忍者と妖怪 京極夏彦と山田風太郎
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a0030177_14412947.jpg山田風太郎「伊賀忍法帖」の巻末に、「忍者という妖怪の誕生」と題した京極夏彦のエッセイが載っています。「漠然とした不安に名前をつけて形式を与えたものが妖怪である。妖怪とは世界認識の方法である。ならば忍者もまた妖怪の一種であろう」というふうな趣旨の、いつもながら京極節のきいた文章です。しかし残念ながら、これはどうも京極堂の憑き物落とし的なパフォーマンスをやろうとして仕損じたもののように僕には感じられました。言いたいことはわかるけど、主張に説得力をもたせるための証拠が不十分ではないか、というもの足りなさが残ってしまった。
もちろんそれで京極氏の忍者好きと博識を疑うわけではありません。ぬかりなく論を立てるには、わずか数ページという字数制限が厳しすぎたのかもしれない。
以下は、紹介をかねた忍者=妖怪論の補足みたいな感じのものです。

1) 「忍者」という言葉が世間に広まった経緯について。
京極夏彦は広辞苑第二版補訂版(1976)、同第四版(1991)、平凡社大辞典(1936)を比較して、昔は忍者という言葉はなかったと述べています。その通りですが、辞書の項目の説明にある単語が載っているかいないかだけを普及の度合いや一般常識の目安にするのは、調査の手段としてこころもとない。辞書の編纂者が何をもって普及度を計ったのかという根拠が明らかではないからです。
忍者の場合、実際にその言葉が世の中に定着した契機は、1960年前後に同時多発的に起こったいわゆる忍者ブームに帰するのが一般的なようです。「最初のひとり」を特定するのは困難ですが、特に有名な作品群の発表年ははっきりしているので、軽くまとめておいてもいいでしょう。

  1956 五味康祐  「柳生武芸帳」
  1958 司馬遼太郎 「梟の城」
  1958 山田風太郎 「甲賀忍法帖」
  1959 白戸三平  「忍者武芸帳」
  1960 柴田錬三郎 「赤い影法師」
  1960 村山知義  「忍びの者」
  1961 横山光輝  「伊賀の影丸」

(※初出については、連載開始と単行本出版のあいだに1年ほどひらきがあることもある)
この他にも時期を同じくして膨大な数の忍者・忍法ものが出ていたらしいです。その中でも異形異能の超人集団という忍者像を強く打ち出し、今日ある忍者・NINJAのイメージの形成にもっとも貢献した作家のひとりが山風であることは、京極氏も書いている通り、たぶんまちがいないのでしょう。
ちなみに『忍法帖シリーズ』データランキング2『忍法』の巻によると、山風の忍法帖シリーズは長篇短篇合わせて100以上、登場する総忍法数は重複を除外しても600個近くあるとか。圧倒的というほかありません。

2) 超人的な忍者像のルーツについて。
京極夏彦は立川文庫講談、江戸期の黄表紙をあげ、山風的な忍者像は比較的近世に形成されたものだろうと推測しています。これはもっともな考察です。しかしそこから先に無視できない論理の飛躍があります。「そうした忍者像もまた、無根拠に形成されたわけではない」という主張につづけて、「実在した忍びの者の流派の多くが、遡っていくといくつかのキーワードにたどりつく」ことを指摘しているんですが、そのリストがこれ。

  忍びの流派 (伊賀・甲賀、上杉、真田、楠、武田、白雲、羽黒、根来、百地、藤林)
  忍びの起源 (兵法、陰陽道、修験道、密教、道教、放下僧、幻戯師)
  起源的人物 (諸葛孔明、阿倍晴明、役小角(えんのおずぬ)、弘法大師、各種の仙人、果心居士)

