人間はなぜ役に立たない物語を語るのか
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P.E.S. で私訳版が掲載中のアイザック・アシモフ自伝から、これはいいなと思ったところを抜粋します。
間違いなく多くの人達は物語を作りたいという欲求を持っている。それは人類共通の願望なのだろう──思索する心、理解しきれぬ世界、誰かが物語りを語った時に感じる自分だってという感情。物語りとは、人がキャンプの火の回りに座った時に行うことではないのか?多くの社会的な集まりが思い出話のためのもので、誰もがほんとうは何が起こったのかについての物語を語りたいものではないだろうか?そしてそういった物語は避けがたい脚色と語りの改善を受けて、やがて現実とはほとんど似ても似つかぬものになってしまうものではないだろうか?

太古の昔、一人の男がキャンプの火の回りに腰を下ろした時のことを想像してみよう。とてつもない狩の偉業についての語りだすのだが、それは真実をあまりに誇張していてばかばかしいほどだ。だが、それは誰かから疑問を突きつけられる事はない。そこにいるものは皆、同じような嘘をつくのだから。とくによく出来た物語は何度も何度も語られ直して、そして誰かの先祖か、あるいはだれか伝説の狩人に帰されるのだ。

そして、そのなかには特別に語りのうまいもの達がいることだろう。そして皆が暇な時には、その才能の披露が求められる。物語がとても面白ければ、肉が礼として出されるかもしれない。これは、自然に、そのもの達により大きな、さらによく出来た、もっとエキサイティングな話を作り出させる事だろう。
 (§15「書き始める」より)
このくだりにウムウムと頷いておりました。そーだアシモフはいいこという!肉あげろ、肉。

そしてちょっと面白かったのが、荒木飛呂彦も物語についての発言でアシモフとよく似たシチュエーションを持ち出していたことです。
売春婦より古い、人類最古の職業

二人とも古代人を例にとっているように、「物語る」ことは古くから行われてきた、人間にとって非常に普遍的な行為です。これほど普遍的であるのは、人間の生存に必要不可欠なものだから、とも考えられます。
人間は複雑な社会を構成する生物であり、社会で生きのびていくためには大量の情報を収集・判断していかなければいけません。その際、経験の蓄積から生まれた「こういう状況でこうすればこうなるよ」という行動パターンのFAQというかテンプレート集というか、そういうものがあれば、かなり情報処理の助けになるでしょう。アリやハチは高度な社会を形成していて、匂いやジェスチャーで経験を伝達するそうです。人間の場合もそんな感じで。ただし、人間は昆虫よりはるかに複雑な情報の伝達・保存に適した言語をもっています。これを使って経験したことをうまく他人に伝えようとすると、それは必然的に物語の形式になるのではないかいな。「ちょっと聞いてくれよ、昨日こんなことがあったんだ!」みたいに。

といったことをつらつらと考えたのでござる。でも、僕自身は社会の中で要領よく立ち回るためにはまるで役に立たないタイプの物語も大好きです。むしろ役に立たなければ立たない話ほど好きです。これは上で言ってる物語の存在意義に合わなくなってしまう。
その手の役立たずな物語は、んー、生存のためには使う必要のない野放図な想像力をあえて使いたい人のための「嗜好品」のようなものかなあ、と思います。タバコやお酒みたいな。なくても健康に支障はないけど、それが好きな人にとっては人生の友であり、できるだけ味にこだわりたいもの。
なんか我ながら納得しました。タバコや酒と同じなら、やめられなくても仕方ないね。

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「人とロボットの秘密」(堀田純司著)を連載形式で全文掲載
ロボット工学の研究者インタビュー本。あとで読む

米国の日本SF小説翻訳レーベル Haikasoru、2009秋以降のラインナップ (追記あり)
神林長平の雪風が加わりました。2010には京極夏彦のルー=ガルーも来るらしい

「百鬼夜行 陰」 (講談社文庫版)を、(ノベルス版がもはや発掘不能なので)買い直したら解説が皆川博子でした。皆川さんが十代のころ、霊能者のまねごとをやらされていたという逸話が書かれてました。ちょっと和んだ。彼女のエッセイとかインタビューとかをまとめた本があったら読んでみたいけど、そういうものはこれまでほとんど(ひとつも?)出てないみたいです。検索しても同志社大学の講演会記録ぐらいしか見当たらない。それも売り切れてるし。ここの講演会レポートが詳しいので、ときどき読み直して皆川分の足しにします。

みんながもってるエロ画像でこれ再現できないかな??
久々に豪快に吹いた。いや凄いよこれは。ちょんまげまで……完成度たか!

[youtube] Project Trico HD - PlayStation LifeStyle
「ワンダと巨像」の製作チーム、最新作トレーラー流出!これ釣りじゃないの!?超期待!!

ワンダはちょっと前から再開して、ちまちまやってます。巨像に登る方法を探す試行錯誤の段階がいちばん悩むけど、それがまた楽しくもあり。戦い疲れたらのんびり光トカゲを狩ってみたり。このトカゲ狩り、魚釣りにも似た面白みがあって妙に気が休まります。こういう、ただぶらぶらしてても飽きない、急かされないアクションゲームっていうのはものすごく僕の性に合ってるっぽい。さらに廃墟を散策し放題という。まさに夢のようなゲーム。ワンダをクリアしたらICOもやろうかなあ。

筒井康隆 - 漂流 本から本へ 「孤島の鬼」(江戸川乱歩)
僕は怖い話がダメで、乱歩の怪奇系の作品を小学生の段階で読むなんてとても無理でしたが。今考えるともったいない。
ちなみに皆川博子は小学校にあがる前から「人間椅子」を読んでいたという。恐ろしい子!

[画像] 中国で人口第2位の巨大都市・上海のダイナミックな都市風景
サイバー中華な雰囲気むんむん。鬼哭街の舞台にふさわしい景観

世界史講義録
漫画や小説を読んでいてちょっと物語背景について知りたい時代が出てきて、高校教育レベルの世界史をさくっとチェックしたい。というときにすごく役立ちそうなサイト。ただ、僕は最近、こういうものを読むと何でもかんでも柳生一族を混ぜたくなってしまうので弱っています。これが柳生脳か。

[画像] 廃列車@ロシア
絵になる鉄塊だ
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by umi_urimasu | 2009-05-19 20:41 | まぞむ | Comments(2)
Commented by ub7637 at 2009-05-22 23:23 x
人間椅子は、最後のオチでひっくりかえされるので、そんなでもなかったですけどね。私的には、「芋虫」が、んきゃぁーーでした。
Commented by umi_urimasu at 2009-05-23 00:35
>人間椅子
確かに「創作でした」というメッセージをうけとるんですが、あれを信じていいものでしょうか。じつはほんとに入ってた、という可能性もあって、どちらともとれるオチに意図的にしたものではないかと僕は思っています。「赤い部屋」とかも同じタイプで、「作り話だよ」とわざわざ念を押すことで不気味さがあとをひく感じになっている気がします。

「芋虫」すごいですね。うっかり子供が読んだりしたらトラウマになりかねませんね。
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