『マルドゥック・スクランブル』 冲方丁
凄い力作。でもSF大賞をあげた人には失礼ながら、あんまりSFっぽくないなー、という印象でした。おそらく著者自身、特にSFという意識で書いてはいないんじゃないでしょうか。レオンにサイバーパンク風の上着を被せて「敵は海賊」的な味付けを施したジョン・ウー作品、みたいな感じ。ストーリーはかよわい美少女が悪を討つ系です。ロリータ娼婦登場! →車内で合体!→爆殺!→電脳化!→おトイレ盗撮! ターミネーターとだって斗っちゃう。スタープラチナ級の超人ガンアクションで。 さすがにおといれ盗撮はどうかと……。ある意味サービスなのか? 自分にとって目新しかったのは、作品にみなぎる「燃え」の心。敵と戦い勝利する事によって高揚するという少年ジャンプのような「燃え」の精神が普通の現代小説で俎上に乗る事などはまずないはずですが、ラノベにおいてはその限りではないと。危機を切り抜ける主人公に感情移入する事で得られるカタルシスは、ゲームやコミックで味わえる勝利の高揚感に近いものです。ギャンブルシーンにしても同様。ポーカーの役さえ知らない完璧なギャンブル不具者の自分でさえ「奇跡的に勝っていく」展開に高揚してしまう仕掛けは、まさにアカギやカイジのあの感覚でした。 「マルドゥック・スクランブル」はいわゆるライトノベル的な子供っぽさをかなり抑えている方ですが、たとえば人間ドラマに混じる教訓っぽさや机上恋愛的な甘ったるさは多少残っています。主人公の少女と相棒の鼠の間にほのかならぶらぶ波動が飛び交ったり、渋い女ディーラーが格好良く人生訓垂れたり。さらに、サイバネ美少女がカジノへ乗り込んでわらしべ長者的に100万ドルをゲットするとかいった無鉄砲な展開も。尻がこそばゆくなりそうだ。 そこらへんが気になってどうも安心して読めない、そんな時には。 「消してくれっ…俺のっ…フラッシュバックをっ……!」 ざわ…ざわ… と脳内で福本化しつつ読むとけっこう笑えて便利です。「カ、カードが光る?!」とかでもよろしい。 文体については、どうもこなれていないというか、少なくとも非常に流麗な文の使い手ではないようでした。言葉づかいが少し変。捕物帳じゃあるまいし、ガンシューで「〜するや」というフレーズはどうかと思う。 あと、そこはかとなく煙たいモラリズムを感じる部分も少し。売春イクナイとか虐待児童カワイソとか、現実の社会悪や暴力に対する作家自身の義憤的感情がそのまま作品上に顕われている気がするのです。なんとなく、ですけど。主義主張の是非はさておき、娯楽作品の中にリアルでのそれを「未加工で」持ち込むのは注意を要することだと個人的には思っています。娯楽性の本質はセックス&バイオレンスであって、それを追求できるのは舞台が虚構だから。もしその境界を作者自身が破るのであれば、その事自体が作品内で何らかの意味を持つべき必然性を要求するはずです。単にリアル憤怒がそのまま漏洩しただけというのは勘弁。 というわけで総評。SFとしてではなく、ラノベとしては十分面白いものという事で落着しました。ただし、これよりつまらないものばかりならラノベなんか金輪際読まなくていいや、という下限値をも与えかねない諸刃の剣。 ラノベを読むのもけっこう危険です。
by umi_urimasu
| 2004-06-24 22:30
| 本(SF・ミステリ)
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