噂の黄色いあいつがやってきた。奇抜さにかけてはここ10年間でも類のない、バカすぎて魂が抜けるほどの奇想小説。芥川賞は逃がしたけれど、とりあえず2007年の日本SF大賞はもう円城塔で決定なんじゃないでしょうか?
たとえばエリック・ドルフィーが異星の音楽を地球の楽器で奏でるように、あるいはパブロ・ピカソが四次元の風景を二次元のカンバスに射影してみせるように。人類にはろくすっぽ考えの読めない高次元異種知性体たちがつぶやく寝言、愚痴、鼻歌、コント、時代劇、その他もろもろのことばの断片を、いくらかでも人間にわかるように、できるだけ平易な地球言語に翻訳してみせよう。強いて説明するならそんな感じの小説です。SF作品で言い替えを試みるとしたら、フレドリック・ブラウンの古典「発狂した宇宙」とスタニスワフ・レムの名著「ソラリスの陽のもとに」を激突させて、カート・ヴォネガット・スタイルのシニカルユーモアを込めつつ複雑系とかネタにして思考実験をやりまくるよ。あと、論理過程はグレッグ・イーガン程度には厳しめにしときましたから。みたいな。 まともな比喩すらままならない、はちゃめちゃな雰囲気が少しは伝わるでしょうか。多層性という意味ではさらにボルヘスやイタロ・カルヴィーノまで引き合いに出されてもおかしくないかもしれません。でも「Self-Reference ENGINE」の場合、いくら法螺話っぽくてもあくまで数学的厳密さがキモなので、SFと幻想小説を区別する必要性があるかぎり、幻想小説からはまだしも遠いか。個人的には、「理系オタ口調で有限と無限について語りだして途中で飽きたテッド・チャン」ぐらいのたとえでどうだろう。 これだけ書けば、小説好きな人ならけっこう食いついてくれるんじゃないかと思います。 ただちょっと気がかりなのは、「自己参照機関」という硬いタイトルなどから「ガチガチの理系小説か?」と早とちりして逃げてしまう読者が少なからずいるのではないかということですが。理系の大学院生やPDがげらげら笑いながらこの本を読んでいる姿はありありと眼に浮かぶけど、かたぎの人にはやはり少し敷居が高いかもしれません。巨大知性体とか多元宇宙って言葉が飛び交うだけでも一般人から見たら十分マニアックな世界だろうし。ほんとうにSFや数学が嫌いな人にまですすめていいものかどうかは、あんまり自信がありません。 ちなみに帯を読むと「オイラーの等式の文芸的表現」by神林長平という、脅しとしか思えないような紹介文が載ってます。なんとまあ思いやりのない。オイラーなんて知らない人が大半のはずだし、知らなくても奇想奇文を楽しむ分には何の問題もないでしょうに。また同じく飛浩隆の言によれば「ソラリスの海が語るバカ話」ともありますが、もちろんソラリスも知らなくてけっこう。ぶっちゃけ、かけ算と割り算ができれば半分ぐらいの話はOKだろうと思います。僕の理解度もせいぜいその程度です。「それぐらいは大丈夫」という人なら、数字の嫌いな文系星人でも安心して突撃してよいでしょう。 しかし、SF圏外の人はともかく自称SF好きにもかかわらず「数学はちょっと」とかごねてこの作品を敬遠している人をもし見かけたなら、無理やりにでも押しつけてやらねばなりますまい。ってか、これこそまさにSF者によるSF者のためのSF小説ではありませんか。ネタも話も文体も、あらゆる点でSF者にこそ最高の愉楽を与えるようオプティマイズされたこの作品を、あんたが読まないでどうすんだって話ですよ。ヱヴァンゲリヲン?そんなもんほっといていいから。 ───── 感想を検索していると「意味がわからん」というぼやきがけっこうかかりますが、わからないと何か不都合があるのかどうかも厳密にはよくわからない。どうしてもインスタントな答えがほしければ「意味に意味などないっていう意味だ」とでも思っておけばいいのではなかろうか。 はいはい自己参照自己参照。 まだまだ長くなりそうなので、つづきはまた後日。とりあえずみんなも読みましょう!
by umi_urimasu
| 2007-09-09 13:25
| 本(SF・ミステリ)
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