2006年の日本SF大賞は萩尾望都の「バルバラ異界」に決まったそうです。
去年の受賞は飛浩隆「象られた力」。その前の年は映画「イノセンス」。そのまた前が、冲方丁の名を不動のものとした三部作「マルドゥック・スクランブル」でした。今回の「ヴェロシティ」はその続編。 ただし内容そのものは「スクランブル」の前日談。 主人公は「スクランブル」でバロットの強敵として登場したボイルド。重力場を自在にあやつる能力をもつ彼は、かつては万能武器鼠・ウフコックのよきパートナーであり、最高の理解者でもありました。その彼が、なぜ相棒と別れて企業に飼われる殺し屋になったのか? 前作では非人間的な悪役イメージの強かったボイルドですが、この作品によって、寡黙な巨漢の知られざる暗黒面がじわじわと明るみに出てきつつあります。なんか色々壮絶な事情があったらしいね。 24時間眠らない戦闘屋も、結局はひとりの人間だったということでしょうか。 「ヴェロシティ」は単品でもかなり面白くなりそうな話ですが、「スクランブル」とこれを読み比べる楽しみはもしかするとそれを凌駕するかもしれません。絶望を乗りこえて卵の殻を破り成長した雛鳥・バロットと、文字通り固ゆで卵になってしまったボイルド。同じように死の淵から這い上がり、同じように生きるための力を手に入れたはずなのに、彼らはなぜこうも対照的な方向へ歩むことになったのか。 第一巻ではそれほどあからさまに二人を対比させてはいませんが、「戦いの中で人の生きる意味を問う物語」という点で二つのシリーズはほぼ一貫したテーマをそなえているようです。 バロットのドラマから片時も目が離せなかったのと同じく、今我々はボイルドのドラマから目が離せない。前回の主人公は美少女で今回はむさいおっさんという違いから少々のマイナス補正がかかってしまうのは避けられないが、それでもなお目が離せないのです。 そして「スクランブル」のカジノシーンの、刃の上を素足でわたるようなあのスリルを、この作品は越えることができるのだろうか? 確実に期待度を増しながら、第二巻へつづく。 ───── 「マルドゥック」シリーズの舞台は未来のアメリカ(たぶん)。そこでは大きな戦争が終わったばかりで、平和な時代ではもてあますような特殊能力を与えられたサイボーグ兵士が仕事もなくてあぶれています。そんな状況なので、中には生きるために自らの利用価値を証明するよう要求されて「スクランブル-09」の執行者となる人もいるわけで。 しかし、社会において誰かの利益を守ることは、他の誰かの利益を削りとることに他ならない。それぞれユニークな超能力をもつオーナインのメンバーに対し、彼らと同じ異能傭兵集団〈カトル・カール〉が、その不利益を快く思わぬ黒幕の走狗となって牙を剥く……。第二巻では「スクランブル」の生肉組を凌駕する異能者どうしの全面対決が描かれることになるはず。バトルシーンにも超期待! さあ、二巻読むぞー。 ───── あとひとつ、「ヴェロシティ」で特徴的なのが文体。冲方丁はもともと翻訳小説的な文体を意識的に使う人らしいんですが、本作ではさらに「/」や「──」で単語を区切りまくるという、ほとんど単なる箇条書きに近い文体も多用されています。文章の主述関係すら排して、ただ情報を並べていく。もはや脚本のト書きとかに近いですね。単語の集合にその場の文脈に合う意味を自分で与えなおすという作業が必要なので、慣れるまでこれは少々読みづらい。連想シーンの心理描写などで効果的に使われていたりもするんですが、それこそ単なるト書き状態なところもあったりで、やや諸刃の剣っぽい感じ。 せっかくこういう文体を使うなら、一度ぐらい目を剥くようなむちゃくちゃな使い方ってのをやって見せてほしいかなあ。
by umi_urimasu
| 2006-12-05 23:44
| 本(SF・ミステリ)
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