「忍びの系譜を丹念に遡ると、あたかも本邦のマジカルヒストリーをひもとくような結果になる」と書かれているものの、ここでは丹念に何かしているわけではなくて、単に並べてあるだけです。実際にどう辿れるのかは不明。辿れることを示すには、それぞれについて出典文献の引用と考証が必要になるのでしょう。ただし、それを文庫本の巻末文でわずか数ページ以内にまとめるのはおそらく不可能です。字数にしばられて京極堂的なパフォーマンスを仕損じたのでは、と思ったのはこの部分でした。
また、このキーワード間にある(はずの)つながりは、信仰・宗教の歴史、技術をめぐる政治的な抗争、異人をめぐる畏怖と排斥の民俗史である、といったことも書かれていますが、それも論拠は示されていません。非常に面白そうな話なのに惜しいことです。もし字数制限がなければ、いつも京極堂シリーズでやっているように詳しく説明してくれていたのでしょうか。

3) 忍者と妖怪の関連づけについて。
上でいうところの、信仰・宗教、技術をめぐる抗争、異人排斥、などの歴史的プロセスを通じて形をもつにいたった怪異や神秘、不可解な対象に人は妖怪と名づけるのであり、忍者もそれと同じである。というのが京極夏彦の言い分です。乱破、草、忍び、隠密などと呼ばれていた人々が、時代をへて実体が消え去ったあとにイメージだけがふくらみ、尾ひれがついて「キャラクター化」したものだと。もっとも、そういう意味では妖怪も忍者も、さまざまな伝説や伝承に描かれる英雄とか怪物とかも、歴史の背後に隠されるようになった民衆の意識の部分的象徴とみなせば、すべて同じものなのかもしれません。ただ、そこまで一般化してしまうと、物語のキャラクターほとんどすべてにあてはまってしまうような気もします。

4) 「忍者」の呼称を確立させた風太郎の功績について。
それまでわりと論理的な物言いをしていた京極夏彦が、ここからやおら勢いまかせな筆致に変じています。
剣豪・宮本武蔵、忠臣・楠木正成、名将・武田信玄── 忍術名人・猿飛佐助。並べてみると如何にもキャッチーさに欠けるではないか。これでは駄目である。しかし。忍者・猿飛佐助。決まっている。忍者といい切ってしまう潔さが決め手である。序でに、忍法・〇〇の術。こうでなくてはいけないだろう。野暮ったさが消えて、神秘性は増している。長年の紆余曲折の果てに、忍者・忍法という呼称を得て、所謂「忍者」像はようやく完成したのだ。(改行省略)
なんだこれは。なぜそうなる。そ、そうか!よかったな忍者で。ぐらいしか反応のしようがない。
もしかしたら、このあたりで京極さんも論理的な京極節をふるうのに疲れたか飽きたかしたんじゃないのかと、ちょっと邪推してしまいました。これでは論理を追うことはできません。でもとりあえず山風SUGEEEE!ということが言いたいのはわかる。それには心底より同意しよう。

以上でした。ほんとうは「伊賀忍法帖」の、特に終盤にさしかかるあたりでの、恐るべきストーリー圧縮率、神業じみた構成力、ということを感想文として書きたかったんです。でも凄すぎてなにも書けなかったぐぐぐ。

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by umi_urimasu | 2009-08-12 15:51 | 本(others) | Comments(4)
Commented by ub7637 at 2009-08-15 23:56 x
冲方先生のサイトに、こんなん来てましたよ。http://towubukata.blogspot.com/2009/08/blog-post_15.html
Commented by umi_urimasu at 2009-08-16 19:06
自作してしまう熱意には感服しました。しかしバロット…顔色わるいですね
Commented by enzi at 2009-08-18 11:33 x
バロットはfgという模型系のsnsで発表されてました。誘いは必要ないsnsで、まぼろしのアニメ版バロットも見られますよ。


リピートもの、よく調べてあると思いますが…。あ、風野氏か! どおりで、ソムトウが入ってる。
でも、『バタフライ・エフェクト』が抜けているのではないですか。
Commented by umi_urimasu at 2009-08-18 22:17
むらたれんじ版のものらしき写真も、冲方氏のサイトに載せられていました。こうなるとボイルドの立体も見てみたいですが、「言われないと誰だかわからない」ようなのはモデラーさんも作りづらいかな。

> ループもの
この手のリストは完全性を求めたらきりがないんでしょうけれども。バタフライ・エフェクトは未見です。映画にはほんとにうとくて。

> ソムトウ
これもリストの中で知らない名前でした。昔の人、ですよね…
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