『少年と犬』 ハーラン・エリスン
あー、伏せ字に深い意味はありません。「きっと殺人狂の文房具に削除されたんだな」ぐらいに思っといてください。 もし、ここ数カ月の間に、よく似たタイトルの著作がベストセラーになったおかげで「世界の中心で愛を叫んだけもの」の売れ行きが増加したという統計が得られているとしたら、個人的にはちょっと嬉しいことです。ハーラン・エリスンの同短編集は、僕がこれまでに読んだ唯一のエリスン作品集で、そして同時にオールタイム・フェイバリットの一冊でもあるので。単純にファン心理で嬉しいんです。収録されている「少年と犬」などは、もう何度読み返したか覚えてません。文庫本を無くすたびに、また新しいのを買ってしまうぐらい好きです。 ブラッド、好きだー! 大好きだー!!はぁはぁ。 エリスンの短編は、外面だけ見ると「ベタ」と言っていい古風なSFで、ありきたりすぎて落胆しかねません。文体は鋭いものの、基本的には懐かしいペーパーバックSFの匂いをぷんぷんさせたオールドファッションドなSF世界です。 けれどもその中に、ほんのちょっぴりですが、恐ろしい切れ味の刃が潜んでいます。これが、退屈なSFぶりに油断している読み手にぐさりと刺さるという仕掛け。その隠し刃とはすなわち、暴力。 わかりやすいたとえで言うと、まず星新一のショートショートシリーズを思い浮かべてください。次に、あのノリはそのままで、オチだけ「バトルロワイアル」にしてください。エリスンの一丁あがりです。 そのドライで鋭利な文体を用いてあえて古くさいSFの舞台装置を再現することで、かえって暴力性が極度に強調される。この相対的効果がエリスン作品の衝撃の源(のひとつ)ではないかと、個人的には思ったりしています。 本気かジョークか、ユーモアかシリアスか、どういうスタンスで書かれたかによらず、暴力と愛というテーマはエリスン作品にほぼ一貫しています。そして、この方面でおそらくもっとも尖った実験例が表題作「世界の中心で愛を叫んだけもの」。 色々な解釈ができますが、ごく簡単に言えば「自分さえ、自分の知人さえ、自分の世界さえ平和になれば、他の全ては不幸でもいいのか」と、愛の範囲を問うた作品であると思っています。それもエリスンならではのアグレッシブな手法で。もし天国をひとつだけ作ることができたとしたら、そこ以外の全宇宙は地獄になるという絶望の未来図は、「汝の隣人を愛せよ」とのたまうスケールの小さな神に対する彼なりの宣戦布告とも取れます。むごたらしいアメリカの現実から外宇宙の果てまでをまるごと包含してしまうという発想も凄い。決して大胆なだけの実験作ではありません。SF好きというマイノリティだけでなく、もっと多くの人々にその価値を問われて欲しいパワフルな作品です。 そんなわけだから、世界の中心でなんとやらいう別の小説がベストセラーになってくれて、個人的にはちょっと嬉しいわけでして。売り上げが伸びたかどうか、本屋の人に聞いてみたいなぁ。 「少年と犬」は心の名作。これはもう、地団駄踏むほど好きですから。過去に一度映画化されたらしいんですが見てません。というか日本でアニメ化を切望します。もちろん無理でしょうけど。もし映像化するとしたら、ぜひ大友克洋にやらせたい。かなりタガのゆるんできた今の大友克洋じゃなく、AKIRAのときのように残酷なドライさで。ぜひぜひ。個人的にはブラッドのイメージはシベリアンハスキー系かシェパード系なんですが、どうでしょか。 ちなみにこれ、四、五回読み返してからやっと「え、食ったの?!」と気づきました。 ニヴッ。 愛って何か知ってる? ああ、知ってるとも。 少年は犬を愛するものさ。
by umi_urimasu
| 2004-07-12 14:42
| 本(SF・ミステリ)
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