「虐殺器官」伊藤計劃
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a0030177_2112612.jpg円城塔と共に期待の大型新人として鳴り物入りのデビューを果たした伊藤計劃の第一作。これはあちこちで騒がれるのも納得ですね。
テレビゲームのように痛みも感情もともなわない、近くて遠い戦争と殺戮。そこには核の冬や世界水没といった古典的な終末観の影はもう残っていない。けれど、マクドナルドやスターバックスのある「こちら側」の世界の人間を包みこむリアリティの喪失は、どうやら別の意味で陰惨きわまる終末につながっているらしい。それは、アフター911のこの世界で平和な日常を謳歌している僕たちが逃げようのない、恐ろしく怠惰で空虚な世界の終わりのかたち。

「虐殺器官」は決して空想の物語ではありません。この作品はたぶん、今この瞬間にもあなたの家のリビングルームに出現しつつある暗黒の終末を、ありのままにレポートしてみせているだけなのです。もっともそれは、痛みも苦しみも周到にフィルターアウトされ、あえて直視しようとしないかぎり気づくことのない平穏な終末なわけですが。しかも、気づいたって何にもならないというイヤすぎる皮肉。

作品概要はこのへんとか

SFとして読むならば、「虐殺器官」の楽しみどころはやはり「人間が進化の過程で獲得した『器官』である言語の中に、大量虐殺を誘発する因子が隠されていたら?」というアイデアのロジカルな展開でしょう。しかしこの作品の魅力は、それだけでは終わってないところ。軍事サスペンスとしてのストーリーがSFの部分と乖離せず、最後の最後までしっかり緊迫感を保って貫かれていて、純粋に娯楽小説として読んでもかなりポイント高いです。
世界中の紛争地域に必ずその姿ありといわれ、数々の暗殺作戦をことごとくかわしつづける謎の人物、ジョン・ポール。彼の真の目的は何なのか?なぜ捕縛できないのか?そもそも彼は実在するのか?どうやって大量殺人を扇動しているのか?これらの謎を解くためには「虐殺器官」そのものの正体に迫るほかはありません。アイデアSFにとどまらず、より一般的な娯楽性をもたせつつ、どちらに偏るでもなく両方きちんと処理しきっているのが凄い。これが第一作めとはとても思えない、非凡な構成力を感じさせます。

「虐殺器官」のアイディアや設定から連想される既存の作品を思いつく範囲でいくつかあげるとしたら、たとえば川又千秋の「幻詩狩り」、ジョージ・オーウェル「1984」、コッポラ「地獄の黙示録」、押井守の劇場版「機動警察パトレイバー」、そしてコナミの「メタルギアソリッド」シリーズあたりでしょうか。中でも特殊部隊の描写については、MGSっぽいキーワードやガジェットがこれでもかとばかりに登場します。特に3ネタは相当露骨かも。伊藤計劃氏自身もけっこうなMGSフリークらしくて、ゲームそのもののノベライズではないにせよ、かなり近い雰囲気をもったMGSへのオマージュとして読むこともできると思います。

あと、作品の核となるアイディア「虐殺の文法」にからめた文化論なども読みごたえのあるところ。「ことばは単なる器官である」とか「戦争は啓蒙である」とか「情報とは資本主義の商品である」とか、ラディカルな警句が満載です。戦争や死や罪についての話題は陰鬱でニヒリスティックなのが多いけど、枝葉の部分には哲学的な思考の遊びに近い軽さがあって、ブルーになりっぱなしじゃない。「レミングの集団自殺は都市伝説にすぎない」だの「IBMの計算機がナチスによるユダヤ人大虐殺を可能たらしめた」だの、知らないと素で感心してしまうようなトリビア的な話もたくさん仕込まれていて、議論の追跡にも飽きを感じさせません。いろいろうまいなあ。


最後に、どうあがいてもろくな答えの出ないあの問題についてちょっと。
911のあとでは避けるに避けられない非常にイヤな問いかけが、この作品にはひとつ織り込まれています。これに関していえば、「虐殺器官」は「『世界の中心で愛を叫んだけもの』の進化論的再解釈」と表現できるかもしれません。

a0030177_3453835.jpg人は愛するがゆえに殺す、ハーラン・エリスンの咆哮から一向に進歩のない愛のカバレッジ問題。自分さえ、自分の愛する世界さえ平和なら、そのために他の全世界を地獄と化してもいいのか。べつにエリスンは進化論でアガペーを説明してのけようなんて考えてもいなかったでしょうが、社会学も哲学もこの世界が直面している現実を前にしてはまるっきり役に立たないようだし、遺伝子生物学というのはもしかしたら悪くない切り口なのかもしれません。ま、どっちにしろ解決にはならないんですが。

そういえば「トップをねらえ」を見てるとき、自分の銀河系の大部分をひねり潰すということが意味する大量虐殺に登場人物たちは良心の呵責を感じないのか?っていう疑問が頭からはなれなかったっけ。

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伊藤計劃&円城塔トークショー (8/25)
Self-Reference Engineの構造の話が興味深い。やはり小説ってよりもプログラマの人なのかな。「どう考えてもプログラム言語向きでない小説というフォーマットでプログラム書くのに近いことをやってみたらSREデター」みたいな?

著者インタビュー 円城塔 (Anima Solaris)
SFよりも面白いと思う自然科学系の論文、SF系で好きな本、などなど

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[ニコニコ] THE IDOLM@STER SOLID  【スネークプロデューサー】
[ニコニコ] IDOL M@STER SOLID  【Chapter001】
いいセンスだ。続編に超期待。

[ニコニコ] アイドルマスターネタ8 千早輝嬢様
[ニコニコ] アイドルマスターネタ9 千早美禍星
千早武士道シリーズのつづき。アイマス漫画系動画の中では一番贔屓なんですが
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by umi_urimasu | 2007-10-04 02:17 | 本(SF・ミステリ)


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