アラヤさまがみてる(嫌
リアル書店で本を買うことなど絶えて久しかったのですが、ぷらっと街へ出てたまたま入った本屋にドンと並べてあったので、つい。上巻の大部分はweb公開分の再録らしいので、ケチって下巻のみ購入。 内容はもう繰り返すまでもありませんが、世間を騒がす猟奇殺人、魔術と刀の対マンバトル、淡く微妙な恋心。要するに月姫。以上。しかし面白い! 予想以上に歯ごたえはありました。一文一文に全身全霊をかけて咀嚼しなければ読めないという程ではないですが、風呂でふにゃーと弛緩しつつ流し読むにはちょうどいい按配。また、その軽さにこそこうしたライトノベル形式の真価があるとも考えられます。 収録されたエピソードの中で特に興味深いのはやはり、主人公の精神構造に踏み込んだ「殺人考察」。三重人格で記憶喪失で殺人嗜好症というとんでもないキャラクターの心理描写に、特殊な設定の上でとはいえそれなりに説得力をもたせてしまったのにはちょっと感心しました。 両儀式の人間像は、普通の人間がもつ様々な感情や雑念の類をほとんど削ぎ落とした、いわば「骨格だけの精神」です。ぶっちゃけ単なる廃人。それでも一応まともに日常生活を送っていられるのは、うわべの性格を殻にして内面の虚無を囲っているから。そんな式という少女を自発的に動かす原動力は唯一、抑えがたい殺人への欲求だけであり、それは自己の内面の虚無を見つめ続けることで育んだ純粋な自殺願望の裏返しでもあります。こんな極端なパーソナリティを作るにはいったいどうすればいいのかというと、まず完全な二重人格を作り上げ、そのうち片方を完全に消去し、さらに記憶喪失にして自己同一性を奪う、というおよそ無茶苦茶な手順を踏まねばなりません。さすがにそんなものにリアリティはありませんが、奈須きのこはこれを何とか説明しようとしています。 ちなみに式の空虚を埋める存在として「あらゆる存在を許し、救い、何も求めない、完全に無力な男」ーーぽややんヒロイン・黒桐幹也を登場させ、恋愛ドラマを請け負わせていますが、これはまあ客寄せ用のふろくのようなものかと。 奈須きのこの小説がちょっと極端なのは、人格の構成要素を極端に削ぎ落とした、単一の行動原理に従うマシーンのような人物「しか」出てこないという点です。魔術師や異能力者だけでなく、日常を代表するキャラの黒桐幹也にさえこれがあてはまります。そのため、人間描写において本来なら当然あり得る複雑な心理の綾などが全く生じず、全ての人間関係は例外なく戦いに帰結し、相手の存在を完全に否定するか完全に受け入れるか、「0」か「1」か、という状況にしかなりません。これはある意味ではちょっと退屈な世界です。拡張性に乏しく、ドラマ的にもマンネリに陥る危険が多い。個人的には、現実的な「常識」を体現する人物が作品中にもっと居たなら、式のような虚無的な人間像との対比にも複雑さが増えて面白くなるのでは? と思っています。もちろん、そういうリアリティを全廃するというのもひとつの選択であり、「空の境界」の場合はそのおかげで無駄のないキレイな作品に仕上がっているのですが。 この人、日常をリアルに描きたいという表現欲がないのかなぁ。 一方、極端な作品世界を破綻させずに日常につなげることの可能なジャンルこそライトノベルだという視点もあり得ます。妄想のぬるま湯的な心地よさ、ご都合主義的な恋愛、これらは当然ながら虚偽の日常なのですが、もしかするとその虚偽にだって何か面白い意味づけが出来るかもしれないし。「忘却録音」みたいなエピソードは、まさにそうしたラノベ的な日常幻想を「境界」の前面に押し出す試みです。ミッション系の百合の園で、秋葉ばーにんぐな妹がさんざん空回りしてマリアさまも月までブッ飛ぶ怨念渦巻くサイコミステリー。もう少しストイックな作品だと思っていたのにっ。 何はともあれ、たった1200円で意外な程楽しめてしまいました。というか、テキストだけでこれ程に満足できるのなら、高い金を払ってType-Moonのゲームを買う必要ってあまりないんじゃ?と思わないでもない。 なんてーーーコト。 だっていうのに、まだーー Fate Stay/Nightを、欲しがってるーーー Fateやりたいです。そんな暇ないけど。いつか、きっと、そのうちに。
by umi_urimasu
| 2004-08-12 21:12
| 本(SF・ミステリ)
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