「マルドゥック・ヴェロシティ」3 冲方丁
a0030177_17592895.jpg"皆殺しの冲方"、本領発揮。
予想通りとはいえ、終盤の凄絶な展開には肝が冷えました。紙面からむらむらと殺気が立ちのぼるかのようなあのテンションの高さはいったい何ごとか。死と裏切りの果てにとうとう心折れ、修羅と化したボイルドによる大殺戮ツアーの凄まじさ。
どう見ても英雄本色です。本当にありがとうございました。

「スクランブル」と「ヴェロシティ」を読むかぎりでは、冲方丁という作家は、微妙な心理描写にさほど飛び抜けた技巧を示すタイプじゃないようです。いわゆる小説よりもどちらかといえばシナリオ的な、即物的な説明を延々とつらねる書き方をする人という印象が強い。キャラ描写よりもストーリーを重視する派と言ってもいいのかもしれない。
しかし、だからといってキャラクター心理が掴みづらいのかというと、そうではないのが不思議なところです。彼の作品の主人公は、バロットにしろボイルドにしろちっとも饒舌な方ではないのに、無愛想な文章からは思いもよらないほど明確な感情を読み手にぶつけてくることがある。能弁な心理描写がなくてもキャラクターの内面にまで強烈な光を当てることのできる何かが、彼の語る物語にはあるらしい。
あれはいったいどういう仕組みなんだろう。プロット自体のもつ説得力の強さのせいなのだろうか。
その前に「冲方はいつもこうなのか?」という疑問もあるので、できればマルドゥック以外の作品と読み比べてみたいところなんですが、「ばいばい、アース」は価格の高騰著しくいまだ入手困難。復刊された「黒い季節」でも当たってみるか。

「ヴェロシティ」という作品は、一人の兵士の破滅の物語という面以外にも、マルドゥック・シティという悪徳の市の実態をつまびらかに描いた都市小説的な側面も持っています。警察組織の汚職、ギャング同士の抗争、売春や麻薬の蔓延、大企業と法曹界に根をはる陰謀や権力闘争、戦争の後遺症、人知れず社会に浸透してゆく新人類〈シザース〉のたくらみ。そしてスクランブル-09という超便利機関。これだけ魅惑的な素材がそろった犯罪サスペンスの舞台は、冲方丁自身ですら、そうほいほいと作れるものじゃないでしょう。だからこそ、「ヴェロシティ」でこの街の紹介が終わってしまうのは非常に惜しいと思うのです。
というわけで、またまた続編希望。できれば今度はバロット大活躍な方向で。

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「ヴェロシティ」は相当な難産だったらしく、あとがきもどことなく電波気味でした。連絡を断ってホテルを転々としながら書いたとか、新幹線車内のトイレでエピローグ書いてゲロ吐いたとか、放浪中の記憶がまったくないとか、むちゃくちゃな逸話も書かれています。読者にしてみれば「そりゃ大変でござんした」としか言えないわけだが。まあ、そのおかげでこれだけヘヴィな作品ができたのなら我々はゲロにすら感謝することだってやぶさかではない。
かくて冲方さんの尊い犠牲は報われた。めでたしめでたし。

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by umi_urimasu | 2006-12-20 20:15 | 本(SF・ミステリ)


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