「重力ピエロ」伊坂幸太郎
a0030177_15485543.jpgなんとも不思議な読み心地の一冊でした。

まず何よりもその文章。なんだか知らんが異常に読みやすい。明らかに目立つ個性の強さのわりにほとんど抵抗がなく、流れるようにすらすら読めてしまうのです。「春が二階から落ちてきた」という冒頭の一文をはじめとした洒脱な言い回しや奇抜な比喩の数々が、流動食のようになめらかに腑に落ちてくるこの不思議。ふつう、文章ってのは個性が強ければ強いほど、同時に読みづらくなるものじゃないかという気がするんですが。

このへんはどうにも口で説明しようがありません。
「その言語化できない部分こそが個性なのだ」とでも開き直るしかないのかなあ。



伊坂幸太郎の摩訶不思議な個性は文章だけにとどまらず、作品の内容自体にも及びます。
たとえば、事件の進展そっちのけで突拍子もない方面の雑学ばかりがぽんぽん出てくること。ネアンデルタール人、DNA、ガンジー、オランウータン、ローランド・カーク、アインシュタイン、ジャン・リュック・ゴダールなどなど、この本の半分がたはじつは雑談で占められていると言っても過言ではありません。そしてその大半は単なる日常会話のつぎ穂としての無駄話にすぎず、解くべきトリックとはまったく全然これっぽっちも関係がない。ミステリ的な観点から見れば、これほどミステリらしからぬミステリもそうないでしょう。

しかしこの作品に関しては、それでもいい。いや、そうでなければならない。なぜなら、これらの雑多なトリビア話は、レイプによって産まれた青年とその家族の肖像をよりディテール豊かなものにし、利己的な悪意や傲慢を憎む彼の潔癖な心がどのように育まれてきたかを、「重さを感じさせることなく」語るためのものだから。
「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだ」という春のセリフ、まさにその通りのスタイルを固く守って、この物語はかたちづくられています。その結果、推理小説としてのS/Nは低くなっているかもしれない。ただし、「家族の物語」としてのS/N比なら100%、不要な雑談などただひとつとしてありません。

ミステリのシステムだけは利用しながらも、人生の喜怒哀楽を軽やかなユーモアに乗せて物語る、その洗練にのみ特化した小説「重力ピエロ」。伊坂幸太郎の個性とは、既存のジャンルにまったく収まらず、それでいてまるで「異端」とは感じさせない、そんな不思議な作品ばかりを生み出してしまうもののようです。まあ、だからこそ「個性」って言うんだろうけど。
説明のしようがないよこれは。


処女作「オーデュボンの祈り」もちょこっと読んでみた。これまた見事な不思議っぷりでした。「ラッシュライフ」「アヒルと鴨のコインロッカー」あたりにもいずれ手を出してみよう。



─────
[本] 「七王国の玉座」文庫版

すっ、げええええ!

読め、この本を! 見よ、スタンドも月までブッ飛ぶこの面白さ!
陰謀劇のどろどろ具合といい、夏と冬が不定期に訪れるという設定にもとづいた叙情ゆたかな自然描写といい、五人の嫡子と五頭の狼の運命的な組み合わせといい、何もかもが腹が立つほどすばらしい。ジョンとティリオンの友情や、エダード・スタークが幼いアリアを諭す場面など、厳しい冬の物語ならではの繊細な温かさもポイント高し。あとデーナリスちゃんえろかわいすぎ。

僕は現在、文庫版の第2巻末まで来たところ。折も折、史上最大級の爆弾低気圧とやらのおかげで雪は降るわ風は吹くわ、ムード満点な読書の時間が楽しめてしまいました。ははは。

ちなみに少し検索してみたら、〈氷と炎の歌〉シリーズ日本語訳者の岡部宏之氏はなんと75歳だとか。原書のほうでも完結はまだずっと先みたいなんだが……。
えーと、できれば急いでくださいジョージ・マーティンさん。
[PR]
by umi_urimasu | 2007-01-09 19:20 | 本(SF・ミステリ)


<< 「七王国の玉座」①-⑤ ジョー... ドラゴンランス邦訳 >>