「息吹」 テッド・チャン
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a0030177_2344934.jpgやっぱすげえええええ!翻訳で読んであらためて感動。美しいです。ほんとに、テッド・チャンはテッド・チャンにしか書けない小説しか書かないな。

内容に触れている人をあまり見かけなかったので、ちょっと詳しく紹介してみます。慎重に書いたつもりですが微妙にネタバレかもしれません。一応ご注意ください。

「息吹」 (原題: Exhalation)

すべてが機械仕掛けのその世界では、「空気」が生命の源とされていた。機械の身体をもつ住民たちは毎日、もよりの〈給気所〉で空になった「肺」を新しい空気の詰まった肺に換装し、一日分の空気を補充する。この世界の果ては巨大なクロムの壁に閉ざされていて、壁の外がどうなっているかは誰も知らない。
あるとき、その世界にちょっとした異状が発生した。世界中の水銀時計が、ほんのわずかながら、徐々に早まり始めているという噂が広まったのだ。その知らせに危惧を抱いたとある解剖学者は、自分で自分の脳を解剖しようと決意する。実験の目的のひとつは、積年の謎である記憶と思考のメカニズムを解明すること。そしてもうひとつは、時計の遅延の原因についての手がかりをつかむこと。しかし解剖学者が明らかにした世界の真実は、この上なく無慈悲なものだった……。
あらすじはこんな感じ。機械世界の牧歌的な生活がかもし出す寓話的な雰囲気、脳解剖シーンの機械曼荼羅的なイメージ、そして残された切なる祈り。たった13ページでこれだけ揺さぶられる作品も稀ですね。

作品のテーマは、いってみれば「存在賛歌」でしょうか。「宇宙は滅ぶ。しかし君よ嘆くなかれ。なぜならここにいた我々の存在自体がすでに奇跡なのだから」みたいな。
この物語の中で、宇宙の滅亡はあまりにも当然の原因からくる当然の結果として訪れます。「孤立閉鎖系においてエントロピーは増大の一途をたどり、やがて平衡状態に達する」というあの法則によって。空気の気圧差を活動源とする機械人たちにとって、密閉された世界から出ることもかなわず、気圧の差がゼロになる日をただ待つことしかできないと悟るのはどれほどやるせなかったことか。

物語の語り手が書き残した手記は、いつかこの滅び去った世界の廃墟を訪れるかもしれない、どこか別の宇宙からの探検者へのメッセージでしめくくられています。
「我々の宇宙は、静かなしゅっという音だけを残して平衡状態に達したかもしれない。しかし、この宇宙がこれだけの豊富なものを生み出したという事実こそが奇跡だ。それに匹敵するものがあるとしたら、あなたがたの宇宙があなたがたを生み出したという奇跡くらいのものだろう。」
もし我々のこの宇宙も閉じた系なのだとしたら、やはりエントロピーは無慈悲に単調増加をつづけ、いつかは滅亡のときがくるでしょう。しかし、終状態がひとつでも、そこに達するまでの経路には無限のパターンがありうるのだそうです。その無限の道すじのうちの一本をたどって、この僕たちが現に今ここにこうして生きているわけで、よく考えたら、いやよく考えなくても、そりゃちょっとすごいことなんじゃねーの。と、ここに至って宇宙生滅の流れの中に自分ごときの人生がなぜかしっくりはまってしまうこの驚き。そこであなた、タイトルが「息吹」ですよ。まったく、イイ話じゃありませんか。


グレッグ・イーガン「クリスタルの夜」も同じ雑誌に収録されていたので読みました。
こちらは「順列都市」の補足的な作品。AIが進歩していけばいずれ、人間なみの知性を持つときがくる。そうなったときに、彼らを仮想空間上で育てている人間が「進化の促進のためにはしかたないことだからメンゴメンゴ」といいながらAIたちにひどい苦痛を与えたり、非人道的(非AI道的?)な仕打ちをしたりすることも、まあ確実に起こるだろう。それって許せると思う?どうよキミ?という、AI倫理問題についての問いかけ。まああれですな、いつものイーガンの裏返しのような感じですな。お得意のネタにしては地味な作品という印象をうけましたが、オチが少々おとなしかったせいでしょうか。もはや、宇宙をつくったり潰したりするぐらいでは驚きすらされず地味とかいわれてしまうイーガンさん。

以上、どちらの作品もSFマガジン創刊50周年記念号に掲載されてます。その囲み記事に書いてあったんですが、テッド・チャンの次の新作は「商人と錬金術師の門」の前から書いていたAIものの中篇で、すでに完成まぢかだって。楽しみすぎる。

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by umi_urimasu | 2009-12-01 23:15 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
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