美しくもグロテスクな想像力で「自己と世界の境界」の崩壊を描く、第23回日本SF大賞受賞作。サイバーパンクのデジタルジャンク臭と生モノのぐにょぐにょ感を文章のすみずみまでみなぎらせた"テクノ・ゴシック"な作品世界は、既存品にたとえるなら「ブラッド・ミュージック」+「ニューロマンサー」の日本版といった趣です。そっち系の小説が好きだけど、もっと病的でデカダンな感じのほうがより好み、というひとにはまさにジャストミートな作品。
ネット中毒者たちが五感の混淆をもたらすドラッグに溺れ、皮膚がゼリー化する奇病〈麗腐病〉が蔓延する現代のバビロン・大阪。その大阪で、20年前に隕石が落ちた爆心地を起点として、世界はじわじわと侵食されはじめていた。地上のあらゆるものを「皮膚」と化すべく暗躍する女王・傀儡后をはじめ、さまざまな思惑と秘密を抱いて都市の薄皮一枚下に蠢く人間たち。街も人も、すべてを呑み込み、やがて世界は継ぎ目のないひとつの「皮膚」に覆われてゆく――。これだけではどういう話だかさっぱり要領を得ないでしょうけど。とにかくディテールの魅力にあふれた小説なので、ただストーリーだけを追うよりも、エロティック&カオティックな世界観や文章に耽溺するような読み方のほうが断然快楽的に作用します。 どっちかというとサイエンスが好きな人より文章フェチな人向けの作品かもしれません。 個人的にかなりヒットだったのが、視覚や聴覚からの情報を味覚や触覚に変換するドラッグ〈ネイキッド・スキン〉や、街そのものをテキストとして認識する能力者〈街読み〉などの幻惑的な描写。「言葉をありきたりな使い方で使わない」ことによる異化効果を狙った小説はたくさんありますが、「傀儡后」にもそうした要素が少なからず含まれています。しかも単なる思いつきの言語実験じゃなくて、日常的な世界の崩壊という物語にちゃんと合わせているのが美しい。 また、直接的にホラー小説っぽい書き方は一切されていないにもかかわらず、ホラーの怖さにとても近い何かがあって、そこにも非常に惹きつけられました。 それはたとえば「見慣れた世界が、突然あるべき姿であることをやめてしまう」という現実崩壊感への恐怖だったり、「皮膚の下」のような本来見てはいけない部分をあらわに見てしまう禁忌への恐怖だったり、皮膚であってはいけないはずのものが皮膚になっているというシュールなイメージに対する生理的恐怖だったり、とかいったものの混合物的な何かです。僕はベタなホラーは苦手な方なんですが、「傀儡后」の怖さは見慣れた世界の異化による驚きに直結していて、怖いと感じること自体がむしろ気持ちいい。「センス・オブ・ワンダーに限りなく近い恐怖」とでも言ったらいいのでしょうか。うーん。 うまく説明できませんが、この特殊な味わい、かなり貴重なものではないかと。 ────── 「傀儡后」に多少なりとも近い雰囲気の終末SFとしては、ベアの「ブラッドミュージック」や飛浩隆の「象られた力」なんかが思いあたります。違いとしては、ベアはがっちりと物語風、飛浩隆は鋭くドライ、牧野修はバロック風というか、やたら細部が装飾的な感じ。読み比べてみるのも面白いかもしれません。あと、人類融合→自我消失系ではエヴァンゲリオンがまんま同ネタですが。 ともあれ、今回の「傀儡后」は嬉しい発見でした。自分の好みにぴったり合う作家を偶然見つけたときの喜びは、何度体験しても飽きません。 次は「MOUSE」を読んでみようかな。 ────── [ニコニコ] ゴッドマン対ジオン軍1.6<ジオンの脅威編> VSランバ・ラル。つなぎ方が異常に上手い [ニコニコ] ゴッドマン対ジオン軍2<ジャブロー編> 名曲・哀戦士がひどいことに。 [ニコニコ] ゴッドマン対ジオン軍5<ア・バオア・クー編> 完結編にして最高傑作 ────── 河合隼雄氏没。心理学のことはよく知らないけど「ウソツキクラブ短信」とか大好きでした。祈求冥福。
by umi_urimasu
| 2007-07-16 17:40
| 本(SF・ミステリ)
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