「妖都」津原泰水
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a0030177_0253099.jpgいやっほう!いいのを引きました。単行本の推薦文がたいへんな絶賛の嵐で、あまりの誉められ方にかえって「ほんまかいな」と疑わしく思えてしまっていたのですが。
実際、いわれるだけのことはあったなと。

津原泰水 - Wikipedia

「世紀末日本のホラー小説界に出現した正真正銘の“怪物”」綾辻行人。
「純粋にホラーを愛する作者によって書かれた、純粋なホラー作品」小野不由美。
「ついに本格ホラーの超新星が現われた」菊地秀行。
「世紀末はその肖像を描きうる、稀なる幻視者と遂に出会えた」井上雅彦。

まあ凄いいわれようです。1997年当時、どういった経緯でか少女小説家・津原やすみの名を捨てて津原泰水としてホラー小説界に参入したこの人が、どれほどの期待と注目をもって迎えられたかが伺えます。
両性具有と噂されるロックシンガー・チェシャの飛び降り自殺を皮切りに都内で続発しはじめた凄惨な怪死事件。それは常人には見えず、しかし確かにそこに“存在”している死者たちの仕業だった。チェシャの出生の秘密に近づく者たちが次々と惨死を遂げる中、街はひそかに変貌してゆく。変わらぬ日常の貌を保ちつつ、来るべき覚醒の時を待ちながら……。
まだ津原作品をこれ一冊しか読んでいないので、あれこれ調べたり比較したりは後日に譲ろうと思いますが、個人的な好みマップに置くとしたらかなりド真ん中近くです。「作風の似ている作家は誰だろう」と考えて、まっさきに頭に浮かんだのが牧野修。小説のDNAというものがもしあるとしたら、この二人はほとんど同じDNAもってんじゃないか、と思うぐらいよく似ています。まるで生き別れの双子みたい。あるいは日本とポリネシアの創世神話みたい。言語実験的な遊びを混ぜ込むスタイル、五感に訴える鮮烈なグロ描写、セオリーに忠実な手堅い「怖がらせ」の手口、いろんなところにDNAの重なりが透けてみえます。「屍の王」とは、イザナギ・イザナミの日本神話ネタの扱い方までもが酷似しているという。
もしかしたら本当にリアル超なかよし作家なんじゃないでしょうか、この二人は?
強いて差をあげるとすれば、牧野修はややブラックユーモア的な皮肉っぽさがあり、津原泰水は耽美成分が強め、という感じかなあ。


文庫版の解説で、「妖都」はホラーなのかという問いについて、映画監督・佐藤嗣麻子はマルケス「百年の孤独」や映画「赤い薔薇ソースの伝説」により近いものを感じると述べています。ホラーよりもマジックリアリズムに近い、と言われるとちょっと首をかしげてしまいますが、「妖都」における死者たちの存在が現実感と非現実感が拮抗してどちらででもあるかのように描かれていることから、ある意味似てるといえなくもないかなと、これは僕自身も作品を読んでみてうなずけたところです。マルケスに近いというなら、百年の孤独よりは 「青い犬の目」収録の死者を描いた作品群のほうが雰囲気としてはもっと近そうですが。
しかし、ホラーというものはやっぱり読者を怖がらせてなんぼであって、「妖都」の見方によってマジックリアリズム的ともいえる部分がどういう効果を最優先にねらったものであるかといえば、これは明らかに「怖がらせ」のためでしょう。やっぱ、何はともあれまずホラーなんだと思いますよ、この作品は。

余談。
僕は自分ではあまりホラー好きな奴ではないと思っていますが、それでもこうしてホラーを嗜んでいる以上、その種のものに誘惑を感じることがあるのは確かです。そしてホラーを摂取して喜んでいる時には、陰惨でグロテスクなもの、忌まわしげな心の暗闇に直結しているもの、そういった深入りするとやばそうな何かを理性で嫌がりつつ本能で欲しがるという二律背反的な衝動がはたらいているのを必ず自覚しています。「必ず」という条件から、つまりその衝動こそがホラーの本質なのだろうか、という疑問がときどきぷかっと浮かんでくるのですが、衝動の正体が何であり、人間はなぜその衝動に身をゆだねたがるのか、などと問いつめていこうとすると、素人仮説をもじょもじょもてあそんでみたりする以上の段階に進むことができません。

まったくホラーの何が楽しいんだか。ねえ君、人類はどうしてホラーが好きなんだろうね。

余談2。
「妖都」が物語の結構として少々投げっぱなしなつくりになっている点については、ネット上の感想でも評価が分かれているようです。確かに、顔見せに出たきり何もしない無為なキャラがいたり、中心人物の動機とか真意が説明されないまま終わっていたりするのは、開けたポートは全部きっちり閉じて欲しいと望む律儀な性格の読者には喜ばれないかもしれません。僕はそういうやり方も嫌いじゃないですけどね。

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by umi_urimasu | 2008-07-09 00:56 | 本(others)


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