日本のゲーマーが三人称視点を好む理由を知りたい(あとで)
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表題の件にちょっと興味がわいたので、関連記事をいくつか拾い貼りしておきます。民族性とかそういうものの影響だとしたら、どのように?また、ひょっとしてその民族性がファンタジーの読まれ方ともなんぞ関連があったりはしないか?というあたりのことについて何かわかればと思ったんですが、すぐには無理そうなので棚上げ。このペルソナ4をクリアしたら調べにいくんだ……と二周目フラグを立てつつ、とりあえず手がかり的リンク列挙のみ。

海外ゲームファンの疑問「なぜ日本は一人称視点の射撃ゲームが受けない」
一人称視点ゲームが日本であまりはやらないのは
一人称視点の3Dゲームは楽しくない
FPS は(日本では)なぜ流行らないのか
なぜ「FPS」は日本で流行らないのか? 主人格不在のプレイヤーキャラクター論
欧米製ゲームが日本市場で売れない理由 「日本のプレイヤーは若くてアニメ的なキャラを好むが、米国のプレイヤーは30歳くらいの大胆な男性を好む」

ちなみに興味をもったきっかけは、
ベア速 日本びいきの外人を見るとなんか和む
この記事の中の以下のレスから。
124 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2009/02/14(土) 15:20:33 ID:fProlhoX
>>122
日本以外では自分と同じ性別のキャラで遊ぶのが普通みたいだね。
「アバター」とも言うけど、自分の「分身」だから。

自分はゲームやるごとに男女変えてて、複数作れるゲームでは両方作る。
種族も変えることが多い。
でも、友達でほとんど自分の性と反対のキャラしか作らないヤツがいる。
他の人を騙すつもりはなく、
「その方が自分がゲーム画面を見てるのが楽しいから」だって。
言われると分かりやすすぎる理由w

洋ゲーの人が日本のゲーマーを分析して
「日本(アジア)では三人称視点(自分の操るキャラが見える)が好まれる。
西洋では一人称視点(自分の操るキャラの目線)が好まれるのと対照的」
ってコメントしてた。
僕自身は一人称視点洋ゲーの経験ほぼゼロで、唯一 Morrowind をちょっとさわったことがあるだけです。そういえばそのときも何かにつけて三人称視点モードにしてた。「自キャラを見ていたい」という欲求はたぶん僕にもあるっぽい。でもなぜそう思うのかは考えたこともなかったなあ。

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[youtube] What's in the Box? - Test Film 2009
近未来SFサスペンスっぽい9分間の謎めいた映像。Half-Lifeの広告なのではないかと噂されているそうです。かなり凝ったつくり込みで、これはこういう短編映画なのだといわれても納得しそう。

(PDF注意) VIZ Haikasoru Catalog Summer 09
Haikasoruの2009-2010近刊予定が「バトルロワイヤル」の新版と「ブレイブストーリー」のペーパーバック版って書いてあります。個人的にはそれより未訳の日本SFをばんばん出してもらいたいですが、向こうも商売だろうしな。

超巨大地下空間!大谷石地下採掘場跡に行ってきました!!
魍魎の匣の映画でミマサカビルの内部として出てきたのはここだったのか。所在地は栃木県。もし近くに行く機会があったら必ず寄りたい。

やる夫観察日記 やる夫で紹介する荒山徹 『十兵衛両断』
ダイジェストでさらっと読むとあらためてとんでもないストーリーだと思う

海外ゲームファンの自作カバーアートがかっこよすぎる件
いいセンスだ。そのまま宣伝ポスターとかに使えるレベル

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4月15日。祝、ペルソナ4一周目真エンドクリアです。んーよかった。ノーマルエンドでやめずにちゃんとつづけてほんとによかった。ただ惜しむらくは、探索メンバー以外のキャラのコミュをひとつもMaxにできなかったこと。次は取りこぼしたコミュランク上げに特化してプレイしてみよう。というわけでいざ二周目。

道場主雑記: 神はゲームをやらない
非キリスト教的宗教観はすべて邪悪、というぶったぎり方なのか。大神を無心に楽しめる日本人でよかった

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4月19日。ペルソナ4のコミュイベント巡り、ほぼ終了。ただし人妻さんと死神さんとマーガレットは除く。
「これは傑作である」みたいな宣言は比較対象をろくに知らないのでできないけど、少なくとも僕にとってはすばらしい出会いでした。P3はどうなんだろな。P4に比べると出来が落ちる、っていってる人が多いっぽいけどな。

で、さすがにゲームはしばらく封印。山風の八犬伝にとりかかる。これは忍法帖とも明治ものとも毛色がちがっていて、異能バトル分は少々ひかえめです。そのかわり、滝沢馬琴と葛飾北斎が戯作や芝居や庶民の生活、当時の出版事情などについて語り、批評し、文句を言う、江戸の日常パートが入っています。それが八犬伝本編の進行と交互に書かれるという二層構成。もしかしたら、馬琴と北斎の口を借りて山風なりの「エンターテインメント観」について語ろう、っていうふうな思惑でもあるんだろうか。今の娯楽小説にもけっこうそのままあてはまりそうなこと言ってますよ。
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by umi_urimasu | 2009-04-12 23:21 | まぞむ


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