ、そういうものにあらためて気づかされる、非常に新鮮な「文章ならでは」の描写でした。
ちなみに本の装丁は作中の本のスタンドを思わせるデザインなので、手にとるとどうしても「The Book」ごっこをしてみたいという誘惑がおさえがたい。子供か。

物語のラストでは罪深く、痛切な、しかし一抹のさわやかさも添えた生命讃歌が高らかにうたわれ、原作版ジョジョのメインテーマの美しい変奏となっています。コミックのノベライズって聞くとなにやら軽薄なものを思い浮かべて敬遠してしまう人もいるでしょうが、そんなこと全然ありませんから。グレートな仕事ですよこれは。

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[ニコニコ] ジョジョ5部でBLACK LAGOONの神MADさん
残念画質だけど超がんばってる手描きMAD。暗殺チームが強烈にかっこいい

[ニコニコ] サヤウタ
沙耶の唄×ウサテイ

[ニコニコ] 【MAD】アカギ+カイジ×Tank! (カウボーイ・ビバップOP)
なんでこんなに合うんだ
[ニコニコ] 新・前原圭一のかわりに赤木しげるが転校してきたようです
村に舞い降りた天才が荒稼ぎします
↑今きづいたけどアカギの音楽がキングクリムゾンのREDのStarlessまんまだね。おまーじゅ?

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荒木飛呂彦×乙一JOJO対談
小説版を読んでから読むといちいち頷ける。
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by umi_urimasu | 2007-12-09 18:46 | 本(others)
筒井康隆が「ライトノベル」を書くそうです
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講談社のファウストだかメフィストだかで、来年一月から筒井康隆の新連載ライトノベル「ビアンカ・オーバースタディ」がはじまるというアナウンスが出ています。筒井康隆公式サイトより。
まあ小説に関してはほとんどなんでもできちゃう万能の人なので、やるといったらそれなりのことをやるのでしょう。しかし御年とって74 73歳、ほんとに呆れるほどアクティブな人だなあと感心してしまいます。これで筒井康隆は、みずから「ライトノベル」と銘打って(つまり自覚的に)ライトノベルを書いた史上最高齢のラノベ作家という前例のない存在になってしまうわけですが。いったいどんなのを書く気なんでしょうかね。最近のラノベといえばアニメ風の挿絵がつきもので、そのあたりもどうするつもりなのか気になります。批評精神旺盛な筒井康隆のこと、ガチでオタ系の人気イラストレーターを起用したりする可能性もまるでないとは言い切れません。面白そうなのでしばらくラノベサイトの反応とか観察してみよう。

ちなみに来年一月には新潮社より新作長編「ダンシング・ヴァニティ」が刊行予定だそうです。冒頭部分のためし読みもできるみたいです。テレビ番組にもレギュラーで出演中らしいです。まったくこの爺さんアクティブすぎる。

あと、公式サイトの予定欄にちょこっと「家」のCD?というのが書いてあるんだけど、なんだろこれ。サウンドドラマとか?「家」はどっちかというと映像のほうが嬉しい作品なんですが。文学部唯野教授のオーディオブックとかも載ってる。どんなんだいったい。

どうでもいいけど「ビアンカ・オーバースタディ」と「モナリザ・オーヴァードライブ」ってなんとなく似てるね。

(追記)
なんかはてな方面からけっこう人が来てくれていたようです。ヴァンダボー。
筒井作品で萌えキャラっていうと、七瀬やパプリカよりも「お紺昇天」のお紺とかシリコニイとか紙の楮先生とかのほうがしっくりくる気がするなあ。特徴的な記号をそなえた存在のほうが萌え向きなんだと思う。

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SF作家オモロ大放談
星新一、小松左京、筒井康隆のカニバリズム談義。面白すぎる。

[ニコニコ] 組曲『ニコニコ動画』描いてみた
あふれる才能の無駄無駄無駄無駄無駄使い
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by umi_urimasu | 2007-11-08 21:14 | 本(others)