「人類は衰退しました」田中ロミオ
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a0030177_17513399.jpgはるかな未来、落ちぶれた人類に代わって地球の支配者の座についた「妖精さん」たちと、緩慢に滅びゆく旧人類とのかぎりなくローテンションな交流ぶりをかぎりなくローテンションな筆致で描いた、なんとなく異文化交流SFのような、べつにそうでもないような、というよりもはや単なる雑談のような、飄々としてなんだかよくわからない方向性を目指すファンシー・シムアース的ライトノベル。田中ロミオはこれが小説デビュー作だとか。

個人的には何から何までまるっきり肌に合わない作品でした。が、こういう拒絶反応が出るのは自分の普段の好みからいって予想の範囲内でもありました。以前に涼宮ハルヒ、ゼロの使い魔、ROOM NO.1301あたりにトライしたときもほとんど瞬殺というていたらくだったので、あるいは今回もそのパターンではないかと。
でも乙一や桜庭一樹のように、先入観からずっと敬遠していたものが当たってみたらホームランだったということもあります。なので、五冊や六冊読んでみて好みに合わないからといって「このジャンル苦手」と切り捨ててしまうわけにもいきません。どんなジャンルでもそうだけど、欲しいものをゲットできるかどうかは探す人の根気によるところが大きいのでしょう。というわけで、ある程度の距離はとりながら、これからもラノベ方面の開拓は地道につづけていこう。という思いを新たにしつつ、とりあえずこの作品はこれっきりということで。

あと、文体についてちょっと。僕がこの作品を読んでいちばん新鮮/奇異に感じたのは、物語でも世界観でもなくて文体でした。ほとんど、というか完全に、ノベルゲームの文体そのまんまなんですね。一文一文の短さ、情景説明的な一人称、読み手に話しかけているのか自己ツッコミなのかはっきりしないオタ語り口調、会話文の多さ、ネット言語のパロディ、等々。おそらく田中ロミオの本職(?)であるノベルゲームのシナリオのスタイルでそのまま書いただけなのだろうと思うのですが、それを普通の小説として読むことに僕の方が慣れてなかったせいか、かなり妙な読み心地でした。みんな気にならないのかな。それとも今のラノベではもう普通なんだろうか、ああいうノベルゲーム的文体は。

以下、おまけのようなもの。
「ラノベには疎いけど気が向いたら読んでみようかな」ぐらいのポジションにいる未読者のための判断材料として、作中に出てくる妖精さんたちのセリフを少しばかり列挙しておきます。こういう表現に対してどう反応するかで作品と読み手の親和性が試せる、リトマス紙みたいなものだと思ってもらえれば。
「にんげんさまは、かみさまです? です?」「しかしとても……おおきいです?」「わー」「おー」「んー」「あー」「ごみやま、かえるです?」「にんげんさま、ここでまたしつもんです」「ぼく、いつうまれました?」「なんと」「さー?」「な……まえ……?」「ねーむだ、ねーむ」「ねーむとはなまえのことだ」「ぺんねーむでいい?」「……よくおもったらなかったです」「なるほどぼくら、なまえ、ありませなんだ」「かもしれないです」「……にゅあんすで」「さようですか」「すいませんなさい」「ちんしゃします?」「おいしくたべられます?」「なんだよ」「いのちびろい?」「かくごしなくてもよかった?」「にんげんさんのちにくになります?」「ばかな」「そんなことが?」「かちぐみやんけ」「いっそたべて」「うそだた」「だたね」「よかた」「にんげんさんにほんろうされるです」「ねがいます」「きゃぷー」「ときめくごていあんですな」「そーきたかー」「かんたんのはんたい」「……にんげんさん、ごていあんです」「じぶんでなまえ、きめたいです?」「さー・くりすとふぁー・まくふぁーれん」「だめ?」「がんばるますー」

これはやっぱり、ある程度「了解済み」としてオタク文化圏内のものを消化できる読者限定という感じですかね。こういう空気を気軽に吸えて、わりと素直に愛でられる人になら、たぶん本作をおすすめしても大丈夫でしょう。こりゃちょっときついわ、と感じた場合は多少用心が必要でしょう。「反吐が出そうだ!」という人はもう買わないほうがいいです。
ということで、参考までに。

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「倒立する塔の殺人」皆川博子
おお、野上晶翻訳作品!ミステリYAというジュニア向けのレーベルから出ています。子供たちよ騙されるな、その本は偽物なんだ。
内容はやはりドイツものらしいですね。「死の泉」と関連づけたギミックが施されていたりしたらさらに楽しめそうなんですが、どうかなあ。

