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「ダイヤモンド・エイジ」ニール・スティーヴンスン
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「ダイヤモンド・エイジ」ニール・スティーヴンスン_a0030177_22112080.jpgついに、と言うべきか。今さら、と言うべきか。少し前にウイリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」の映画化が報じられました。心は千々に乱れども、とにかくやっちまってくれい、というのが正直な気分です。子供のころから幾度となく夢にみた、「空きチャンネルに合わせたTVの色」の空の下に広がる千葉シティの風景。きらめく無窮のサイバースペース。中世の迷宮じみた軌道衛星都市。なんだかんだ言っても、やっぱり本音はあの世界をこの目で見てみたくてしかたないのです。
しかしいざサイバーパンクを映画にしようとすると、記憶屋ジョニイが「JM」になっちゃったり攻殻の子がマトリックスになっちゃったりと、なかなか期待通りの尖ったピカレスクに仕上がってきてくれないのも確か。なのでどうしても楽観的にはなれない。そういう複雑な気持ちが、「とにかくやっちまってくれ」という投げやりとも取れる反応となって表れるというわけで。

「ダイヤモンド・エイジ」ニール・スティーヴンスン_a0030177_2254312.jpgまあそんなヨタ話はおいといてですね。ニューロマンサー映画化と聞いて久しぶりに軽くサイバーパンク方面のスイッチが入って、えいやと選んできたのがこのニール・スティーヴンスン「ダイヤモンド・エイジ」です。読み始めてみたらこれがまさに欲していた通りの代物で、もうウハウハムヒョヒョといった感じでございまして。やれやれ。その話をいたしましょうか。

まずカバーには「『ニューロマンサー』の“近未来”に『ハイペリオン』の“叙事詩”をリミックス」という叩き文句。でも前半を読んだかぎりでは、たとえにハイペリオンというのはちょっと違うんじゃねーかなという気もしました。もしかしたら後半でハイペリオンぽくなるのかもしれないけど。
僕が思い浮かべたのは「モナリザ・オーヴァドライヴ」+「ディファレンス・エンジン」+牧野修の「傀儡后」、という取り合わせですね。ギブスン黒丸訳ほどの言葉の鋭さはなく、ストーリー展開もやや鈍重な印象なのですが、その代わりに膨大、雑駁、グロテスク&カオティックなテクノカルチャー描写が呆れかえるほどゴテゴテと盛り込まれていて、舞台となる世界の解像度の高さがハンパじゃない。この物量攻撃的スタイルが「傀儡后」っぽいと感じる所以です。いや、「っぽい」どころか、これに比べれば傀儡后がかわいらしく見えてしまうほどの凶悪な装飾過剰ぶりです。こうした情報過密な小説が好きな人にはそれこそウハウハな作品でしょう。逆に、そんな趣味のまったくない人にはかなりきついかもしれません。近未来テクノジャーゴンの奔流を200ページほど耐えしのぶことができれば、世界観が大方把握できて一気に読みやすくなってくるんですが。

時は21世紀なかば、場所は上海。物語の発端は、新舟山の都市国家に属するナノテク技師が、さるネオ・ヴィクトリア貴族の依頼をうけてとある発明品を生み出したことでした。彼は愛娘のためにその品の違法コピーを作ろうと画策し、貴族からも当局からも目を付けられてしまいます。彼を巻き込んで展開する陰謀劇と、貧民街に住む幼い少女の成長物語にからんで、いくつもの勢力、さまざまな登場人物が入り乱れ、複雑なドラマを織り上げていくことになります。

そして、その劇中でもっとも重要な役割を果たすキーアイテムが問題の発明品、〈若き淑女のための絵入り初等読本〉、または単に〈プライマー〉と呼ばれるものです。教育用インタラクティブ・デバイスとしての驚くべき能力を秘めたこの発明こそ、まさに科学が生んだ「魔法の本」。これはSF的にも物語的にも非常に魅力的な存在で、このガジェットのアイデアなくしては本作のヒューゴー&ローカス両賞受賞もありえなかったのではないかとすら思えるほどです。

この〈プライマー〉、見た目はただの本ですが、その正体はナノテクの粋を集めた超はいてくデバイス。周囲の環境を認識し、所有者の子供と会話し、その心をデータとしてマッピングする機能をもっています。そして集合的無意識のカタログとでもいうべき膨大な普遍的概念群をシンボル化し、子供の置かれたそのときどきの状況に即した「お話」のかたちで提示することにより、所有者の心身の成長を助け、その子の身を危険から守り、親に代わって、否、実の親にすら望むべくもないほどの教育を行ってのけるのです。すげえよこの本!スタンド並の代物っすよ。

偶然〈プライマー〉を手に入れた少女・ネルが、劣悪な家庭環境から脱出したあと、いったいどんな体験をしてゆくことになるのか?〈新アトランティス〉と〈天朝〉、ふたつの勢力に挟まれて二重スパイに仕立てあげられてしまった〈プライマー〉の開発者、ハックワースの運命は?つづきは後半のお楽しみ。僕もまだ第一部までしか読んでいないんです。ということで、第二部の感想はまたのちほど。


そうそう、あとひとつ。単なるサイバーパンク小説とは一味ちがう本作のユニークなポイントとして、作中作に当たるおとぎ話のパートの存在ってけっこう重要な気がします。この作品、水と油みたいな関係のはずの「童話」と「サイバーパンク犯罪劇」をむりやり合体させたような構成をもってるんですが、〈プライマー〉の機能によって物語と物語内物語が互いにフィードバックし合うことで、格好だけでなく作品そのものがサイバーパンクとおとぎ話の融合と言ってもいいような不思議なものになりかけてるような気がするんですね。もしこの方向性のまま行き着くとこまで突き進んだらいったいどうなるんだろうかと。なんかヘンなもんが出来あがりそうだぞ。そんなふうにもちょっと期待してみたり。

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by umi_urimasu | 2008-01-25 22:41 | 本(SF・ミステリ)


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