あったらいいな、忙しい現代人のための「ライトノベル式『百年の孤独』」。
だがそんな便利なものがあるわけ……あった! 重厚長大な家系神話小説ならではの、あの果てしない郷愁を、あの途方もない愉楽を、可能なかぎり手っとりばやく。東京から名古屋まで1時間半、日本からアメリカまで10時間で行けてしまうこの時代に彼女は、桜庭一樹はついに大河幻想小説の時間をもちぢめてしまったのでしょうか。嬉しいような寂しいような、微妙な悲哀を味わえる一冊です。 物語は戦後から21世紀までの日本史を俯瞰しつつ、三人の女の人生を昔語りスタイルで描いてゆく「一族の歴史」譚。千里眼の祖母・万葉から漫画家の母・毛毬へ、そしてニートの瞳子へと視点を引きつぎながら、嘘くさくも懐かしい奇妙な昭和の時間が、時には幻想的に、時にはマンガ風に、立ちあらわれては流れ去ってゆきます。その流れが行き着く果てにあるものは、さて何だろう。 手法として面白いと僕が思うのは、この作品全体が桜庭一樹自身が通過してきた「フィクショナルな体験」の再話になっているらしいこと。 万葉: 1960年代、おばあちゃんの昔話。神話と現実は一体でした。 毛毬: 1980年代、不良少女コミック。神話の代わりが成長漫画でした。 瞳子: 2000年代、ライトノベル。軽い。実がない。こころもとない。どうしよう。 万葉の時代の描写には、どこかしら夢の中のような、でも実際あってもおかしくなさそうな、半幻想的(マジックリアリズム風?)な表現が頻出します。自分が生まれる前の、しかも人から聞く話なんて、大概はこんなふうに身近なリアリティと不釣り合いに突飛なイメージのキメラみたいなもの。宙に浮かぶ男の幻影やたたらの時代の遺風を感じさせる黒々しい溶鉱炉、万葉の初夜の描写などもすばらしいですが、鉄砲薔薇の咲き乱れる渓谷におびただしい数の箱が打ち捨てられ、その中に死蝋人形が収められているシーンが圧巻。 80年代は漫画の全盛期。少女漫画のことはよくわかりませんが、子供のころの自分の脳内のかなりの領域は、確かにこれに近い漫画の世界のことどもに占領されていました。フィクションのフィルターを通して見る不良や暴走族たちは、まさしくこの通りの、刹那的で荒唐無稽な暴力や恋愛や死の世界の住人だったのです。個人的にはこの第二部がいちばん笑えるパートでした。 そして2000年代。僕はライトノベルにも疎いけど、この第三部がどう見たってラノベそのものだということぐらいはわかります。絵に描いたようなライトミステリ空間は、荒涼とした現実から逃げ込むためのもっとも安心できる避難所。そこはとても手触りのよい、底なしの無気力と諦観と甘えに満ちています。 素直に読んでいくと、第三部のラノベミステリモードはどうにも取ってつけた感が強くて、作品全体の統一感をそこねているように感じられます。しかし、拠りどころとすべき神話をもたない世代である瞳子が迷ったり悩んだりしながらとにかく一歩を踏み出そうとする姿を描くために、これは必ず通らねばならない道だった、という好意的な解釈もありうる気はする。だからってわざわざミステリにしなくてもいいのにとは思いますが。 ちなみに第三部は、純粋な探偵ものとしては凡庸もいいとこです。キーパーソンとか最初からバレバレだし。「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」でもそうでしたが、桜庭さんという人はどうしてこう、そのままで綺麗にまとまりそうな話に要らぬミステリ要素を足そうとするのでしょう。 余談。 本作は日本推理作家協会賞を受賞。直木賞候補にも挙げられました。これの次の「私の男」で」リベンジ受賞して、今の桜庭氏は時の人です。あと、「赤朽葉家」は「SFが読みたい!」2008年版にもランクインしたそうな。勝手にSFにされてしまいました。SF者という人種は何でもかんでもSFSFと言い張るので、よく一般人からうざがられます。なんという俺俺。気をつけよう。 余談2。 実際の飲食物で作中に登場する架空のおやつ「ぶくぷく茶」に近いものとしては、出雲・松江の庶民食「ぼてぼて茶」というのがあるらしいです(一本足の蛸)。富山の「ばたばた茶」のほうは、呼び名以外はあまり似てないような気が。 余談3。 トップランナー見のがした… ───── 心に響く情景スレ付近からのエコー [画像] 廃墟:坂道 [画像] 風景:海岸 [画像] 廃墟:九龍城砦 [画像] 廃墟:軍艦島? [画像] 建築:発電所? [画像] 福島 廃遊園地 (残存世界)
by umi_urimasu
| 2008-03-07 22:56
| 本(SF・ミステリ)
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