「越境」がツボに入りすぎた勢いでこちらも読了。すばらしい。
この作品の一番のすごさはやはりその圧倒的な「馬描写」にあると思います。これはまわりくどい説明をするより本文を読んでもらった方がわかりやすいでしょう。引用が長すぎるのはあまりよくないかもしれませんが、とりあえず二つほど例を挙げてみます。 ジョン・グレイディが両膝ではさむ肋骨の穹隆(くさかんむりに隆)の内側では、暗い色の肉でできた心臓が誰の意志でか鼓動し血液が脈打って流れ青みを帯びた複雑な内臓が誰の意志でか蠢き頑丈な大腿骨と膝と関節の処で伸びたり縮んだり伸びたり縮んだりする亜麻製の太い綱のような腱が全て誰の意志でか肉に包まれ保護されて、ひづめは朝露の降りた地面に穴をうがち頭は左右に振りたてられピアノの鍵盤のような大きな歯の間からは涎が垂が流れ熱い眼球のなかで世界が燃えていた。 彼と馬たちが高い地卓を駆けると大地に蹄の音が響きわたり彼らは流れ向きを変え走り馬たちの鬣と尾は泡のように体から吹き流れ高地には彼ら以外にはなにも存在しないかのようで、彼らはみな自分たちのあいだからひとつの音楽が沸き起こったというようにひとつの響きとなり牡馬も仔馬も牝馬も恐れを知らず彼らがそのなかで駆け回るひとつの響きは世界そのものであり言葉で言い表す術はなくただ礼賛するほかないものだった。この猛烈な文体。いかがでしょうや。少年がいだく野生へのあふれんばかりの賞賛と畏敬の念がだだ漏れで、読んでて呼吸困難になりそうな文章ではありませんか。句読点?なにそれおいしいの? 主人公のジョン・グレイディは馬を何よりも愛する少年であり、彼にとって馬は世界が存在する意味そのものです。そんな純粋さをあざ笑うように、運命は彼に苦難の道を歩ませ、希望を打ち砕き、多くのものを奪います。自分の流儀では大人の世界で生きていけないことを思い知らされ、愛した女性とも別れて、命からがら故郷へ戻ってゆくジョン・グレイディ。その心の底には、たとえこの世界が滅び去ったあとでも「馬の心臓のなかにある秩序」だけは永遠に消えない、という思いが結晶していました。放浪の果てに彼の手元に残ったものは、馬と、馬のなかにあるこの永遠のもの(ただしそれは人間には決して触れることができない)だけだったといってもよいでしょう。 「すべての美しい馬」で躍動する馬たちの中にジョン・グレイディが見たものと、「越境」で死にゆく狼の中にビリーが見たもの、そして「ザ・ロード」で少年の中に父親が見たもの。それらはすべて究極的には同じもののように思えます。しかしその本質を言葉で言い表す術がない以上、ジョン・グレイディやビリー同様に、人間はただひたすらそれを礼賛することしかできないのかもしれません。 なんか馬のことばかり強調してしまいましたが、ストーリーの方もたいへんなものでした。流浪のカウボーイと裕福な牧場主の娘の身分ちがいの恋、映画のような命がけの刑務所サバイバル、少年たちが未知の世界めざして旅をする青春西部劇などなど、じつに波乱万丈で盛りだくさんな内容になっています。基本的な素材は「越境」と同じでも、こちらは若干明るい雰囲気と派手なストーリー性のおかげでずいぶん読みやすい印象があります。ただしその分、神話的な色合いはやや薄めかも。個人的には陰鬱で内省的な「越境」の方がより好みに合ってる気がしました。このへんは人それぞれかな。 ───── [ニコニコ] 【そらのおとしもの】空飛ぶパンツのようなもの【実体化】 野尻抱介、不惑を越え久しくもいまだ稚気をまぬかれず。でもSF作家というのはこうして年甲斐もなくアホなことするくらいのネタ体質加減でちょうどいいのかもしれない。 空飛ぶパンツのようなもの - 野尻blog いまだ稚気を……パンツソプターオフ会へのいざない [画像] こまけぇことはいいんだよ!てきとうな建物の世界 奇妙でまぬけで、どこか寂しげでもあるトマソン建築の数々 萌え絵で読む虚航船団 肥後守篇/その1 見にいくたびに着々と進んでる。この作品、もし文房具を全員分やり終えたらそこでおしまいになるんだろうか。それともそのままつづけていくんだろうか。原作ではちょうど肥後守のあたりからクォール侵攻へとストーリーが動きはじめます。ここからの展開が気になる。
by umi_urimasu
| 2009-10-18 11:41
| 本(others)
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