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「夢の棲む街・遠近法」山尾悠子
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「夢の棲む街・遠近法」山尾悠子_a0030177_23225027.jpg美しく、美しく、ただとこしえに美しく。
僕にとって「母親の胎内にも等しい、世界でもっとも居心地のよい幻想の深み」がどこかにあるとしたら、それは今のところ山尾悠子の作品の中しか思いつきません。ひとつの文字から次の文字への、「この一字しかありえない」という完璧な連結。完璧な単語、完璧な文章、完璧なことばの箱庭宇宙。日本語を構成する文字の総数は一般に五万以上といわれていますが、その五万字からなる膨大な組み合わせパターンの中から、いったい何をどうすればこれほど美しい配列を生成することが可能なのでしょうか。

「夢の棲む街・遠近法」(三一書房)は、山尾悠子が20年以上に及ぶ沈黙に入る前の作品群を収めた1982年の単行本。150ページたらずの薄い本なので読み切るのは簡単ですが、読み終えた人はその物理的な薄さに小さからぬ衝撃を受けることでしょう。つまり、こんなにも多彩で緻密なイメージが、たったの150ページで表現されているという事実に対してね。

個人的にめちゃ好きなのは表題作の「夢の棲む街」。どことも知れないすり鉢状の街のディテールに関するさまざまなイメージをつなげて、シュールレアリスム的な小宇宙をつくりあげている作品です。いくつか例を挙げてみると、
人々が眠る白昼に街の噂を集めて夕刻にそれらをばら撒く〈夢喰い虫〉。
足だけの畸形人のダンサー〈薔薇色の脚〉たちの劇場からの脱走。
娼館の鳥籠に住む嗜眠症の侏儒が見る遠い海の夢。
天井裏にみっしりと詰めこまれた畸形の天使たちに起こる異変。
街の夜空を占領し、それ自身の意志や感情をもって活動する巨大な星座。
開かずの部屋の中、撃たれてのけぞった姿勢のまま十年間も静止している女。
風のない夜、街一面に雪のように降りつもる白い羽根。
はるか上空に棲むという透明な巨大浮遊生物。
円形劇場における阿鼻叫喚。すべての破滅。
まるで無意識の深みから直接汲みあげてきたかのようなこれらのイメージ群のえもいわれぬざわざわ感、筆舌につくしがたいものがあります。「ラピスラズリ」同様、感触としてはミヒャエル・エンデの「鏡の中の鏡」に近い気がするんですが、文章レベルでの快楽度はこっちのほうが断然上。

「遠近法」では無限につづく塔の内壁世界とその住人たちを支配する一種SF的な円筒宇宙観を、「傅説」では無限の廃墟を踏破してゆく愛人たちの道程の音楽的な表現を、というふうに、作品ごとにいっぷう変わったアイディアや手法を実験したりもしています。とにかくことばに対するこだわりははんぱじゃありません。

幻想文学の中でもシュールっぽいのが好きなひとにはぜひともトライしてみることをおすすめしたい作品です。SF者にも存外波長が合いそう。
ただし、残念ながらどの本も書店では入手しにくくなっています。Amazonで検索してみると「山尾悠子作品集成」は当然のごとく品切れ、復活新作の「ラピスラズリ」以外の作品すべてにかなりのプレミアがついていて、蒐集家でもないかぎりおいそれと手を出しづらい雰囲気バリバリです。面倒でも図書館を利用するなどしたほうがよさげな感じですね。

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[ニコニコ] ちょっとでもニヤニヤしたらふるぬっこ
zipが俺を呼んでいる
by umi_urimasu | 2007-10-09 23:29 | 本(others)


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