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「残像に口紅を」筒井康隆
世界からは既に「@」と「∀」と「:」が消えている

これ、もし本当に消えたら……なんか全世界のネットが機能麻痺に陥って大混乱になりそうですが。あと2chも壊滅の憂き目に。ターンエーも黒歴史扱いに。そんな世界、困ります。

これは世界から平仮名がひとつづつ消えてゆき、その仮名を含む言葉が示す物や事象も一緒に消えていく中、残された言葉だけで小説を綴るという試みを実行した小説です。作者本人がキーボードに画鋲を貼り付け、消した文字を使えないようにしながら書いたといういわく付きの作品。終盤では五十音+濁音・撥音のほとんどが使用不可となった状態で、気迫というか執念というか、ぎりぎりの緊縛状態で物語が紡がれていきます。
こういった場合に、読み手の期待するものは「文字制限というハンデをどうやって克服するか」でしょう。これはまあ、論より証拠という奴です。無理だと思うのが普通。しかし筒井康隆は普通じゃない。本来なら平仮名をいくつか削っただけでまともな文章すら書けなくなってしまうであろう所を、作家本来の文体を可能なかぎり維持しつつ、家庭の崩壊、作家の生態、現実と虚構の混濁、ついには昼下がりの情事(エロエロよー!)までをも描破するという離れ技に及びます。
感心というか、呆れました。よくもまあ、そこまでする。

仕事にキーボードを使う人ならば、キーがひとつ死んだだけでテキストが全く書けずお手上げ状態になってしまったという経験があるかもしれません。僕は何度もあります。あれは腹が立つ。「まだだ、たかがDeleteキーをやられただけだ!」などと強がってみても、凡人たる我々にもニュータイプの如き閃きでテキストが書けたりという都合のいいことはありません。人がそんなに便利になれるわけはないのです。
うー、つまり要するに。言葉にほんの小さな制限を科すだけでも、現代人にはそれが巨大なストレスになるという事を言いたいわけだ。だとすると、その制限をエスカレートさせつつこれだけの長さの物語を書き切るなど、きっと想像もつかない業苦でしょう。いわば、足の指だけでフルマラソンをやるようなもの。
しかし一方で、縛られた状態でなお表現を試みるという行為に伴う快感も確かにあり得るのです。虚構にしか存在し得ないマニアックなマゾヒズムですが、何となく解る気もする。不自由なコンディションでどこまでやれるか試したいという欲求として。こういうの、誰にでもありそうですよね。
まあ読者にしてみれば、作家が苦しみながら戦う姿をパフォーマンスとして楽しむだけで済みますが、実際に文章という己の仕事道具でそんな真似をする人はかなりレアでしょう。文を紡ぎ虚構を作り出すという表現欲が、そこまでがんじがらめに縛ってもまだ止まらないという業の深さ。それがこの作品に妙な畏怖を感じる原因かもしれません。

抑制されたためにかえってより強く作家のエゴが迸ろうとする、そんなテンションの高さを内包した、血戦の記録。やはり単なる笑いだけでは済まされず。


え、オリンピック?
なんですか、それは?
by umi_urimasu | 2004-08-30 09:21 | 本(others)


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