ものすごく指輪好き限定な話題であれなのですが。「ホビットの冒険」を久しぶりに読みました。なんと美しい日本語であろうかといつものように感心し、次いで自然な反応として、「原書と翻訳ではいったいどんなふうにちがうんだろう」という興味がふわふわと出てきました。そこでためしに、適当に何箇所かえらんで原文と訳文をつき合わせてみました。(べつに誤訳探しをしたいとかいうわけじゃなくて、単純に文章の意味上の差分が知りたかったので。) ただ、じつは僕はホビットの原書をもってないので原文はフリーの引用文集 The Hobbit - Wikiquote からの引用です。そもそもこのサイトの文が正確かどうかわからないし、版数も不明なんだけど、とりあえず訳の底本と同じものと仮定。
"Farewell, good thief," he said. "I go now to the halls of waiting to sit beside my fathers, until the world is renewed. Since I leave now all gold and silver, and go where it is of little worth, I wish to part in friendship from you, and I would take back my words and deeds at the Gate."halls of waiting (待合室)を「天の宮居」とは、なんとも古風な趣のある訳し方ですね。自分で原文を読んでも到底こんな美しさは読みとれません。そういうところはやっぱり瀬田訳の存在がありがたいです。in friendship はあえて友情といわず「心をこめて」になってる。瀬田氏も泣きながら訳したといわれるだけあって、なんかこう思い入れだばぁな感じ。 "There is more in you of good than you know, child of the kindly West. Some courage and some wisdom, blended in measure. If more of us valued food and cheer and song above hoarded gold, it would be a merrier world. But sad or merry, I must leave it now. Farewell!"・ 原文では「あなたが思っている以上の美しさ」という比較構文。 ・ 「やさしい」はビルボにかかっているのかと思ってたけどじつは「西のくに」にかかってる。 ・ 「けなげな子」は原文ではただの child。 ・ some に「しかるべき」の意味はないだろうけど、in measure の意を汲んでこうしたのかも。 ・ 単なる ferewell! をちょっと変えて、末期のひと息が表現されてる。こういう演出はやりすぎちゃうとまずいのかもしれない。どの程度までやっていいのか、素人が良し悪しをどうこう言えるものじゃなさそうですが。 "Surely you don't disbelieve the prophecies just because you helped them come about. You don't really suppose do you that all your adventures and escapes were managed by mere luck? Just for your sole benefit? You're a very fine person, Mr. Baggins, and I'm quite fond of you. But you are really just a little fellow, in a wide world after all."ここは奇妙。「ところであんたは」と話を切り替えてしまっちゃいけないんでしょうね、ほんとうは。ホビット中のガンダルフのセリフで、たぶんいちばん指輪物語全体のテーマに近づいている大切な部分です。原文の論理を維持しつつ、もし僕なりにここを訳すとしたら、こんなふうにするかなあ。 「ビルボよ、あんたはまさか、自分のおかげで予言が成就したから予言を信じざるをえないというのじゃなかろうな? あの冒険と脱出がすべて、あんたひとりだけに都合のよい、単なるまぐれで成しとげられたものだと思っているのじゃなかろうな? あんたはまことにすばらしい人物じゃ。だがそのあんたとて、この広い世界の中では結局ほんのちっぽけな存在にすぎぬのじゃぞ。」こうしていくつかのサンプルを見てみたかぎりでは、瀬田訳は原文の本来の意味からかなりあちこち細かくいじってあるようにみえます。まあでも、改変が多いというのはむしろありがたいことのような気もする。トールキンのオリジナルと日本情緒満載の瀬田訳版、仮に中身が異なっていても両方すばらしい作品にはちがいないから。指輪とホビットがそれぞれ日英2バージョンずつ楽しめるなんて、僕としてはそれこそ願ったり叶ったりというものです。そんなわけで、わしら原書をちゃんと読破するという野望を新たにしたよ、いとしいしと!ゴクリ。 それにしても翻訳とは油断ならぬものよな。ふだん日本語で読んでいる海外小説の大半は、じつは原作とはほとんど別モノなんだということをもっと認識すべき。 以下余談つれづれ。 今回のホビット再読については、今まであまり突っ込まなかったビルボの冒険の背景事情などもちょっと味わってみたいと思って、追補編をぱらぱらしながら読みました。これはわかりやすい。ドワーフがオークを目のかたきにしたり、モリアやエレボールにあれほど固執する気持ちがだいぶ理解できました。ホビットの内容だけだと、財宝をひとりじめしようとしたトーリン・オーケンシールドは頑迷で強つくばりなやつという印象をもってしまいかねないんですが、ドゥリン一族の凋落ぷりと再興の望みのなさを思うと彼にも同情せざるをえない。彼の立場なら誰だってあのときはああいう態度をとるしかなかったかもしれない。哀れなる山の下の王よ。 あと、ホビットの冒険では詳しく書かれてないけど、ガンダルフの思惑としては、サウロンを牽制するためにあらかじめエレボールをどうしても奪還しておきたかったらしいですね。その後の指輪戦争に勝利できたのもエレボールが取り戻されていたからこそであって、つまり元をたどれば彼とトーリンがたまたまブリー村でめぐり会ったおかげなのだ、と言ってるくだりが追補編にあります。指輪物語全体を通してのテーマのひとつは、ホビットのラストシーンでもそれとなくいわれている「大きな運命の流れの中で誰もが最善をつくし、小さくても大切な役割を果たす」ということだと思うのですが、中つ国全体のスケールでみて誰がどういうポジションにいたのか、ホビットの描写だけではつかみにくい。そうした広い視点をおぎなうのにも追補編は役にたちます。じつに有意義な再読でござった。 ───── チャールズ・ストロスのオールタイムベストアニメ さりげなく灰羽連盟を混ぜてくるあたり、出来ておる Amazon.co.jp: The Windup Girl: パオロ・バチガルピ 気になってる本。SFマガジンに載っていた「第六ポンプ」が面白かったのでちょっと注目。この長編もかなり評判らしいです。そのうち早川とかで翻訳されるかな。 [ニコニコ] 【PS3】 PS Home アイマスライブ 4回目 まさかのアクシデント 最近見たアイマス動画でいちばん笑った。メタバース内だって正座で反省会ができること、それが重要
by umi_urimasu
| 2010-01-27 20:29
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