まったく予期せずいきなりオールタイムベスト級の小説に出くわしたとき、妙な不安にかられてしまう性癖が僕にはあります。
数十年に一発クラスの傑作小説に巡りあうという幸運が、そんな棚ボタ的に起こってしまっていいんだろうかという疑問。さしたる努力もせずにこうもポコポコ傑作に出会えるというのは、実はすごい勢いで幸運を浪費してることの裏返しなんじゃないかという不安。そのうち反動で不運の固め撃ちにみまわれるんじゃないかという恐怖。 理不尽だとは思うものの、実際落ちつかなくなってしまうのだからしかたがない。 そしてこの「ハイペリオン」もまた、ありがたくも困惑すべき、不意打ち型超傑作のひとつでした。「長門さんが読んでました」っていうしょーもないきっかけでなんとなく手に取った本が、まさかこれほどの超ド傑作とは。 この作品に巡り合わせてくれたという一点のみにおいて、「涼宮ハルヒ」にはいくら感謝してもし足りません。ハルヒ自体はまあ、あえてアレが好きという人以外はどうでもいいと思うけど、ハイペリオンは読んどいて損はないですね。好き嫌い抜きで。クソ分厚いけどね。 「ハイペリオン」は単体でも多彩かつ高密度な物語を楽しめますが、続巻の「ハイペリオンの没落」とセットになって初めてアルティメットな完全体となる仕様だそうです。これはたいへん罪つくりな分版方式でして、何も知らずにこれだけ買って、とんでもないところで「つづく」をされた僕のような読者こそいい面の皮という話で。「まさにこれから」ってとこで切れて下巻がないというのはわりと本気で悶え死ねる。まあ僕はマゾだから問題ないが。 「〜没落」のほうはまだわかんないけど、ハイペリオン無印の作品構造はアラビアン・ナイト的な枠物語形式を採用しています。古今のさまざまな(SFにかぎらない)物語パターンを集大成的に取り込んで構築された多層的な枠内物語空間は、まさに歯車的物語の小宇宙! もとい、小説技巧の万国博覧会。ただし、未読の人に対して不用意に内容を明かすのはけっこう危ないっていう気もします。本来なら「枠物語形式である」という前知識すらもたずに読み始めるのがベストなのかもしれない。完璧にまっ白な状態で読んでしまった僕は、そう思う。 とりあえず、あたりさわりのない設定と話の外殻だけ紹介すると。 西暦28世紀、人類は多数の恒星系にまたがる汎宇宙国家〈連邦〉を形成していた。遠い昔に人類社会から離反した一派〈アウスター〉と連邦との間に戦争勃発の危機が迫るなか、辺境の開拓惑星ハイペリオンに、秘密めいた過去をもつ七人の巡礼者が降り立つ。時間を超越する銀色の殺戮者〈シュライク〉が守る謎の遺跡〈時間の墓標〉を訪れ、おそらくは生きて戻ることのない最後の旅を終えるために。その道中で彼らが交互に語った、聞くも凄まじき罪と業苦の物語とは───。 異世界リアリティ抜群の旅行記風描写や、サブエピソードごとに語り口も題材もがらりと変えてくる多芸ぶりもさりながら、枠物語どうしが複雑に干渉し合う中から思いがけず謎の全貌が立ちあがってくるという構成がウソみたいに巧いです。さらにその中にはディックやバラードやギブスンや、もしかしたらル=グウィンや、僕はまだ読んだことがないけどニーヴンやジャック・ヴァンス、遡ればヴェルヌあたりまでのさまざまな小説手法・様式が編み込まれているという周到さ。もちろんSFだけじゃなく、キーツやイェイツの詩、ギリシャ神話、旧約聖書、シェイクスピアやチョーサー、ダンテ、ミルトンなどなど、多くの古典作品までもがベースにされたり引用されたり、シンボルやメタファーとして使われたり。 これは、話が小難しいとか引用が多いから敷居が高いというふうなものではありません。原典をまったく知らずに読んでも十分以上に楽しめる。けれど、「知らなくても話は純粋に楽しめる」以上の何かを読み取りたければ、読者はもてる教養のすべてを総動員して読解作業に挑まなければならないでしょう。そうするだけの価値はあるし、当然のようにそれだけの作り込みをして待ち受けている。シモンズの「ハイペリオン」はきっとそういう作品なのです。 まったくとてつもないったら。生涯初、キーツの詩集を読まにゃーですよ。 うおおぉ、レッツポエーム! もし読んだら感想書きます。ネタとして。
by umi_urimasu
| 2007-01-31 13:18
| 本(SF・ミステリ)
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