とあるゲームブックへの追憶
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a0030177_23351981.jpga0030177_23353380.jpg今さら、かつどマイナーな話題ですが、伝説の名作ゲームブック「ドルアーガの塔」(鈴木直人著)が復刊されていることに気がつきました。売れなさそうすぎる!でも嬉しい。方眼紙マッパーでメスロンファンでマスクマンの店の常連だった身には、これはたいへん感慨深いニュースです。ドルアーガなんてアニメかMMOでしか知らないような若い世代の中に、たとえわずかでも新たなファンが増える可能性が増すかと思うとなおさら喜ばしく思えます。

鈴木直人のゲームブック版ドルアーガは、1986年に創元推理文庫から三部作として刊行されました。本家はもちろんナムコがアーケードとファミコンで出したあれ。ストーリーはドルアーガにさらわれたカイを助けるためギルガメスが塔に登ります以上。ファミコン版は大ヒットしましたが、ゲームブック版の人気がどれくらいだったのかはわかりません。ただ、手元にある旧版の第一部「悪魔に魅せられし者」の奥付によると、初版から一年弱で14版を重ねたことになっています。ジャンルのマイナーさを考えると、これはなかなか大した数字なのではないでしょうか。

かつて日本にはゲームブックのブームが訪れた時期がありました。1980年代後半、ちょうどファミコン人気と前後して燃え上がったそのブームは、しかし瞬く間に衰退してしまいました。鈴木直人の「ドルアーガの塔」はその短い旬の期間に多数出版されたゲームブックの中でも特に高い評価を受けた作品のひとつで、いまだにこれを国産ゲームブックの最高峰として挙げる人も多いと聞きます。僕も子供の頃に持っていたゲームブックはほとんど手放してしまったけれど、ソーサリーとこのドルアーガだけはいまだに全巻本棚に入れてあります。もう本の小口とかまっ茶色で、なにやら古文書じみてきてますが。

このゲームブック版ドルアーガ、しつこく名作扱いされつづけるだけあって、今見てもいろいろと興味深い特徴をそなえています。
ひとつはよくいわれる合理的な双方向移動システム。一方通行シナリオがあたりまえだったゲームブックの中で、「いつでもどこでも思い通りの方向に行ったり戻ったりできる」という行動自由度の高さは確かにユニークでした。特に重要なのが「思い通り」という点で、これはプレイヤーの分身であるキャラクターが迷宮内のそのポジションに確かにいるという“存在感”を、ゲームシステム自体によって保証するものです。プレイヤーとキャラクターをむすぶ命綱といってもいいでしょう。これがあるとないとでは、キャラクターへの、というよりもキャラを取りまく環境をも含むゲーム世界そのものへの感情移入度が大きく変わってきます。
(注: ジャクソン&リビングストンの「火吹山の魔法使い」やゲームブック版ゼビウスも一応マッピングが役立つように設計されています。ただ、位置の記述があやふやだったり完全双方向ではなかったりして、あまり正確なのは作れない)

文章力、演出力の高さも、今から思うとけっこう抜きんでていました。
玉石混交はなはだしかったゲームブック濫造の頃、優秀な作品の多くは海外の翻訳ものに偏っていました。そして訳書の多くは日本語としての自然さには少々無頓着で、どうにも奇妙な文章がちらほら混じっていたりしたものです。そういう市場にあってドルアーガは、ソーサリー顔負けのゲーム内容を維持しつつ、全編にわたって統制のとれた隙のない日本語で書かれているという稀な例外だったわけです。「日本人作家が書いたんなら日本語としてまともなのは当然だろう」と思う人もいるかもしれませんが、一文おきに行動の指示と選択枝がはさまれるのがあたりまえなゲームブックという媒体においては、これだけのことでもかなりの離れ業というべきでしょう。
作者の筆力の高さは、ここ一番での燃え度の高い演出や魅力的なNPCのキャラクター造形などにもうかがえます。虎井安夫によるイラストの、どこかエキゾチックで異世界SF的な雰囲気との相性も抜群でした。設定などがいささか中二病っぽいのはご愛嬌。

