「柳生武芸帳」 五味康祐
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a0030177_0223170.jpga0030177_022394.jpg見果てぬ夢、とはこういう作品のことをいうんでしょうかなあ。五味康祐がもし柳生武芸帳を完結させていたとしたら、いったいどうなっていただろう。伝奇小説に使えそうな柳生一族ネタは残らずやり尽くされてしまい、他の誰も手が出せないジャンルになっていたかもしれない。それほど徹底的で容赦のない網羅ぶりでした。あまりに多くの柳生ネタを詰め込みすぎたために物語の枝が膨大になりすぎ、まとめる気配など微塵もなくいきなりぷっつりと終わっている結末は、いっそ崇高さすら感じさせます。この夢は永遠に終わらない。柳生好きたるもの、かくありたし。

五味作品の格調高い文体で描かれる剣豪たちの挙措には、深く研ぎ澄まされた、なにかこう、静謐な迫力があるように思います。心理描写はほとんどないんですが、無言の一動作の中に、「死」をきわめて近くに置いて生きていた武士の心性の峻厳さみたいなものが鋭く光る、そういうもののようです。特に柳生宗矩や兵庫の突き抜けた覚悟完了っぷりに、僕などはただ畏れ入るばかりでした。

しかし一方で、五味康祐という人はわりとおちゃめなネタ伝奇好みの人でもあったらしくて、じつはけっこう楽しんで悪ノリしてるのでは?と思うようなおバカっぽいことをぬけぬけと書いていたりもするんですね。
たとえば柳生兵庫が毎朝やっていた健康法として、「空気を腹に呑む」秘法があるという話。深呼吸をして、肺ではなく胃の方へ空気をいっぱい呑みこむんだそうです。もちろん生理的にできるわけないはずですが、達人になれば造作もないことだという。そうして新鮮な空気をたっぷり腹にたくわえ、やたら「おなら」をします。これによって体内の汚れた空気を排出し、清浄な空気に入れかえ、体調がよくなるのだとか。ウソをつくなウソを!

また、時代伝奇ではおなじみの坂崎事件にはいろんなパターンの逸話があるんですが、柳生武芸帳では「よりによってそれはねーだろ」という特にひどいパターンをわざわざやったりもしています。それは兵を集めて立てこもった出羽守の屋敷に、柳生宗矩が幼い十兵衛を単身潜入させて出羽守を暗殺させた、というもの。その際に傷を受けて十兵衛は隻眼になったんです。だって。バカかよ!ねーよ。ネタにしてもあんまりだよ。
とまあこんなふうに、古武士の美学に背筋を伸ばしつつ、同時にひどい伝奇ネタで笑い転げながら読める、そんな聖俗の両面性も五味作品の魅力なのではないかと。

あと、五味柳生といえばなんといっても黒宗矩のかっこよさ。あのマキャベリズムの権化みたいな謀略マシーンっぷりに惚れてムネノリスト(?)になった人も多かろうと思われます。まだ弱冠15歳の宗冬(宗矩の三男)に忍者として女装の術を仕込むために歯を一本残らず引っこ抜かせて眉ひとつ動かさないとか。宗冬の入れ歯をつくらせた歯医者に涙ながらに感謝しておいて、裏では口封じのために宗冬本人にその暗殺を命じたりとか。さらに、秘蔵の武芸帳をうっかり水戸徳川の幼君千代松(水戸光圀)に見られてしまった友矩(宗矩の次男)に向かってはこの調子で。
「将来御成人の上、本日の事お懐いなされ、不審をいだかれまするは必定。その時は」
「切るまでじゃ」
「え?」
「たわけ。其方が腹を切るまで、と申しておる」
実の子にすらっとこれを言い放つ父親!もちろん他人だけでなく自分自身に対してもまったく同じ態度です。隆慶一郎や荒山徹の作品では往々にしてへタレ策士っぽいキャラクターとして描かれているせいで、あとから五味版宗矩を知った僕にはよけい冷酷非情に見えるのかもしれませんが、それにしても圧倒的な黒さ。とにかく強烈な人物造形でした。今までにこれより黒い宗矩を描けた人っているんだろうか。

a0030177_0435050.jpg柳生武芸帳があまりにも気に入った勢いで、次は「兵法柳生新陰流」にとりかかってみました。
なんじゃこりゃ。柳生ジェットストリームアタック!吹いた。おバカさんすぎる。兵法は死狂いだな。でもその一方で、こうも書かれています。「真に死を覚悟したものに太刀技は効かない。剣術は死を恐れる心境がつくりだした芸術である」。これだから五味柳生って好きだ。


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by umi_urimasu | 2009-11-11 00:54 | 本(others)


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