時代伝奇小説をここ数年で少したしなむようになったのですが、中でも柳生一族を題材にしたものには特別の興味をもっています。山田風太郎、荒山徹、隆慶一郎と流れてきて、最近のお気に入りは五味康祐。「お上のためならどんな汚れ仕事もあえてやる。その代わりいつでも腹を切る覚悟はできている」という武士の割り切りすぎな生き方を、美化するでもなく、貶めるでもなく、そういう時代だったからとしてただ淡々と描く、その透明な非情さのようなものがいたく僕の心の琴線にヒットするようです。そのうえガチでエンタメ、殺陣描写も抜群に美しい。
「柳生武芸帳」と「兵法柳生新陰流」につづいて、五味作品を読むのはこの「柳生天狗党」で三作め。1969年に新聞連載され、没後の1981年に単行本化されたものだそうです。内容はひとことでいうと「柳生武芸帳の軽量版」。徳川御三家のお家騒動にまき込まれ、政治の駒として使い捨てられてゆく柳生十兵衛の隠し子たちの運命が、非情に徹した筆致で描かれています。最初のうちはわりと気楽な雰囲気だったのが、やがて洒落ですまない事態となり、最後には関係者全員をだまして殺すことすら辞さない、という暗黒展開になだれ込んでいく。このダークさ、やるせなさに、なんかよく似たやつをかつてどこかで読んだようなおぼえが……と思ったら、マルドゥック・ヴェロシティでした。ああした板ばさみ的な苦痛に惹かれる人には、五味柳生はかなりおすすめではないでしょうか。 枠組みは基本的に柳生武芸帳に似ているものの、「天狗党」はストーリーの枝もキャラクター数も武芸帳に比べると小規模で、一応きちんと決着はつくようになっています。未完でない点はたいへんありがたい。ただ惜しいのは、終盤でいきなり話がものすごい駆け足になっちゃうこと。連載ゆえの事情とかがあったのかもしれませんが、強引に幕を引こうと無理をした印象は否めません。場合によっては主役級のキャラクターですら情け容赦なく殺される、その信じがたいあっけなさに呆然としてしまうほどです。そこまでの非情さでもって、組織の歯車として死ぬ以外の生き方が許されなかった、それが当然だった武家社会のありようそのものを五味康祐は表現しようとしたのだ、と読むのはいい方に解釈しすぎか。ともあれ、いろんな意味で終盤がキツい作品でした。 吉原や大奥が舞台になると、そこでの習慣や日常生活についてやたら細かいディテールを書き出すのがいかにも五味康祐らしいと思うのですが、執筆時期に10年以上もひらきがある武芸帳と天狗党でも、彼はやはり同じ手法をやっています。そんなところも武芸帳リメイクっぽい。将軍が御台所とHする際のしきたりとか、わりとどうでもよさそうなトリビア的情報を何ページもかけて説明したりするところまで一緒です。いったいどういうこだわりなんだろう。しかしおかげでどうでもよい江戸知識がまた少し身につきました。 さてと。次に読む五味作品はどれにすべい。柳生ものなら「柳生連也斎」は外せないか。柳生以外なら「薄桜記」あたりがよいかなとも思っています。「薄桜記」は忠臣蔵もので、荒山徹も大絶賛の作品だそうだし。「荒山氏絶賛」っていまいち素直に信用していいものかどうか不安な気もしますが。ともかく楽しみだ。 (追記) 「薄桜記」をゲット。解説が荒山徹だった。五味康祐の代表作が柳生武芸帳とか冗談じゃねーよ!といきなりたいへんな剣幕です。そして薄桜記そっちのけで熱烈プッシュしてるのが「黒猫侍」。「超が百億個ついてもまだ足りないくらいの大大大傑作」「ライトノベルの読者にこそ読んでもらいたい」だって。超が百億ってあんたは小学生かと。でもまあ、好き好き五味先生な気持ちは十分伝わった。 Amazon.co.jp: 黒猫侍 (徳間文庫): 五味康祐 これがそうらしい。うーん。一応確保しとくべきか……。 ───── 「バレエ・メカニック」 津原泰水。 眠いときに無理して読んだせいか、幻想的なイメージの奔流としてしか把握できなくて、正直何がなんだかよくわからなかったという曖昧模糊たる読後感。「都市が人間の脳の機能を代替する」というSFっぽい着想をベースにしながらも、ひたすら夢が現実を侵食するパプリカ的酩酊感に最後まで翻弄されてました。ARネタも出てくるけど、サイバーパンクってよりは感傷的な幻想のための魔法のメガネ扱いだったような。うーん。こういうものはあれだ。考えるな。感じるんだ。とリーさんが言っていた。そうしようそうしよう。 ───── 山田芳裕、モノホンの古田織部についてNHKで語る 2月10日(水)22:00 NHK総合。へうげもの。見るしかないでござるよ。 [画像] 日本の甲冑は世界一美しい。 日本にかぎらず世界の甲冑画像スレ。すごい。インドやアフリカの鎧もあり
by umi_urimasu
| 2010-01-18 21:10
| 本(others)
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