「洋梨形の男」 ジョージ・R・R・マーティン
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a0030177_20542746.jpgなぜだろう。どこにでも転がっているようなありふれた話なのに、異様に面白く感じる。それだけストーリーテラーとしての技術が優れているということなんでしょうか。「フィーヴァードリーム」、「タフの方舟」、そして「氷と炎の歌」を書いてのけたジョージ・R・R・マーティンであれば、むしろそれぐらいできて当然と思うべきなのかもしれませんが。弘法筆を選ばずっていうしなあ。


収録作品は1981~1987年ごろに書かれたホラー系の中短編六本。「モンキー療法」が1984年ローカス賞、「子供たちの肖像」が1986年ネビュラ賞、「洋梨形の男」が1988年の第一回ブラム・ストーカー賞と、なかなかの大盤振る舞いです。作中のできごとが現実なのか、それとも語り手の妄想なのか、どちらとも取れる読ませ方があまりにスマートで、怖さ以上に語りの技巧にびびってしまいました。なんたる小説上手!

ところで、僕がマーティンの小説でいつも楽しみにしているのが食べ物描写へのこだわりです。聞いたこともない海外の珍しい料理、高級すぎて想像がつかない料理、郷土料理からジャンクフードまでの多彩なメニュー。登場人物がさもおいしそうに食べていたりすると、読んでるこちらも釣られて食欲がわいてきてしまいます。氷と炎の歌の婚礼大宴会、フィーヴァードリームのハングリーなアメリカ料理、タフに出てくる宇宙グルメ(?)描写、いずれもたいへん印象的なものでした。この作品集の中でも、特に「モンキー療法」は暴食とダイエットがテーマなだけあって、高カロリー料理の描写がこってり山盛りです。よくわからないのもたくさん。たとえば子牛のコンドンブルー、ぺパローニ・ピザ、ライスを詰めたロック・コーニッシュ鶏、キールパーサ・ソーセージ、イタリア菓子のカンノーロ、などなど。「スレンダー&シーゴー」ってのはなんだろう。ダイエット食品の一種?

こうした食の描写の過剰さは、単に趣味的なことだけが理由ではないように思えます。「食べる」という行為は本来暴力的なものであり、ホラーという表現をつかえば、食事という日常的な行為の底に抑え込まれているその衝動により深く触れることができるから……とかそんな狙いもあるのではないかと。表題作「洋梨形の男」のキーアイテムであるスナック菓子が、狂気、不潔さ、幼児性の象徴のようにおぞましいものとして描かれているのも、あるいはそういう目的があってのことかもしれません。
cheese doodle - Google 画像検索
ちなみにそのスナック、チーズ・ドゥードル(たぶん日本でいうおやつのカールみたいなもの)はアメリカではけっこうポピュラーな銘柄らしいです。ひどい色だ。おいしいんでしょうかな。

「子供たちの肖像」は、フィクションの中の登場人物がかつてそれらを生み出した作家を夜な夜な訪れて彼を苦しめるという話。作者いわく「書くこと、そして作家が自分の夢と恐怖と記憶を掘り起こすとき支払う代償についての物語」だとか。作家はどんなできごとでも小説の材料にしてしまうけど、モデルにされた現実の関係者にとってはたまったもんじゃない、というやつですね。現実か虚構か、二つに一つという極限状態へ追いつめられていく過程がまるで計ったような意地わるさ。さすが作中人物いじめに定評のあるマーティン翁です。自作の登場人物との交流は、作家なら誰もが抱く願望かもしれませんが、これほど神経がすりへるとしたらいかがなものか。まあ、それでも会えるものなら喜んで会う、もとより覚悟完了済みだ、という人もいそうだけど。筒井康隆とか。

余談。今、アメリカはちょっとしたヴァンパイアブームの渦中にあると聞きます。これはまたとない好機なのでフィーヴァードリームが映画化されるよう念じてみる。吸血鬼×(外輪船+南部)=燃え。監督はPJあたりで、ジョシュア・ヨーク役にはクリスチャン・ベールとかではどうだろう。見たい。それ見たいっす。

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[画像] アミルとエマ
森薫ヒロインズのイラスト
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by umi_urimasu | 2009-12-10 21:00 | 本(others)


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