「ハーモニー」伊藤計劃
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a0030177_291754.jpg21世紀後半のある日、全世界でまったく同時刻に、互いになんの関係もない6582人の人間が突如自殺をはかった。人類の大半が接続している医療ネットワークを通じ、不可解な方法で大量自殺を引き起こした謎の存在――その目的はいったい何なのか。WHOの生命監察官・霧慧トァンは、かつて自分と共に自殺をこころみて死んだはずの親友・御冷ミァハが事件にかかわっていると睨み、捜査に乗り出すが……。

虐殺器官」につづく伊藤計劃のオリジナル長編第二作。内容は「虐殺器官」をセルフリメイクして、「From the Nothing, with Love」の意識ネタを応用、ついでに百合成分5%配合、といった感じでした。内省的スパイサスペンス風の構成は「虐殺器官」から一貫したこの人の芸風(?)のよう。

人間の意識や意志や感情は、それが生存のために有利だったから獲得された機能にすぎない。だったら、生存上必要のない環境下では意識なんかなくたってかまわない。いや、むしろないほうがしあわせになれる。その環境とは、全人類がただひとつの絶対的な価値観――生命至上主義――を共有し、互いに協調しあい、他人を思いやり、誰と争うこともなく、あらゆる病気も根絶された、究極の健康社会である。そんな社会を実現させる、もとい、人間の方を理想の社会に合わせてチューニングするプログラムがついに書けたよ。これでもう意識なんて必要ないね。じゃあ消しちゃおう。ぽちっとな!

と、あらましを書いてしまえばわりとシンプルな話なのですが、作中ではそれを補強するもろもろの理屈、未来の医療社会やヒトの意識の仕組みについての説明・問答にかなりのリソースが割かれていて、そこが読みどころでもあります。「虐殺器官」同様、いかにも「理屈を楽しむ小説」という印象です。
ただし、ロジック重視な姿勢が強くあらわれている反面、ドラマの方はおざなりというか、劇的な場面でも人物の喜怒哀楽の反応など妙にテンプレ的な気が。なにやらゲームのイベントでも見ているような白々しさがありました。これは作者が人間ドラマを「らしく」描くのが苦手なのか、それともわざと擬似イベントっぽくしているのか、ちょっとわかんない。ときどきハルヒとかナウシカとかオタネタの寒いパロディを入れてくるのも、ひょっとするとあれでキャラクターやストーリーへの感情移入を意図的に阻害しようとしてるのかもしれない。理由は想像もつかないけど。

以下、小ネタや気づいたことなど。多少ネタバレしてるかもです。

文体で特徴的な、文中にはさまれているHTML風のタグ。あれはもちろん単なる飾りではなくて、ちゃんとSF的な仕掛けにもなっています。意外なトリックというよりは、その結末ならば当然あってしかるべき自明なものとして。ところどころ微妙に不統一のような気がしたけど、そういうのも何か意味があるんだろうか。

疑問文に疑問符を使わず「……」であらわすのは明らかに黒丸ギブスン文体の模倣。でも正直、あんまりかっこいい感じにはなってないと思います。ただ純粋に好きだからマネしただけなのか、それともなにか他に狙いがあってのことなのかは不明。あれはやっぱり、ギブスンの文体だからこそあれだけ映えるんだと思うなあ。

ミァハ、ヌァザ/トァン、キアンなど、日本系の名前らしからぬ登場人物のネーミングはケルト神話が元ネタらしい。何か作品についての暗示的な符号になっていたとしてもケルト神話の知識がないので「へー」としか反応できないけど。

バラードの「未来は一言で『退屈』だ」は、Andrea Juno and Vale “J. G. Ballard Interview” Re/Search #8/9 (1984) を引用した山形浩生「バラード:欲望の磁場」からの又引きみたい。

伊藤計劃の作風として、人物描写にあまり注意をはらわない傾向はもともとあったと思うけど、ガブリエル・エーディンの性格なり容姿なりについての描写がただの一語もなかったのにはちょっと驚いた。キャラに人間としての最低限の特徴を付与する労すら省いたのかと。ほんとうに理屈だけに徹していて他はどうでもいいっていう主義なのかな。個人的には、もう少しうるおいのある方が小説としては好きですが。

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[画像] 機械仕掛けの巨大蜘蛛
フランスのグループによる野外人形劇。なんかSF的だ。「スルタンの象」とは別のところ?

[画像] ヴァイキングの炎の祭典 ウップヘリーアー
イギリス・シェトランド諸島のお祭り。千年ほどタイムスリップした気分になれそう

[画像] concept ships
架空の飛行機や宇宙船の画像いろいろ。重いので注意。未来的なのもいいけど少々緑が足りないか。あとで探索してみよう

a0030177_1456735.jpg「バットマン ダークナイト」のDVD、レンタルで再見。劇場公開時にも見たけどやっぱり好きでした。バットマンムカつく。いらいら。これはもう買わざるをえない。同じ監督の前作「バットマンビギンズ」も、未見だけど楽しみ。一回借りてみて、気に入ったらいっしょに買おう。
あと、本は津原泰水「奇譚集」と荒山徹「十兵衛両断」とジェフリー・フォード「白い果実」。それでも足りねば皆川博子かダン・シモンズあたりの積本崩し。年末年始はそんな感じです。

「やる夫家康」シリーズ読了@大晦日。お、おもしろかった……。

[画像] Cool Creative Architectural Designs for the Future
未来都市の想像図いろいろ

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新年あけおめ。
バットマンビギンズもダークナイトほどではないですが非常に楽しんで観ました。バットマンの映画はみんなこうなんだろか?それともクリストファー・ノーラン監督だから?このシリーズ以前にティム・バートンが監督したシリーズもあるらしい。そっちもチェックせねば。

↑このあと風邪でぶっ倒れて三日三晩正体なし。1/5、ようやく蘇生。ひどい正月休みでした。

a0030177_231755.jpg1/7。かぜの治りが悪い……。ぐったりしたままティム・バートン版のバットマンを鑑賞。ノーラン版に比べると、いわゆる能天気なアメコミのイメージにより近い感じですかね。ファンシーホラーっぽい美術はなかなか印象的。ジャック・ニコルソン演じるジョーカーも、ノーラン版のようなリアルな迫力はないものの、ピエロ的な気持ち悪さがよく出ていてこれはこれで面白い。ただ、ストーリーは退屈でした。勧善懲悪としてのお約束以上でも以下でもないって感じ。あと、シンボルとして蝙蝠を選んだ理由が説明されないとか、ヒロインがいらない子だとか、ガンアクションがショボいとか、いろいろと物足りなく思うところも多く。個人的にはノーラン版バットマンのほうが好きです。
またダークナイトが見たくなってきた。
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by umi_urimasu | 2008-12-26 02:43 | 本(SF・ミステリ)


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