ボリュームやアイデアの面でも、少なくとも量的にソーサリーに比肩しうるゲームブックは日本では唯一ドルアーガだけではないかと思います。イベント数はそれこそ膨大で、パズル、なぞなぞ、各種ミニゲーム、風雲たけし城、ちょっとした小旅行などなど、迷宮生活の閉塞感にプレイヤーが倦み疲れてしまわないようにありとあらゆる工夫が凝らされていました。ともすればモンスターとの戦闘よりもそっちの方が楽しいくらい。
(注: ちなみに、ファミコンのドラゴンクエストにおいて闘技場が実装されたのは3から、コインボーナスとカジノは4から。ゲームブック版ドルアーガにはこれらとほぼ同趣向のミニゲームがすべて組み込まれています。とにかくいろいろどっさり入ってたんです)

しかし、あれほどの情報量を(伏線なども含めて)常に管理し、キャラの移動やパラメータを制御しつつゲームとして破綻させず、大人でも子供でもそこそこムズカシイ適度な難易度を保ち、しかもそれらすべてをアナログ活字メディアで(!)やるという所業は、PCが普及した現在の感覚でみると、もう狂気の沙汰としかいえないような気もします。当時はまったく何とも思ってなかったというのがよけい呆れる。恐ろしい時代だったんだなあ。

終わりに。
今回久しぶりに引っぱり出してみて、一文一文にぎりぎりの短さと簡潔さを求めたドルアーガの塔の文体から、今のライトノベルやノベルゲームのスタイルにとても近い匂いが感じられることに驚きました。PCノベルゲームをゲームブックの直系の子孫と考えていいかどうかはわかりませんが、仮にそうだとしておいて、ゲームブックの文体がその特殊なゲーム形式の制約を受けて生まれたものだとすると、ゲームシステムだけでなく文体の特性も一緒に受け継がれたことになるんかなあ、とか。ゲームっていうのはみんなが一見それと気づかないようなところまで世代を越えて継承されたりしていて、そういうところがじつはけっこう大事だったりするのかなあ、とか。

なんかちょっといい話になりそうな気がしてきたのですが、ここで力尽きた。四へ進む。

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「スカイクロラ」が眠くなっちゃうのは当然かも~細かすぎて伝わらない演出~
>「上官が痴女」
キャッチコピーがこれだったら絶対観に行ってる。

勝手にSFだけでハヤカワ文庫100冊 その1その9 (万来堂日記2nd)
海外SF50年の歴史の流れを主要作品の紹介と共に概観するシリーズ記事。細かい情報を含む投入リソースの多さから、付け焼き刃じゃないSF好きがつたわります。まだまだ続くっぽい。がんばるがー。

早川書房9月の気になる新刊。「ディファレンス・エンジン」は持ってるのでいいとして、未読の平たい地球シリーズ「闇の公子」(タニス・リー)をゲットしておきたい。このシリーズ、第二巻「死の王」だけが浅羽莢子訳じゃないんですね。なにかわけがあるんだろうか。

(補足) The Difference Dictionary by アイリーン・ガン
ディファレンス・エンジンのための補遺「差分事典」のWeb版。英語。最終改訂は2003年。古い角川版の単行本と比べると、それなりにアップデートされているようです。長州藩とか、19世紀のエロスラングとか、なんかいろいろと。今回の早川版につくやつはこのバージョンか、それともさらに新しいのかな?

[ニコニコ] ルーシーに明るい歌を歌ってほしかった・・・‐
ある意味正統?明るいエルフェンリート布教動画。アニメ本編の出来はかなりいいと思うんですが、よほど覚悟しないと僕には再見できなさそう。

Phun.jp | Phun日本語解説サイトでbeta4.22版を落として入れてみました。水さえ使わなければわりと軽く動いてくれるっぽい。とりあえずいろんなものを並べたりつなげたりしてぶよぶよふにふにさせて遊んでおりますが。これはなんというか……力学的創造力みたいなもんが要求される。
[ニコニコ] ピタゴラスイッチが楽しめるソフト Phun
これくらい遊べればすごく楽しそうだけど、まずは基本操作に慣れるところから。

[ニコニコ] アイドルマスター手描きMAD「シビれさせたのは 誰?」
へぼピーナッP×ベルナール・リヨ3世再臨してた。振り込めない詐欺にもほどがある
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by umi_urimasu | 2008-08-30 00:31 | 本(others)


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