『イリヤの空、UFOの夏』 秋山瑞人
感想。 ヌルい。 以上。 いや、これある意味褒め言葉ですけどね。それで済ますわけにも行きませんし、もう少し言葉を費やしてみよう。 SF系ライトノベル界の新鋭として名を上げた秋山瑞人氏の代表作。確かに上手いです。しかし、読後に何ともいえない歯痒さが残りました。切ない音楽やノスタルジックな絵でも付けてノベルゲームにでも仕立てればきっと泣かせる名作間違いなしだと思います。でもこれ小説だからね。 中には痛々しくも美しい場面や「切なさ」の追求に関して高い効果を上げている箇所もありました。しかし、ギャルゲーからそのまま抜け出たような萌えキャラや萌えシチュやすべり気味の饒舌や過剰なノスタルジーを意図した事物風景の数々が、青春小説の核を無駄にマンガチックなイメージで糊塗してしまっています。ヒロインの造形にしても、要するにこれは「コロコロなついてくれる綾波レイ」。オタク青少年の抱えるコンプレックスの中でも最も脆弱な場所をピンポイント攻撃というわけだ。もちろん物語の基礎として必要な設定ではありますが、誇張しすぎという印象は拭い切れません。学園パートのストーリーはさらに露骨で、大食い対決でイリヤと晶穂の間に友情が芽生えるなどという、ちょっと正気を疑う程の陳腐さ。なまじ文章力が高いだけに、そういう狙ったような幼稚さにはちょっと戸惑いを覚えます。 個人的には、この作品の題材はアニオタ向けの定型表現でアプローチするには厳しいものがあると思っています。 心身を削りながら生死の境で戦う少女と、安楽な日常に生きる平凡な少年の出会い。彼女には戦争しかなく、彼には日常しかない。ボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーと呼ぶにはあまりに残酷な設定です。彼よりも彼女にとってその設定は酷すぎる。 腰抜けで無力で頭の悪い少年が、果てしなく傷つき生ぬるい自己嫌悪に浸る様を、こんなものよりはるかに容赦なく描いてやっと罰として釣り合う。それ程の残酷さをこの作品は題材として取り上げているのです。ヒロインに対して主人公が(つまり読者である我々が)感じる庇護欲や同情や罪悪感は全て、最後に彼女に悔いのない戦死を選ばせるための罠であり、「好きだ」という愛の告白は彼女にとって死刑宣告に他なりません。我々は少年がそれと知らず犯す大罪の、そのあまりの救いの無さに恐れ畏むべきなのに。 それなのに大食い対決か。そこまでしてラブコメにしたい理由とは何だ。 作品後半ではそれなりに残酷な面にも触れてきますが、もちろん前半の馬鹿げた学園コメディ部分との釣り合いは全く取れていません。というか前後半でほとんど別の作品になってるし。この齟齬を生む元凶となった「オタク的表現」の頑迷さが自分は疎ましくて仕方がない。絵師なんかこつえーだぞ。当然の事ながら、 ぱ ん つ は い て な い 。 ただし、この計ったようなぬるさはやはり意図的なものでしょう。発表媒体が若年齢層向けのゲーム系雑誌であるためか、「痛すぎない程度に痛く」というバランスを取りながら書かれたと思われる節があります。この作品には、そういう妥協は無しであって欲しかった。秋山瑞人という作家自身はもっと尖った作品性を指向してもおかしくはないし、それだけの技量は十分ありそうに思えますから。 とりあえず、文章は上手い。最終話「南の島」のラストシーンは鮮烈でした。 ちなみにエピローグは手紙の部分を除いて脳内デリート済みだったり。
by umi_urimasu
| 2004-06-22 16:13
| 本(SF・ミステリ)
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