車椅子の歴史と中世ファンタジーのテクノロジー
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a0030177_1314739.jpgジョージ・R・R・マーティンの「乱鴉の饗宴」の冒頭あたりを読んでいて、地味ながらちょっと印象に残ったガジェットがあります。ドラン・マーテル公が乗っている車椅子です。車椅子。
騎士たちが剣をふるって戦う中世風の世界では、これはやや珍しい道具のように僕には思えました。なんとなく近代的な機械っぽいイメージをもっていたので。ところが調べてみると、車椅子の歴史というのは思いのほか古く、いわゆる中世の時代ならばあってもなんら不思議ではなかったということがわかってきました。〈氷と炎の歌〉の舞台である七王国も中世ヨーロッパをベースにしており、高貴な身分の子女たちのポピュラーな乗りものとして馬車などが普通に使われています。そこに車輪がある以上、車輪を利用した大抵の道具もまた存在するということは十分にありうるのでした。

以下に、歴史上の古い車椅子に関する画像を何点か、時代順に載せておきます。僕自身が〈氷と炎の歌〉を読むついでに興味が横へそれた結果として集まったものですが。

a0030177_1391299.jpg紀元前530年ごろのギリシア、車輪付きの寝台を用いている図。瓶に描かれた絵らしい。寝ているのは子供だそうです。どういうシチュエーションを描いたものかは不明。
WheelchairNet: The History of Wheelchairs and future developmentsより。以下同じ)
a0030177_143766.jpg西暦525年ごろの中国、スポーク付き車輪を用いた車椅子の図。かなり立派な物で、乗っているのも人品卑しからぬ風体の男性。この図は石板に刻まれた絵で、車椅子の記録としては世界最古とされている。ただし車輪付きの戦車は紀元前1300年ごろからすでにあったらしい。
a0030177_1452123.jpgヨーロッパでは16世紀にスペイン王フェリペ二世が精巧な車椅子を所有していた記録がある。年代や用途からいって、〈氷と炎の歌〉の車椅子にふさわしそうなのはこの時期のもの。ただし、〈氷と炎の歌〉でドラン公の乗る車椅子は搭乗者が自力で向きを変えたりできるように書かれており、後代の自走式タイプにも似ているかもしれない。

また、フランス王ルイ14世も1700年ごろ、手術後の回復中に車輪付きの輿を使用していたとか(The History of Antique Wheelchairs)。これについては図像が見つからず。
a0030177_2305433.jpg1655年、時計職人のステファン・ファーフラーが自分で使うために開発した自走式(=搭乗者が手動で推進させる)車椅子。手回し式のよう。なんか腕力要りそう。
a0030177_23125100.jpg1783年、イギリスのジョン・ドーソンが開発・販売した市販の車椅子。大きな二つの車輪とキャスターがついた、現代の車椅子の姿に似た機構になってきている。でも中世ファンタジー的な世界にはあまりそぐわない。

今回の話の主旨としては、「七王国に車椅子はあってよい」でおしまいです。特に深い考察も何もありません。でも車椅子について調べていくうちに、これはもう少し広くて微妙な問題につながっているのではないかと思いはじめたので、そのことについて。
中世ファンタジー的な趣向の作品一般において、言い訳としての魔法やオーバーテクノロジーなしで許される科学技術の限界はいったいどのあたりなんだろう。車椅子ならばいい。だが自転車はおそらく不可だろう。火縄銃はまだセーフかもしれないが機関銃は完全にアウトだろう。じゃあ、蒸気機関は?飛行機械は?石油燃料は?……作品の舞台を迫真的なものにしようとすれば、小道具ひとつの設定にすら重いしがらみがまとい付いてきます。たまたま今回の車椅子はセーフでしたが、別の作品でもっと判定の難しいケースに出くわさないという保証はまったくない。そして、ただひとつのアウト判定が、その作品にとって大切なものであった作品世界の存在感とか現実味といったものをぶち壊しにしてしまわない保証もない。

たぶんこういう問題に関しては、先んじて正しい知識をたくわえておくのが読者として取りうる最良の方法なのではないかと思います。歴史ものや異世界もののフィクションを楽しむためのいわば基礎教養として、テクノロジー史も含めた歴史の知識というのはやっぱりないよりあった方がよいらしいな。と、車椅子ごときで右往左往してしまった自分の体たらくをかえりみてしみじみ思ったのでござる。

あと、〈氷と炎の歌〉には車椅子以外にも、中世ヨーロッパ風世界を舞台にした小説では普通あまり目立たない、けれど現実味はある、そんな道具や習慣などがたくさん仕込まれている可能性があります。僕たち読者の目は機械式の投石器とか燐の化合物をつかったナパーム兵器みたいなやつとか、ドラマの山場を彩る華々しいガジェットにばかり向きがちですが、おそらくもっと細かく地味な部分にも作者のこだわりは及んでいることでしょう。それらを見つけて実際の歴史と比べれば、作品世界は今よりもっと身近に、もっとリアルに感じられてくるかもしれません。もちろん、これはG・R・R・マーティンが中世マニアな一面をもっていて、実際の中世(とりわけイギリス?)の歴史や文化を色濃く投影しているという〈氷と炎の歌〉の特性を前提とした話ですが。

余談。
車輪がらみで検索してたら車裂きの刑 - Wikipediaというものが先にかかりました。おう、これはひどい。そういえばベルセルクのモズグス篇あたりに、この車輪刑にそっくりなシーンだか怪物だかが出てきた気がする。画像:Breaking Wheelは服装から17世紀ごろのドイツ(推定)、画像:CalasChapbookは18世紀フランスのものらしい。やばい中世やばい。仮にタイムマシンが使えてもこんな時代絶対行きたくねえ。キヴリン凄いなあ。

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[ニコニコ] CG物理シミュレーションの世界

a0030177_12143033.jpgうげおわ。物理エンジン屋さんが本気を出したようです。物体の運動にウソがない分よけいにシュールさが際立ってきて、気持ち悪いような気持ちいいような不思議な感覚。ついつい見入ってしまいます。


Phun.jp | Phun日本語解説サイト
ゲーム感覚で使えるリアルタイムおえかき物理演算ソフト、らしい。フリーウェア。興味でてきた

[画像] ブルジュ・ドバイ (ドバイの塔)- Wikipedia  俯瞰 全景 仰視
現時点で人類史上もっとも地上高の高い建造物。完成すれば地上818メートル、階数160階以上になるとか。リアルハーベルの塔の名にふさわしい。何がそこまでさせるのかと思わないでもないけど、ここまでいくともう「気にしたら負け」の世界か。

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いつの頃からか、絶対可憐チルドレンの連載には毎週4コマが2本付くのがあたりまえのようになっている。しかしこれは作家にとってはものすごい負担なのではないかと想像する。よーやるなー。

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死ぬほど今さら

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ダークナイトを見てきたでござる。ユニヴァース!目からウロコが落ちました。今までもっていた、いかにもマンガマンガしたお子ちゃま向けコスプレヒーローというイメージが一撃で消し飛んだ。……しかしこういう映画の見せ方をもってすれば、たとえ素材がミッキーマウスでもウルトラハードサスペンス映画に仕立てられそうな気もしてきた。

ディファレンス・エンジン - 伊藤計劃:第弐位相
こんど出るハヤカワ版の解説担当は円城塔+伊藤計劃。またアイリーン・ガンの用語辞典にも相当量加筆されるとのこと。おいしい差分となりそうです
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by umi_urimasu | 2008-08-16 05:21 | まぞむ


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