暗号を解くということは素因数分解と同じだ。という計算理論の基本的な考え方は、ニール・スティーヴンスンのサイバーパンク小説「ダイヤモンド・エイジ」の中にもネタの一つとして出てきますが、こちらはタイトルからしてそのものずばり、暗号(クリプト)をメインテーマにした作品です。邦訳は文庫で全4巻。ローカス賞とってます。僕はまだ第1巻を読んだだけなので、そのかぎりでの印象をつれづれに語ってみようと思うのですが。
まず「クリプトノミコン」がどういうジャンルに属するのか、ということについては、分類の無意味さを承知で「ノンジャンル」とでも答えるしかないでしょう。少なくともSFとかスパイものとかいった既存のジャンルにきちんと収めるのは無理っぽい。この作品は冒険小説であり、戦争小説であり、企業小説であり、歴史小説であり、コンピュータ小説でもあります。物語がすすめば、さらにラブストーリーや友情ドラマやその他有象無象の小説要素がどんどん投入されてくるはずです。読者はその巨大な複合体から、なんでも好きなジャンルの成分を切り出して自分の流儀で楽しめばよろしい。膨大な量のディテールと思索とジョークを込めた、しかも読みやすい語り口がそれを可能にしてくれるでしょう。ただし、物語の中でもいちばん重要そうなポイントに打ち込まれた礎石のようなものが一応は存在していて、それがあらゆる計算方法の基礎原理、「チューリングマシン」についての概念です。 こういった、それによって全体に一本の筋を通すようなキーアイデアを小説の核と考えるなら、この大作を、たとえば「計算娯楽小説」という新ジャンルの一例と考える手もありではないかなと。 そんな嗜好の僕が第一巻で個人的にいちばん喜んだ箇所は、アラン・チューリングが漕いでいる自転車をアナロジーとして用いてエニグマ暗号機の基本原理を説明するところでした。これよこれ、こういうのを期待してたのよ。もうどんどんやってくれといいたいですね。 チューリングが何した人かよく知らないという人には、手始めに下↓のページあたりがお役に立つかと思います。 チューリングの悲劇 ~毒リンゴを食べた天才~ チューリングの遺産 ~エニグマ暗号とTM~ チューリングマシンの原理 ゴシップなども含めて伝記風に書かかれており、Wikipediaよりもやや下世話で娯楽的な読みものになってます。 暗号とか人工知能とかいったものは、本質的に「解きにくい計算問題」=「めんどくさい素因数分解」だとみなすこともできるので、暗号ミステリやAIネタのSFなども計算エンターテインメントとは袖をふりあう間柄といえます。暗号小説の領分(?)だと、日本が誇る巨匠・江戸川乱歩もなかなかの暗号マニアだったようで、コンピュータの概念すらない時代に「二銭銅貨」などの巧みな暗号トリックを用いた推理小説をいくつも書いていました。もし乱歩並に淫靡で妖奇な、しかも同時にニール・スティーヴンスン並にサイバーパンク的でユーモラスな計算小説がこの世にあったとすれば、それはもう吐血しかねないほど僕好みな作品かもしれない。どっかにそういうのがないものかな。 話がそれました。戻す。 「クリプトノミコン」における物語のタイムラインは、第二次大戦期から現代までです。そこにアラン・チューリングなど実在の人物を配置し、その時代にないテクノロジーは一切使わず、もっともハイテクなものでもせいぜいWindows95が関の山(原著の出版は1999年)。要するにかなり現実そのままの世界設定です。そういう縛りの下ではSFらしさを出すことも難しそうに思えるのですが、それでもどこかしらサイバースペース的な遊離感覚を感じさせずにはおかないのがじつに不思議なところなので。そこがポストサイバーパンクの代表とされるこの作家のオリジナリティ、ということなんでしょうか。わからん。わからんが嫌いじゃない。 ───── クリプトノミコンとはまったく無関係なネタですが、ノミコンつながりで傑作な事典パロディのページがかかりました。 UnBooks:初めてのネクロノミコン - アンサイクロペディア とりわけ「抜粋」の項目がひどい。こんな感じです。 ディックはよみます。くねくねした ふるいかみさまの ほんをよみます。───── ひとつ終わった。 桜庭一樹オフィシャルサイト Scheherzade - Diary >赤朽葉のスピンオフ作品のタイトルが「バリバリ毛毬伝説」に決まる これ、まさか本気とは思ってなかったけどもしかしてほんとにやるんだろうか? ↓には「あいあん天使」のプロットつくったと書いてあるし。 予告広告。箱買い。あいあん。特設ページ…。 「スプーク・カントリー」ウィリアム・ギブスン クリスマス刊行予定。パターン・レコグニション路線の作品らしいので期待はしてるが渇望まではしていない。 昔の自分の感想を見てみたらおぞ気が立つほど高慢ちきで恥ずかった。二度とあんなふうに書くものか。 SCI FI Channel、「ダイヤモンド・エイジ」を6時間のシリーズ化 HBO、「氷と炎の歌」パイロット版の制作決定 アメリカのケーブルTV局では現代SFやファンタジーのドラマ化など大して珍しくもないようで、うらやましいかぎりです。日本はその方面はもう全然。 氷と炎の歌 予想キャスティングリスト (スターク、ラニスター、バラシオン、他多数) これだけ数が多いと一部はほんとに当たるかも TVアニメ「ホワイトアルバム」設定画 調子に乗って痕もアニメ化されたりしないかなあ。 伊藤計劃「ハーモニー」近刊情報きたー 〈生府〉を基盤とする医療福祉社会は、ある衝撃的な事件を機に崩壊の危機に瀕した。WHOの監察官・霧慧トァンはその背後に自殺したはずの親友の影を見るが……『虐殺器官』に続く待望の第2作 医療サスペンスっぽい話なのだろうか。とりあえずわくてか [ニコニコ] im@s雀姫外伝 エンディング 「ムダヅモ無き改革」アニメ化への布石 小川一水「第六大陸」漫画化 (FlexComixネクスト) Webコミックだそうで。なんかえらくゆるいイラストが載ってるけど大丈夫かな。
by umi_urimasu
| 2008-11-13 01:23
| 本(SF・ミステリ)
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