『ママ・グランデの葬儀』 ガルシア・マルケス
人が孤独を求めるのには様々な理由があり、孤独そのものにも様々な形があります。マルケスは、僕が知る数少ない作家のうちで、もっとも執拗に孤独について書きまくった人でした。「大佐に手紙は来ない」から「百年の孤独」「族長の秋」に至るまで、リアリズムからマジックリアリズムまでを一人でやっつけてしまったこのコロンビア人の本には、ありとあらゆる孤独のパターンがあふれているかのようです。彼の描く孤独は、寂しく虚しいどころかあまりにも多彩で豊穣で、自分もそれに一瞬でいいから浸りたいと切望させる強烈な郷愁に満ちていました。 「大佐に手紙は来ない」は、マルケス作品の中では技法的にもっとも穏当な部類、簡潔を旨とするリアリズムで描かれたものです。しかし手法がリアリズムであるために、かえってそれを超越した人物像が際立っていたように思われます。 たとえば、大佐の妻。この婆さんは、口を開けば百発百中で容赦のない警句を吐きまくるゴルゴ13のライフルみたいな人でした。哀れな老大佐は、そんな哀れな老女の夫なのです。読んでいて、悲しすぎて爆笑してしまいました。彼らは貧困を恥じているのではありません。人生を捨てて斜に構えているのでもありません。ただ営々と生きているその姿が我々には純粋に悲しくて、もう笑うより他に反応のしようがないのです。 よう分からんという人、今すぐamazonへ飛んで『ママ・グランデの葬儀』 を注文しなさい。というか注文しろ。 注文しないと今に豚のしっぽの生えた子供が………すみません。ごめんなさい。 マルケスの文体の魅力を説明するのは難しいです。強いていうなら、決して詩的ではないが濃密なイマジネーションをもつ大衆文学的文体。簡潔か饒舌かは場合によりけり。もちろん訳者の個性にもよるでしょうが、大きくは外れていないでしょう。その手法で、彼は南米の貧困層の生活感を非常にダイレクトに写し取っていきます。 しかしその中に時々、意表をついた奇怪な形容が縦横無尽に飛び交うことがあります。マジックリアリズムの片鱗なんでしょうね。僕は勝手にマルケス節と呼んでいるのですが、あれはもう天から言葉が降って来るに等しい状態です。 さすがマルケス。俺たちにできない事を平然とやってのけるッ! そこにしびれる! あこがれるゥ! いや、冗談抜きで。スリリングすぎて手が震えますよ。 10ページぐらいの掌編ですが、個人的に強烈だった「火曜日の昼寝」もこれに収録されてます。マルケスの母親像というと即座にウルスラタイプ(一族の守護神で母性の怪物みたいなの)を思い浮かべますが、ここではリアリズムでその原型の一端が描かれています。静かで昂然とした、強靭な母の姿。 萌ゆる。
by umi_urimasu
| 2004-07-04 20:21
| 本(others)
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