『現実よ、虚構となれよかし』
サイバーパンクの最盛期を担った作家たちの脳内を抜け出し、既に十分すぎるほどリアルな未来像として一人歩きを始めた「電脳世界」という概念。この題材を、現在のところもっともアクティブに描き続けているのはおそらくこの攻殻機動隊シリーズでしょう。 「マトリックス」に嘆息し、「イノセンス」を見て「やっぱりなー」と首をすくめた人々はみな、現在進行形のTV版 2nd GIGにひとかたならぬ期待を寄せているはずです。 押井守による劇場版と神山健治によるTVシリーズ、どちらも描写力に長けた上質のエンターテインメントとして定評があります。しかし同時に、作品が投げかける問題はとても根源的で、かつその行き着く先は遠く、未だに答えの見えない領域です。例えば、 電脳化した人間のアイデンティティはいったいどのようなものになるのか。 ネットの中に、意志をもった情報生命体的な存在は生まれ得るのか。 もしそんなものが生まれた時、人類は自らをいったい何者と定義するのか。 上の命題はどれも、2004年現在の私たちにとってはそれほど差し迫ったものではありません。しかし近い未来において、これらはほぼ確実に絵空事ではなくなるでしょう。「電脳」と「義体」が現実の技術となり、記憶や肉体のコピー・交換すら思いのままになったとき、私たちは今まで当然のように持っていた人間としての基本的なアイデンティティを失うに違いありません。自分は自分であり、この現実が虚構ではないと信じる根拠ーーつまり、精神と肉体のつながりが「物理的に」断たれるからです。 人間は常に、自分とは何か、人間とは何か、という疑問を自分自身に向かって問い続けてきました。しかし電脳技術は、この疑問の意味すら根本的に変えてしまう力を持っています。あたりまえのことですが、哲学的問題として頭の中で考えるのと、現実の技術としてその方法が存在するのとでは深刻さが根本的に違います。勢いで電脳化してみてから「自分は本当に自分なのか」と悩み始めても、もはや後の祭り。そこから先はむしろ「いったいどこまでが自分なのか」という、より差し迫った悩みが始まるのです。 その意味で「電脳」は、人類が火を使い始めてから手にする中でもっとも危険な技術となるかもしれません。そして全地球規模のアイデンティティ・クライシスが引き起こされるまで、あとほんの数十年、長くても100年足らずしか残されてはいないのです。そのときが来るまでに、私たちは泰然として自己を見失わずにいられるほどの境地に至っていられるのでしょうか。はなはだ疑問なところです。 ……。 とか言ったけど、まー案外何も起こらないかもしれませんね。攻殻機動隊という作品は、そういうところはある意味、とても楽観的に構えています。TV版の第一シリーズに登場した関西弁のサイボーグ社長だって、ハコ型のボディに脳を入れて悩む様子などこれっぽっちもなく生きていたわけだし。それに、そんなちまちました実存問題なんかよりも、少佐コートの下はすっぽんぽんディスカ?! いや光学迷彩服でBCKスケスケディスカ?!とかいう衝撃の方が、人によってははるかに大きかったり。 人間って偉大な生き物だ。うん。 【補足1】 SF的には、より実験的で描写し甲斐のありそうなテーマは、ネットの海に「溶け込んでしまった」草薙素子の精神構造や感情(あるのか?)ではないでしょうか。個体の枠を逸脱した純粋な電脳存在ともいうべき彼女は、いったい何を感じ、どのように思考するのか。映像表現には向かないと思われる部分ですが、だからこそなおさら目に見える形で見てみたいところです。 【補足2】 「アヴァロン」において押井守は、実写映像というフォーマットに細工をして、私たちの居る現実に対して虚構化をしかけようとする一種のトリックを展開しました。その意味ではアヴァロンの方が攻殻機動隊よりも、技法上はより尖鋭的と言えるでしょう。ただし、一般にはなじみの薄いバーチャルリアリティゲームという題材の扱いや衒学的なスクリプト、抽象的な登場物(犬?)などが、トリックのもつ危険性を鈍らせてしまったようにも見えましたが。 「イノセンス」は、圧倒的なビジュアルを用いてサイボーグの孤独をナイーブに描いてくれはしたものの、結局はGhost in the Shell以上の領域に踏み込むことはなかった、というのが個人的な印象です。あれはどこまでも「こちら側」に残された平凡なサイボーグの孤独でしかなく、私たちが本当に表現して欲しいものは多分、「あちら側」にいるものの姿だからです。 そしてTV版第一シリーズの最終話には、人間の記憶とアイデンティティのあり方について新たな視点を示したい、という制作者の強い欲求がこもっているように思われました。これはおそらく、現在進行中のSAC 2nd GIGでさらに深く踏み込まねばならない点でしょう。というか、そうしないとお客さんが納得しない。2nd GIGが最終話にどういうメッセージをもってくるのか、今からかなり楽しみです。 なんかしばらくぶりに頑張ってたくさん書いてしまいました。 つかれた。ふひぃ。
by umi_urimasu
| 2004-09-02 20:05
| アニメ・マンガ
|
最近のエントリ
「ゾンビ・ダイス」のようなものをお手軽に自作して遊ぶ
シルヴァン・ショメの異形の世界 「朝鮮通信使いま肇まる」 荒山徹/「マルドゥック・フラグメンツ」 冲方丁 「ザ・スタンド」 スティーヴン・キング 「ねじまき少女」 パオロ・バチガルピ 荒山先生はいつも楽しそうでいいよな 「友を選ばば」 荒山徹/「痩せゆく男」 S・キング/「大暗室」 江戸川乱歩/他 日本人はなぜクトゥルーを怖がらないのか 「異星人の郷」 マイクル・フリン 路傍のラピュタロボット 「ペット・セマタリー」 スティーヴン・キング すべての美しい木曽馬(?) すべての美しい競走馬 スティーヴン・キングに(ようやく)目覚めた ゲームのリアルリアリティ 中世の料理と風呂について: 司教様ご一行フルコース食い倒れツアー 統計: ファンタジーにおけるドラゴンの流行色 ロシアの伝説に残るユートピアとしての日本国 テッド・チャン インタビュー [2010.07] "On Writing" 時代小説、SF、ボーイズラブ、大食死 あとゾンビ 「テルマエ・ロマエ」 第1巻 ヤマザキマリ 忍法帖の姫キャラ比較 覚悟のススメみたいなノベルゲーム探してます 「天地明察」 冲方丁 映画 「第9地区」 映画 「シャーロック・ホームズ」 一生に一度は行ってみたい空想都市 荒山徹作品の再現コラ画像 「年間日本SF傑作選 超弦領域」/他 「ブラッド・メリディアン」 コーマック・マッカーシー PCが壊れると積読が崩れる トールキン「ホビットの冒険」訳文チェック 「柳生天狗党」 五味康祐 「ユダヤ警官同盟」 マイケル・シェイボン 映画 「ストレンヂア 無皇刃譚」 「あなたのための物語」 長谷敏司 「自生の夢」 飛浩隆 「洋梨形の男」 ジョージ・R・R・マーティン 「息吹」 テッド・チャン 年とるとライトノベルが読めなくなる 「海島の蹄」荒山徹 「煙突の上にハイヒール」小川一水 「柳生武芸帳」五味康祐 Yahoo! 剣豪知名度ランキング 「鳳凰の黙示録」荒山徹 「乙嫁語り」森薫 「すべての美しい馬」コーマック・マッカーシー 「順列都市」グレッグ・イーガン カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
ライフログ
その他のジャンル
記事ランキング
|
ファン申請 |
||