読み心地は「めちゃくちゃ鬱入ったイーガン」。
死病に侵された孤独な女性研究者の苦痛と恐怖と怨嗟にまみれた、意識と死についての思索小説です。信仰や感傷といった逃げ場を完全に封じた、むきだしの「死」の無意味さを突きつけられるため、自分にひきつけて読むと猛烈に気がめいる。しかし同時に、そのストレスに釣りあうだけの知的興奮も味わえる。恐ろしくへヴィな作品でした。 あまりにも気分が凹む話なので、僕の頭にもITP制御部がついてて感情コントロールができたらいいのにとすら思いましたが、もちろんそんなことはできません。そこで原始的な代替手段として、できるだけおバカなギャグ作品でも鑑賞してみようということになった。んで、「ニニンがシノブ伝」を久しぶりに見てしまいましたよ。すごい!効果てきめん!おかげでかろうじて精神的健康が保たれた。う~んおっぱい。 読後、ひっかかってる疑問がひとつあります。 作品最大の泣かせポイントともいえる、wanna be の自殺がもたらす感動の正体がいったい何なのか、どうもよくわからないんですね。作中で明記されてたように、生粋のITP擬似人格は肉体をもたないため、「恋愛をしてひとりであることをやめることは個体を失うことと同義」です。つまり、恋イコール死。そのうえ、wanna be にとってはサマンサという唯一の読者が世界のすべてであり、恋愛対象もサマンサ以外になく、そして彼のアイデンティティは道具として彼女の「お役に立つ」こと。ゆえに、じつはサマンサがどうなろうが wanna be に「彼女のために死ぬ」以外の行動はとりえない。それが何か尊い心性の発露のようにみえるのはただの錯覚だし、サマンサの感傷も欺瞞でしかない。彼女自身もそんなことは承知してる。ただしそれでも、死がしあわせなものでありうるという幻想を与えて彼女から「ことばと意味を奪い」、死を待つ時間のうちのいくらかを物語に逃げて過ごさせたのは、確かに wanna be の自己犠牲のおかげであって。 うーん。やっぱりわからん。wanna be の死はあまりにも理にかないすぎてる。身もフタもない言い方をするなら「そうなるように設計された道具だったから」死んだだけでしょう。なのに感動した。ありゃなんだったんだ。 あと、帯の惹句には「イーガン、チャンを経由し伊藤計劃に肉薄する」とあるのですが、むしろこれはイーガン的な問題にとりかかる手前で「死」という絶対的な障壁をぶっ立ててるプレ・イーガン的な位置づけの作品ではないかと思います。人格がデータ化できても死そのものへの恐怖や怒りやなんやかやはどうせ克服できないよ、っていうのが結論ぽいし。いつもイーガンが描いてるのはそこを特異点として避けた先じゃなかったっけ。 (追記) 昨日のひっかかりは、「愛着ある道具を失う」と「恋人が死ぬ」を等価とみなすことへの心理的抵抗だったんじゃないのかなあ、と思いはじめました。これが「虚航船団」だったら、ごく自然にうけいれられるんですよ。虚構性が強いから、かえって思い切りよく感情移入できる。ディズニーとかもたぶん同じ理由でいける。でもこの作品ではひっかかってしまった。ITP人格が、完全に道具でありながらかぎりなく人間に近く、しかも適度にリアリスティックな存在である、そのリアリティのせいで「リアルで死なれてほんとにこうなるの?」と戸惑いをおぼえてしまったのではなかろうか。などとさかしげに自己分析してみた。 長谷敏司『あなたのための物語』 - logical cypher scape 少しネットで探してみたら、こちらのレビューでぽろっと「亜人間の生と自由の問題」について指摘されてました。あのへんが気になったのは僕だけじゃないんだろうと思っておこう。 ───── 美少女と金について1日2時間は考える - 高遠るいDIARY > やっぱり美少女には軽度のお色気が何よりも求められていて、怪獣とか全裸とか重傷とかじゃないんだってことが身に沁みた プロの娯楽漫画家が今ごろ何をいっとるんじゃという感じですが、今ごろそんなこと言ってるようだからこそミカるんやシンシア・ザ・ミッションみたいな作品が描けるのだとも考えられる。できれば今のままでいてほしいかも。 [画像] 民俗学っぽい画像をダラダラ貼っていってみる 魅惑の妖異空間。遠野物語、読んでみたいなあ。 コニー・ウィリス インタビュー - 12/21/2009 Blackout と All-clear についてのチョイ話など。昔、初めての作家会議でジョージ・R・R・マーティンに「今このときにSF界に入ってくるとは気の毒な……もう死にかけのジャンルだよ」とかいわれたらしい。ここでは景気のいいこと言ってるけど。まあこの人たちはジャンルがどれだけ斜陽でも自分は超絶技巧でどうとでもしのげるから余裕こいててもよさそう。 ↓ ハーモニーの英語版書影。女の子型ハザードマークみたいなのはいいセンスだと思う。
by umi_urimasu
| 2009-12-23 22:57
| 本(SF・ミステリ)
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