「心が折れる」小説とはこういうものだろうか。倫理と生理を総動員しての拒絶反応と幻想がもたらす快楽の板挟みによるサブミッション攻撃。津原泰水という人は、美しいものを醜く、あるいは醜いものを美しく表現する悪魔的な文才の持ち主なのだろうか。この異形のことばたちの前では、あの「妖都」もただの習作に思えるほどです。
しかもこの作品集、収録作15本のほぼすべてがそれぞれ異なる文体で書かれているという凝りよう。短編一本ずつに、ここまでするのか……。たまげ申した。 「天使解体」 幼女の死体を綺麗な写真が撮れるように「解体」しようとする男の壊れた精神を、純朴な語り口で描いた作品。圧倒的です。淡々とした描写と凄惨な光景のギャップが凶悪すぎる。ほんとうに嘔吐したくなりました。 「サイレン」 動物を殺すことで性的興奮をおぼえてしまう少年が、ふしだらな姉に祖父殺害を誘われる話。どろっとしたエロくささで窒息しそう。この手の昭和の香りゆたかな田舎幻想ホラーはまさにお手のものという感じ。 「夜のジャミラ」 級友にいじめられて自殺した少年が変わり果てた姿で友だちを楽しげに惨殺します。筒井康隆の「二度死んだ少年の記録」もそんなふうな話だったけど、こちらはあからさまに怪物的なイメージ。 「赤假面傅」 愛した対象の美しさを絵に写しとる代わりに生命力を吸い取って殺してしまう、呪わしい力をもって生まれた画家の数奇な生涯。いかにもポーや乱歩あたりが書きそうな怪奇譚です。やっぱり好きなんだろうなあ。なんとなく「ドリアン・グレイの肖像」も連想したり。旧字文体に半端でないこだわりが感じられます。 「玄い森の底から」 レイプされたうえに絞殺、そのまま放置され腐乱してゆきながら、書道と師匠への愛にささげた半生を追想しつづける女性書家。適度に壊れた文体がいかにも死者の思考っぽくて、それが滑稽でもあり哀切でもあり。小説における文体の威力を見せつけられました。 「アクアポリス」 海に浮かぶアクアポリスを見に行った日、貯水場に落ちて即死したのに、なぜかその後も毎日きちんと登校してくる女の子。戸惑う級友たち。ノスタルジックな田舎言葉が不条理な悲話になごみを添えています。方言は幻想小説によく合うなあ。 「脛骨」 とあるバンドマン、事故で切断された知人の女性の右足を偶然見つけて大切にもっていたが、持ち主に返す機会もないままとうとう数十年が過ぎてしまった。余命いくばくもなくなり、ようやく自分の右足に再会した彼女ははにかみながら言う。「若い骨ね。なんだか恥ずかしいわ」そんな寂しくも微笑ましい、ふしぎな後味の物語。グロホラー専門かと思いきや、こういう小説も巧みとは驚きです。 「聖戦の記録」 自然保護の名目のもとに公園で兎を放し飼いにしている「兎派」と、おれの属する「犬派」との諍いは日ましにエスカレートし、ついにおれの罪なき愛犬までもが犠牲になった。よろしいならば戦争だ。かくして筒井ばりのご町内バトルロワイヤル開幕。文体ももちろん筒井風、登場人物の名前はなぜか実在のタレントのパロディで、ヒロスエリョウコやスズキキョウカがめっためたに惨殺されちゃう。とことんえげつない。 「黄昏抜歯」 苛だたしい歯痛と共に陶子の脳裏によみがえってくる罪の記憶。命にかかわるわけでもない些細な苦痛の描写がどれだけホラーに近づきうるか実験してみた、とでもいうような、うーんなんだろうこれは。読むだけで歯が痛くなってきそうな鈍痛の描写が不快すぎます。 「アルバトロス」 白い兵隊たちに占領された南国の集落で、実の姉妹と、白人の将校と、夜昼の別なく睦事にふける少年のただれた日々の果て。全編ぐちょぐちょの超ドエロ。しかしそれすら上手いから困る。 「ドービニィの庭で」 ゴッホの絵の風景を庭園に再現するという執念に取り憑かれて破滅してゆく資産家と装飾家のグロテスクな愛憎劇。美のためならどこまで堕ちてもかまわないという狂気は「赤假面傅」にも通ずるものがありますが、その美とやらがほんとうに破滅に値する美なのかどうかも怪しく、しかも結局は劣化コピーでしかないというこちらの話の方がより陰惨でしょう。ちなみに↓これが [画像] ゴッホ作「ドービニーの庭」。 このおぞましい物語を読んだあとでは、もはや緑色の不気味なものがうごうごとざわめいている狂った絵にしか見えません。 「隣のマキノさん」 不可解が服を着たような怪人物・マキノさんとの、絶望的なまでに噛みあわないやりとり。こういうとぼけた狂気を軽妙に描いてのける手腕からして、じつはギャグ系も上手いっぽい。ほんとうに底が知れない人です。ちなみにマキノさんの名前の元ネタは牧野修らしい。 以下オミット。疲れた。それにしても、文体好きにとっては極上の買い物でした。満足感プライスレス。 ───── [画像] 過重積載 それでもくじけないトラック [画像] 空中都市 エンディミオンとかに出てきそう?なSF風景 [画像] 水の高速撮影写真10点 美しき流体の世界 [画像] レゴブロックでつくったFSSの「破烈の人形」 (from y.m.g.t. Tumblr) うめー。少ないパーツで永野メカの特徴をよくあらわしてる。頭が太いのでちょっとAトールみたいにも見えますが グレッグ・イーガン「暗黒整数」 SFマガジン2009年3月号に掲載 「ルミナス」の続編らしい。JGeek Logによれば >「あっ!そんなおっきな数の計算しちゃらめぇ~!うちゅう壊れちゃう!」て話 だとか。楽しみだフヒヒ。ちなみに原著の電子版はフリーで読めるようです。英語強くなりたい…… 物語への深い尊敬と強い期待について。――『魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)』 著者はル=グウィンやマキリップほか多くの海外ファンタジー作品を翻訳している脇明子教授。昨今のファンタジーの過剰な商業化傾向への危機感なども書かれている本らしいです。いつごろからそうなのかな。ドラクエ以降?ハリポタ以降? >比較的リアリティのある物語を読むことと、ファンタジーを楽しむこととでは、想像力の働かせ方が違うのではないか、というのが著者の主張 これも興味のある問題。準創造の効能、とかそんな感じかな。 [ニコニコ] コミュMAD アイドルマスターヤヨイ 『借金』 やよいがエスポワール号に乗ります。全編フルボイス&フルモーション、驚愕の13分間 米国Vizの日本SF小説翻訳レーベル、第一弾ラインナップ予告 おいおい、Haikasoru本気らしいぞ!もっとライトノベルっぽい志向のレーベルなのかなぁと勝手に思ってたんですがちがった。第一弾は小川一水「時砂の王」、桜坂洋「All You Need Is Kill」、乙一「ZOO」、野尻抱介「太陽の簒奪者」という顔ぶれだそうです。日本の現代SF(+α)は英語圏の人々にどんなふうに評価されるんだろう。これは楽しみな展開になってきました。いずれ飛浩隆や伊藤計劃もラインナップに加わりそうかな。
by umi_urimasu
| 2009-01-22 00:40
| 本(others)
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