「読み手を怖がらせる」という明確な意図をもって書かれた純然たるホラー小説。「傀儡后」とちがい、ホラー耐性のない読者でも「これはこれで見ようによっては綺麗かも」と思えるような救いの余地は、この作品にはまったくと言っていいほど残されていません。もちろんSFっ気もありません。血だの膿だの蛆だの蝿だの、生理的にやばげな連中が「これぞ我が領分」とばかりにどろどろぐちゃぐちゃトグロを巻いている感じ。ひぐらし程度のソフトなものでも狼に睨まれた子兎みたいになってしまう僕にとっては、かなりハードルの高い小説でした。峻険なりホラー道。
愛娘を通り魔に惨殺され、生き甲斐を失って落ちぶれた元エッセイスト・草薙の元に、旧知の編集者から小説の依頼が舞い込む。だが「屍の王」と名づけたその小説を書き始めたとたん、彼の読者を名乗る謎の男から奇怪な電話がかかり始めた。作品にかかわる人間が次々と怪死を遂げ、自らも悪夢に苛まれながら執筆をつづけるうち、草薙は己の記憶がまったくの偽物であることに気づく。失われた過去を探して現実とも幻ともつかない田舎町に迷い込んだ彼が、恐怖の果てにたどり着いた真実とは……。ホラーに馴れた人から見ると少々ありきたりに思われそうな、日常から怪奇への転落のストーリー。日本神話を下敷きにした現代版の「黄泉くだり」ネタも土俗系ホラーでは定番みたいなイメージがあり、独創性という意味ではやや弱い気がします。とはいえ、僕はその「定番」すらほとんど読んだことがないので、そもそも比較評価する資格もないんですが。 こういうのをホラー好きな人はどのあたりに位置づけするんだろう。 ────── 余談。作中でもうひとつの「屍の王」の著者として紹介される伊佐名鬼一郎という作家は、どうやら実在した人物らしいです。自殺したってのも事実だとか。もし最初からそうと知っていたら、僕はこの作品をさらに怖く感じるはめになったでしょう。知らなくて幸いだったよ。
by umi_urimasu
| 2007-07-23 08:56
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