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2007年もそろそろ終わり。おかげさまで、今年も人様の感想や評判を頼りにいろんな小説と出会うことができました。直接的・間接的に名作・傑作をプッシュして読む気にさせてくれた方々に感謝です。個人的年間ベストワンはやっぱりジョージ・R・R・マーティン〈氷と炎の歌〉かな。もう一生ものの宝物ですよ、これは。

エキサイトのブログサービス自体がそろそろやばそうな気配なので、もしかしたら来年あたりもっとまともなサービスに引っ越すかもしれませんが、移転作業がめんどいのでぎりぎりまでここで粘ってる可能性大。ということで今後ともよろしくお願いいたします。

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あけめで。吉報でござる。アルフレッド・ベスター「虎よ、虎よ!」(ハヤカワ文庫)が復刊される由。ゴーレム効果なのかな? こいつは春から縁起がいいでござる。中古価格が高くてスルーしていた人はこの機会にぜひゲットされたし。それと円城塔「Boy’s Surface」も1月に。黄色の次は何色だろう。
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by umi_urimasu | 2007-12-30 17:55 | 本(SF・ミステリ) | Comments(4)
Commented by しのぎ at 2008-01-04 19:29 x
こんにちは。
田中ロミオの文体は、今のライトノベルではもう普通の範疇だと思います。
確かに、ライトノベルの中でも30度くらいずれているというか、30センチくらい地面から浮いているような妙な感じはありますが、わたしには誤差の範囲内に感じられます。

この記事を読んで、ライトノベルが嫌われる理由のひとつに、「本来は小説の文体でない」ものが、平然と「小説」を自称しているから、というのがあるんじゃないかと思いました。
ケータイ小説が「小説」を自称していたら、大抵の人は怒りますよね……。
Commented by umi_urimasu at 2008-01-04 22:35
>平然と「小説」を自称
小説の文体に「こうでなければならない」という制約はなくていいと僕自身は思っています。なのでノベルゲーム文体でもケータイ文体でも勝手に小説を自称してもらってかまわないし、それが主流になってもべつにいいんじゃないかと思います。単に僕個人の好みとは相容れないというだけで。もちろん、より自分の好みに合う文体でたくさんの小説が書かれてくれればそれに越したことはないのですが。たとえラノベがなかったとしても、すでに世間は気に入らない文体の小説であふれているだろうと。

>今のライトノベルではもう普通の範疇
僕にとってはますます険しい道になりつつあるようですね。出版点数は多いし、表紙の雰囲気とかからではまったく中身の当たりをつけられないし、門外漢があてにできるレビューも探しづらいし、たとえがあれですけど、なんかAVとかエロ漫画の中で自分好みの商品を探すのにも似た困難さを感じます。
Commented by しのぎ at 2008-01-06 01:34 x
たびたび失礼します。
「本来は小説の文体でないもの」→「本来は小説の形式でないもの」ですね。単に語り口調・文章の癖という意味の文体と、形式を反映したもの、という意味での文体がごっちゃになってます。端折りすぎて適当なものいいになってしまいました、すみません。

紙に印刷されて文字だけで勝負する小説と、音と絵がついてディスプレイに表示されるノベルゲーム、携帯電話からネットで読まれることを前提にしているケータイ小説、これらはすべて異なる方法・技術で書かれていますよね。こういう、媒体によって違う技術や方法論などをまとめて「形式」と呼んでいるのですが、「その媒体でなければ表現できないもの」という言葉を信じるなら、媒体と形式はわかちがたく結びついている=媒体は作品の形式を決定することになります。ものすごく大雑把に言うなら、「違う方法でつくれば、違うものができるに決まってる」ということです。
要するに、小説・ラノベ・ケータイ小説などの明らかに違う形式で書かれたものを、乱暴なやり方でひとくくりにしてしまう態度は、それが自称にせよ他称にせよ、好きな人からも嫌いな人からも反感買うだろう、ということなのでした。
Commented by umi_urimasu at 2008-01-06 19:09
表現の手法が媒体に依存するのは当然ですね。丁寧な説明いたみいります。

ちょっとわからないのは「反感」の出どころとその規模ですね。僕はマイペース読み専型の人間で、他人がどんなものを好むか or 嫌うかを気にかけたりすることがほとんどないもので。
でも媒体による形式のちがいをむりやり飛び越えて作ったら予想外に面白いものができることもある、というメリットを考えると、多少やりかたが乱暴でも分野間越境的な創作が活発になるに越したことはないんじゃないかと思います。「人類は衰退しました」はまんまノベルゲーム文体すぎてちょっと芸がないと思いましたけど。
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